第拾壱話 衣・食・住
屋敷に戻ると、門の前で平手の爺が待ち構えていた。
顔を真っ赤にし、仁王立ちしている。
かなり怒っているようだ。
向こうから近づいてくる。
「若!!」
「爺よ、なにをそんなに怒っているのだ、」
「帰蝶様を連れ出して、どこへ遊びに行ってたのですかっーー!!」
「遊びにではないぞ、
俺の奥になったからこそ、手下どもに披露してきただけだ。
ついでに相撲をして、俺が強いとこ見せてきた。」
「なにを、誇らしげにしているのですかーー!!
いつも、いつもフラフラと出歩いて。
元服して嫁をもらったのだから、きちんとしてくださいませ、
これでは大殿に合す顔がありません。」
「おおっ、思い出したぞ。
親父の使いで、森三佐がお前に会いに来たぞ。」
後ろに振り向くと、こちらに向かってきているのが見えた。
「ちょうど着いたようだな、
爺、後は任すぞ。
帰蝶、部屋に戻るぞ」
部屋に入り。
「先ほど相撲のことだが、説明しておく。
あれはな、未来の組打術である『柔道』の『崩し』という技法をつかったのである。」
「『柔道』の『崩し』ですか?」
「そうだ、人は二本の足で立っており本当は不安定なものであるが、実際に目などで感じて、自然と倒れぬようにしておるのだ。
両の足に体をしっかり乗せていれば、簡単には倒れるものではないが、歩くと片方の足にだけ体が乗る時がある。
その瞬間を狙って足払ったのだ。
試しに、一歩進んでみよ。」
帰蝶が右足をだし、体重が移る瞬間を狙って軽く払うと
「あっ」
倒れかけたので、支えてやる。
「このようにして、相手を投げることができるのだ。
『崩し』のほうだがな、
人の体の中心は臍のあたりにあり、『重心』ともいう。
その上に上体が乗っていることになる。
相手の袖や襟を引っ張って上体を動かすことによって『重心』を動かして、片方の足にだけ体を乗せるようにして、相手を不安定にさせるのだ。
ほら、このとおり。」
軽く袖を引っ張って、体重がのった足を軽く払う。
「きゃっ!」
「これが、『崩し』である。
どうだ、試してみるか?」
「はっ はい!」
右の袖を両手で握らせて引っ張らせ、わざと体勢をくずし投げらてやる。
「300年後、様々な流派の組打術が研究され、投げに入る前の動作に『崩し』の概念を見つけ体系化した者がいた。
俺は基本と一部の投げ技の知識があって、相撲で試してみたのだ。」
相撲の前に行った変な動きも、知識の中の一つである。」
「そうでしたのですか。」
「種がわかれば誰でも使えるようになり、防ぐ手段もある。
知っていれば戦に有効なので、手下どもに伝えるとする。」
外にも体鍛える知識が浮かんでいるので、試してみよう。
帰蝶の前で、腕立て、指立て、擦り上げ腕立て、腹筋、ブリッジなど基本的な補強運動をしていく。
帰蝶も真似してみるが、すぐにダウンした。
元々体を鍛えていたので、ブリッジ以外は難なくこなせる。
続いて、ストレッチを行い、柔軟を帰蝶に手伝ってもらいながら念入りにやる。
怪我防止のために体は柔らかい方が良いので、少しずつやっていくしかない。
最後は帰蝶にマッサージの仕方を教え、体を揉んでもらった。
寝る前に、知識の摺り合わせをおこなった。
下手に未来の知識が浮かび、元々あった記憶と混ざり、どこかあやふやになってしまったのだ。
帰蝶と話しすることで、整理してみることとした。
「基本的なことだけにしよう。
まず知りたいのは、「衣・食・住」の三つである。
大陸の故事で『衣食住足りて・・・・』、あれ、なんだ?」
「『衣食足りて礼節を知る。』ですよ。殿」
「おおっ、そうであった。
『住』は無かったのであるか!!
まあいい、この三つが生活するために必要なものとされる。
着る物と食べる物は、そして住むところが無ければ、人は安定した生活をすることができない。
未来ではこの三つを与え、さらに守る者ものに、民はついてくるとされている。
特に『食』を重要でな、民を飢えさせると「一揆」がおこり、統治が揺らぐ。
尾張は水が豊富で、海に面しているので、飢えるまではいかないが、日照りや冷害、疫病、イナゴなど、いつなにがあるかわかないので、食の安定を目指すことが重要となる。」
「それはいいことですが、簡単にはいかないのですよね?」
「そうだな、米、麦、蕎麦などの複数の穀物の収穫を増やして飢饉に備え、余れば兵糧か売って銭にする。
ん、そういえば、民は麦、稗、粟、蕎麦は、米に混ぜてかさましたり、かゆにして食べるのだったな。」
「そうですね、私たちは米だけを食べることはできますが、民は年貢をとられた後、残ったものを工夫して食べていると聞きます。」
「饂飩などの麺は、民は食べていないのだったか?」
「麺、ですか? はて?
