その花火は、妙に静寂で
「もう、夏も終わっちゃうね」
燃え尽きた手持ち花火を水が入ったバケツに入れて、彼女はそう呟いた。他の連中は少し離れたところで花火を振り回しながら遊んでいて、俺が「あぁ」と渋い返事をするしかなかったんだ。
8月も後半戦。宿題を終わらせるためラストスパートをかける頃。河川敷に投げ捨てられた空き缶すら夏っぽく見える、盆の夜。
キャアキャア騒いでるあいつらを眺めてると、彼女が言った言葉を少し理解できたような気がした。盛り上がってるあいつらが夏で、その夏をしんみりと暗い場所で眺めてる俺らが秋。
「でも、9月になってもまだ暑いだろ?」
「9月の暑さは違うよ。8月のとはまた違う。8月は精一杯燃え上がって、9月はその余熱なんだよ」
余熱か。面白いことを言うと思った。そう聞くと筋が通っていて、さらに哀愁があって、その哀愁を全身で感じてる彼女が綺麗に感じた。
「花火見てるとさ、消えないものなんて1つもないって思う。本当はもっと長く見ていたいのに、すぐ消える」
彼女は俺の隣に立って、「次は何を選ぶ?」とでも言うように花火セットを差し出してくれた。
「花火は消えるし、夜は明けるし、夏は終わるし人は死ぬ。蛍だって、こんな夜に河川敷にいたら蛍を見たくなるんだけど、もういない」
彼女の話を聞きながら、半分ぐらい使い終わって空白だらけの花火セットから、迷った挙句線香花火を1本そっと取り出す。
「これだってもうすぐ終わるんだ。いずれ、みんなと遊ぶことはなくなると思う」
「まるで、花火みたいにか?」
「そうだね」
彼女も線香花火を取り出して、二人一緒に線香花火に火を灯す。小さな小さな太陽が、弱々しく揺れながらパチパチと終わりへと走り出していく。
「そんなに手が揺れてたら、すぐに落ちちゃうよ」
「五月蝿い」
そうやって彼女の言葉に反論した途端、俺の花火はポツンと落ちてしまった。光らなくなった花火と火薬の匂いが、俺を馬鹿にするように笑いかけているような気がする。そして、彼女は笑っていた。
「・・・亡くなったおじいちゃんが言ったんだ。『盆の花火は妙に静寂だ』って」
彼女は突然俺に語りかけた。じっと線香花火を見つめながら、俺にポツリポツリと言葉を送る。
「ちっちゃい頃ね、よく夏は死んだおじいちゃんと花火をやったんだ。いつも、最後は線香花火を静かにやるんだけどね。その時、毎回毎回おじいちゃんは言ってたんだ。『盆の花火は妙に静寂だ』って。その頃は全然意味がわからなかったんだけど、今ならわかる。それは、夏が終わるからなんだ。全てが終わるからなんだ」
彼女が言い終わると、線香花火はその短い輝きを最期まで終えて落ちていった。音もなく、静かに。
「でもね、私・・・例え終わるとしても、その道を歩くのをやめたくはないんだ。それが終わりに向かってるとしても」
彼女は俺を見つめる。俺は俺を見つめる彼女に見惚れていた。美しくて、凛々しくて。誰も花火をしないこの瞬間は薄暗くて、闇が彼女に似合った。
「終わるとしても、それは止められないよ。嘘で覆い隠せない」
「君が好きだ。付き合ってほしい」