2nd Credit ~高校生タイム~
時計は午後5時55分を告げる。その刹那、僕を中学校三年間苦しめたアレが聞こえるのだ。
<当店からのお知らせです。風俗営業法により、16歳未満の午後6時以降の入店はお断りしています>
4月の段階ではビクビクしていたが、今はコーラを飲んで攻略に精を出して微動だにしない。
この時間になると、ゲームセンターは夜の顔を呈してくる。いわゆる常連客と一部学生しかいなくなるのだ。
一部学生って言っても大したことない、部活動を終えたヤツ等の移動待ちだ。
とにかく、中学生お断り時間が始まる。
突然、ダン!、と言う音がした。僕はビックリしてゲーム中の自機を壁にぶつけてしまった。なんだろう? そう思うけど、僕にとって100円は切実な資産だ。―――― 集中しなければ。
復活1機目。パワーアップカプセルが無い。このゲームはシューティングゲームで、パワーアップカプセルを収集して様々な特殊装備を集めていくゲーム。前の機体が破壊されたときに1個だけ持ち越せるシステム。
神経を集中するとB.G.Mに耳を傾けた。
最終面、要塞ステージの曲が流れる。次から次へと敵キャラが後ろから登場する。
僕は曲に合わせてボタンを叩いた。
「♪…… ♪」、中学の時に攻略できなかったゲームがいつの間にか簡単にクリアできるようになりつつあり、自然と力も入る。
刹那、二度目のダン!、と言う音に集中力を削がれ、復活は失敗する。今回はここまでだろう。
一般の高校生も残っていない店内で、ゲームをしているのは碧見さんと忍さんと知らない人。忍さんは相変わらずいつも通りにプレイ中。
すると、碧見さんが音の張本人?? そうは思えないけど…… だけど、三度目のダン!、とともに声を張り上げたのは<知らない人>だった。
「あー、Tiltかよちくしょー!」
テーブル画面には、「Abnormal Tilt. Process Halt.」の文字が出ている。
こいつは何やってんだ! 機械を殴ったら地震防止装置が動くに決まってるだろう!
僕は自然と足が一歩前へ出た。こんなのマナー違反だよ。
先ほどの打撃音は僕の心に響きまくりだ。静かな空間、ゲームの社交場、そんな場に彼はふさわしくない。
僕が口を開こうとしたよりも先に動いたのは、碧見さんだった。
「UVCっち、ちーす!」
碧見さんは、低くだみ声気味の声で<知らない人>の首筋に後ろからチョップを入れる。
続けざまに「開幕50点? 普段の行いが悪いからじゃない?」と先ほどのことを揶揄してるんだろう。
「開幕50って、ダリウスじゃねーし。HKM」
UVCと呼ばれたヤツは目が充血している。HKMとは碧見さんのことだ。
彼らはスコアラーネームで呼び合う。
なぜ三文字かと言うと、ゲーム終了時のランキングには3文字しか入らなかったからだ。
不意に、力のやり場を失っていた僕の肩が叩かれる。
「園部~、嫌か?」
忍さんの直球勝負に僕はバントした。
「アースクエイク(手動)はないです!」
忍は「あー、あー」、と頭を捻りつつ、碧見を見た。
碧見は碧見で親指を立てると、ガロッタの一番奥のコーナーへ向けた。
僕は忍さんに従い、薄暗い一角に入った。
そこはガロッタで誰も使用しない一角。昼間は主に高校生がお弁当を食べている。
ピンボールエリア。
物理的にボールを弾き、穴に落とすゲームが集まっている。
1970年代、ゲームと言えばこれだった。
店長の趣味として残されているのであろう空間は、薄暗い。
忍はおもむろに100円を取り出すと、コインを入れた。
ゴン、ドン! ジュワアアア、テーブル筐体とは隔離された一角に独特な効果音がこだまする。
「おおっと! アースクエイク(手動)だあ!」
忍さんはそう叫ぶと、筐体を傾けた。
僕は目を見張る! ボールは大当たりへ一直線。
刹那、全ての機能が停止し電源が落ちた。
「あー、ティルトがあるから不正はできないよ!」
と僕をよそに笑う忍さんは、大人の人だった。
僕は肩を落として忍さんに言った。
「マナー違反です……」
忍さんは振り返らずに、静かに、次のセリフを紡いだ。
「確かにマナー違反。しかし、彼には、自分のお金をランダム得点にデタラメされた怒りがある。」
「機械を殴ることはおかしいよ。」
「ガロッタはそんな学生からお金を受け取っているんだ。故意の故障や不正を防ぐためにティルトはある。双方合意なんだよ。」
「壊れたらどうするんですか?」
「UVCは『触ったら壊れた』って言うぜ? 殴る、触る…… 力量パラメーターの違いを騒ぐのかよ? お前が?」
…… 忍は小さな弟を見るような目で「お店とお客は信頼しあわなきゃいけない、それが<暗黒時代>から脱出できた方法なんだ。」、と諭す。
僕は忍さんが言うことが少し理解できる。
<暗黒時代>、1970年後期から1980年中期までのゲームセンターのこと。
リーゼントの不良がカツアゲし放題、と両親が言う時代。
力に力でぶつかり合ったのでは<暗黒時代>と変わらない。
僕たち二人はテーブルコーナーに戻りながら、自販機でコーヒーを飲んだ。
「だから!」、そう言うと忍は向かいのトイレを蹴り「いつまで入ってんだ!」と叫ぶ。
「僕は便秘で、何も聞こえてないし、何も騒ぎなんて知らないよ?」
トイレにいた佐藤の声に忍は降参のポーズを取り、ほらねと笑う。
気が付けば、UVCも碧見さんも、ハイスコアを出すのに精を出していた。
ガロッタは平常営業していた。
こんな緩い関係が永遠に続くと思わせる特殊な魔法が存在すること自体、彼らにとっては有益なのだ。
(後日談)
僕はUVCさんが機嫌の良い時に話しかけてみた。
「UVCさんってどうして『UVC』なんですか?」
「…… 日焼けが嫌いだから。」