実家で、京の寺とかから送られてくる「索麺」というものを食べたことがありましたが、たまにであります。
細く長く面白い食べ物でありました。」
「そうか、あまり食べる機会はなかったのか?」
ふむ、うどんやそばが普通に食べるようになったのは、江戸時代からだったか?
曳き臼…、石臼を使わなければ、細かい製粉は難しいだろう。
「石臼を知っているか」
「はい、父が茶の湯をするのに使っていました。」
「大きさは、どのくらいだ。
「これくらいですか」
手を少し広げて、小さな輪を作る。
「大きくはないな。」
「ええ、石は重いですから曳くのも大変で、飲む分だけその都度曳いていました。」
「そうであるか。」
石を使っているので、かなり重さになるのだった。
漬物石よりも重いか?
それに石を加工するにも大変であるし、粉を大量に作るためには臼を大きくしなければならない。
臼を大きくすると、人ひとりの力では無理になるであろう。
…西洋では、水車小屋で粉を曳いていたはず。
すぐには無理か、機構から作らなければならない。
「大陸や南蛮では、麦などを粉にして食しているのだ、
素麺は、水と塩を加えて捏ね、さらに細く延ばしていき、それを干して作る。
水で茹でるだけで食べられ、保存もきくので、兵糧に使える。」
「素麺は美味しかったです。
殿が、作るのですか?」
「石臼が必要になる。
大量に作るためには、大きくしなくてならず、回すための仕組みから考えなければ難しいであろう。」
「小さい臼ならあります。
こちらでも茶の湯ができるよう父が持たせたくれました。」
「そうであったか、使ってもいいか?」
「どうぞ、お使いください。」
粉を曳くのは、犬たちまかせればいいだろう。
「旨い麺、食べさせてやる。」
「楽しみしております」
「『素麺』は京にある寺から送られたのであったな、
どこの寺であったか?」
「寺の名前はわかりませんが、臨済宗の寺であったかと?」
「そうであるか!」
沢彦和尚は臨済宗であったな。
近頃はあまり会っていないが、顔をだしてくるとするか。
ついでに、寺社の情報を仕入れるとする。
「牛、鶏などの肉は食べないのであったか?」
「昔から禁忌されておりますので、食べる事はできません。
ただ、美濃は海がないので、塩漬けか川魚になりますので、狩りでしとめた鴨や雉、鹿、猪などがたまに食べていました。」
「やはりそうであったか。」
労働力である家畜を増やすために、昔の帝が禁じたのだったか?
仏教の教えとあわせて、魚以外はだめになっていたはず。
人はタンパク質とらなければ、生きていけない。
それに、俺が肉を食べたいのだ。
焼肉、鋤焼き、とんかつ、ハンバーグ、から揚げ、ザンギ、
材料さえ揃えれば、この時代でも作ることは可能であろう。
牧場を作ることも検討しておこう。
醤油はまだ完成していなかったはずだな、研究せねばならぬ。
それに、デンプンはどうする。
ジャガイモは江戸時代になってからだ。
穀物にふくまれているのだったか、
何か浮かばないか…
…そうだ、小麦粉から粘りの元『グルテン』を取り出した残りがでんぷんであったはず。
それに、片栗粉はもともと、『カタクリ』という植物から採れていたはずだ。
探せば手に入ることができるであろう。
「保存であるが、塩漬けしかないのか?」
「いえ、酢につけたものや、酒粕につけたものもありますよ」
「ん、糠漬けはないのか?」
「糠とは、米から出る糠のことですか?」
「そうだ、糠と麹で作る漬物ことだ。」
「なかったと思いますが…?」
醤油がまだできていないので、ほかの発酵食品もないかもしれんな、
調べて見つけることが出来なければ、製法から研究することとしよう。
「そうであるか、いずれ作って食べさせてやる。」
「はい」
「次は『衣』だが、最上が絹で、民は麻などの布であったか。
絹は尾張で作っているので、今度着物を仕立てさせよう。」
「ありがとうございます。
絹の布は高こうございます。
嫁入り前にも、大殿様より贈っていただきました。」
「大陸より生糸をとりよせているはずだったと思うが、尾張産より質は良いのか?」
「え~と、大陸のことはわかりませんが、京のほうが染付もよく、最上とされています。」
「そうか、」
絹は日ノ本でも産しておるが、浮かん知識によれば、大陸からほうが質が良かったらしく、銅銭とともに大量に輸入していたはずだ。
さらに、織りや染付などの技術は京が日本一である。
尾張でも古くから養蚕を行って絹を産しているが、京物には負ける。
銭を得るため品質を上げるしかない。
技術を上げるとともに、いずれ京から職人を招聘するとするか?
「綿は、絹糸にならぬもので作るのであったな。
木綿は知っているか?」
「木綿ですか、わかりません。」
「そうか。」
木綿といえば、徳川家康が身に着けていたはずだ。
あの者は、ケチなので自国の物を使っていたはず。
三河か遠江を調べてみるか。
「『住』は、民の家の直に見てみることとする。
長くつきあわせて、悪かったな。
明日は、親父のところにいってくるので、留守にする。」
「わかりました。」
参考資料
「そばもん」19・20巻




