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作者: 奏弥

 ぼんやりとかかった白い霧の中、一本の道とそこを歩いていく人だけがそこにある。何もかもが境界を無くしてしまう白の中で、果ての知れない道と、そこを流れる人々はどちらも確かに在り続けている。

 終わりの見えない道と、通り過ぎる人々。いっそ幻想的とも思える景色。ここが何処かは分からないが、どんな場所かは知っている。道の半ば、休むことは許されても、諦めることは許されない。立ち止まることは許されても、戻ることは許されない。ここはきっと、そんな場所。


 間違いばかりの俺の人生の中で、彼女の存在だけが唯一の真実だった。だが、彼女にとっての俺の存在は決して良いものとは言えなかったかもしれない。俺は彼女を溺愛していた。それこそ目に入れても痛くないくらいの可愛がり様だった。俺は彼女を愛するあまり、彼女に何も言うことが出来なかった。彼女のためにはならないとは分かっていても、根底には彼女に嫌われる事への恐怖があって俺は何もしなかった。

 俺は今になってようやく気付いたのだ。嫌われることを恐れて何も言えないようじゃ、相手に愛情があるとは言えない。結局俺は、彼女以外何もいらないと口で言いながら、自分が一番大切だった。彼女を愛していると言いながら、本当に愛していたのは自分だけだった。彼女のためにならないと知りながら、何も出来なかった。


 ――――俺のせいで、彼女は失った。


 ふと気づけば、何も分からないまま道の端に座り込んでいた。皆一様に穏やかな顔をして流れていく人の群れを眺めながら、ただ何かを探し続けていた。なにを探しているのかは分からない。その何かを見つけなくてはいけないという焦燥だけはある。

 何を探しているのか。何を失くしたのか。見つけてどうするのか。何故探し続けているのか。進むのを躊躇ってしまうほどに、それは大切な物なのか。何一つ分からない。そもそも、自分のことが分からない。


 ――――私は、誰なんだ?


 あんな事が起きる前、俺は確かに幸せだった。ある意味では恋をしていたと言えるかもしれない。彼女の瞳に俺が映るのを何より嬉しく思っていたし、彼女が俺を呼ぶ度に一種の優越感に浸ることができた。彼女に俺が必要なのは明らかだったし、俺にも彼女は必要な存在だった。彼女がそう遠くない未来に俺の庇護下から旅立つ時が来ると知っていても、俺は幸せだった。彼女を護り、その成長を心から見守ることに喜びを感じていた。


 ――――それなのに、俺は何一つ守れなかった。


 私、自分、俺、僕。それに名前もだろうか。いや、さすがに大の大人が名前というのは厳しい気がする。自分が使っていた一人称も分からない。思い出せない、が正しいだろうか。記憶が無い状態では自分という人間の存在さえも怪しい。私、は誰なのだろう。確かに存在していたのだろうか。誰かの記憶に残る存在であれたのたのだろうか。誰かの記憶に残らないというのは少し寂しい気がする。


 私は、誰なのだろうか?

 ポケットを漁ってみても、身分が分かるような物は何も無かった。ポケットに入っていたのは、草臥(くたび)れた煙草に、恐らく安物でガス切れ寸前のライター、残りの少ないガム、何故かガムの包み紙らしきゴミの入った携帯灰皿。そして、大人の男の持ち物としては不自然な、繊細で可愛らしいリボンの髪飾り。ゴミと大差ないような持ち物の中で、そのいかにも女の子が喜びそうな髪飾りを大事に持っているなんて怪しすぎる。それに、どうしてだろうか。この髪飾りを見ていると、胸がざわつく。このままだと取り返しがつかなくなる。何故か、そんな気がする。


 ――――私は、何を失くしてしまったのだろうか。


 休日の昼下がり。長閑(のどか)な公園。辺りには子どもの歓声や、それを見守る親たちの話し声が木々のざわめきと混じり合って溢れていた。俺と彼女も平和な休日を満喫していた。

 そして、投げたボールがよく跳ねて、道路へと誘われて、それから? それだけ。


 ――――俺には、何も残らなかった。


 やけに少女趣味な髪飾りを手のひらで弄びながら、これからどうするべきかを考える。といっても、選択肢はそれほど無い。最も端的に考えれば、このまま立ち止まり続けるか、自分の内にある違和感に目を瞑って歩き出すか。何も思い出せないこの状況では、迷うことさえ間違っているのではと不安になる。

 私は何をしたらいい? 何をすべきで、何をしてはいけない?

 何もわからないのに焦りだけは確かにあって、思考は同じところをぐるぐると回り続ける。行動を起こさないといけないのは分かっても、正しい行動を取る自信が無い。ならばいっそ、何もしない? いや、悠長に構えていたら後悔することになるような気がする。

 焦りというものは非常に厄介だ。ふと気づけば傍にいて、あっという間に手も足も思考でさえも絡み取ってしまう。一度捕まえられてしまえば容易には抜け出せない。ただただ、身が焦がされる様な焦燥が思考を塗り潰していく。


 ――――私にとっての正解はどれなんだ?


 サイレンの音。痛い。誰かの耳障りな悲鳴。鉄錆の匂い。力が抜けていく。温められたアスファルトの感触。子どもの泣き声。黒いタイヤ。ひどく寒い。さみしく転がるボール。薄らと見えたのは誰かの体だろうか。眠たい。手を伸ばした。広がる赤い靄。届かない。瞼が落ちた。鉄錆の匂いが強く香る。暖かな暗闇に包まれる。息を吐き出した。もう何も分からない。


 ――――まとわりつく闇の中で、彼女の声が聞こえた気がした。


 いつ終わるとも知れない道を歩く人々。彼らは皆、何の憂いも苦痛もなく穏やかな顔をして流れていく。街中でよく見かける様な暗い顔をした人は一人も見当たらず、(かえ)ってそのことが例えようもなく不気味だった。判で押したように同じ表情の彼らは、まるで人形か、もしくはそう。死人に似ていた。生きることへの執着といったものが抜け落ちている様で、背筋が冷える。

 だがそれでも、正直に言ってしまえば、この場所に留まるのはとても心地が良い。ぼんやりと白に染まった景色は眠気を誘い、過ぎ続ける人の流れは考える気力を徐々に奪っていく。目の前の穏やかな景色を眺めていれば、何もかもが些末(さまつ)でくだらないことの様にも思えてくる。


 ――――私は何故、留まり続けていたのだろうか。


 白い霧の中にポツリと在る道。どこから始まったのか、どこで終わりと迎えるのか想像もつかない。視界の限りにまっすぐ伸びた道。その道をどこから歩いて来たのか様々な人が歩いている。スキップでもしそうなくらいに軽快な足取りの若者。杖を突きながらゆっくりと歩く老人。触り心地の良さそうなぬいぐるみを大事に抱えて歩く少女。中には車椅子に乗ったままの人もいる。

 穏やかな表情の人々に誘われるように一歩踏み出そうとした時、頭に浮かんだのは彼女の姿だった。この場所に来る前は確かに、彼女は俺の傍らにいた。だが、今彼女の姿は影も形も無い。そもそも、どうやってこの場所に来たのかが分からない。俺は、彼女を助けようとして、飛び込んで、それから?

 頭の中がごちゃごちゃして、うまく思い出せない。彼女に、もう一度会いたい。次こそは、助ける。……次こそは? 俺は、助けられなかったのか? 分からない。もし、失敗したのなら、どうしたら良いのだろう。

 目を閉じて、ゆっくりと息を吸い込む。冷静に考えればこんなに簡単な選択は他に無い。俺の全ては彼女のためにある。分かりきっている。彼女がもう一度笑えるように、俺はすべてを投げ出そう。そう心を決めた時、後ろから声がした。振り返れば、手が差し伸べられた。


 ――――手を取ったその先に待つものは、救いの福音か、失意の堕落か。


 私は、何を悩んでいたのだろうか。思い出せない。何故、立ち止まっていたのだろうか。分からない。でも、どうでも良いような気もする。この場所にいると、何もかもが些細なことに感じる。きっと、この世界に大事なものなんてそう無い。世界の大半はくだらないことで出来ていて、人の一生はそんなくだらないものを大事だと思い込んでいる間に過ぎ去ってしまう。だから、立ち止まっていてもい意味が無い。きっと、そうだ。思い出せもしない記憶にいつまでもしがみついているなんて、馬鹿げている。

 一歩踏み出せば、髪飾りが落ちた。同時に、自分の思考に寒気を覚えた。


 ――――私は今、何を切り捨てようとした?


 目の前の人物は、この場所の説明役と名乗った。もうこの時点で、非常に胡散臭い。まず、見た目が怪しい。年齢が全く分からない。性別もよく分からない。少女のようにも見えるし、少年にも、青年にも、大人の女性にも、さらには老人の様な感じも受ける。


 「人には誰にでも、生まれ変わりの権利がある。」


 声を聞いても、性別不詳、年齢不詳だ。ついでに言っていることも、さらに胡散臭い。


 「まず、自分が死んだってことは気づいているかな?」


 俺は、黙って肩をすくめた。自分が死んだと聞かされても、やっぱりとしか思わない。俺はやはり、あの時に死んだのだ。


 「へぇ。あー…、そう。人には、未練というものがあるらしいね。」


 俺の未練。それはもちろん、彼女のことだ。俺は彼女を救うことが出来たのだろうか。分からない、赤い靄の中、横たわる彼女の姿を見たような気もするし、意識が落ちるその瞬間、彼女の声が聞こえたような気もする。現実は一体どちらなのか。目の前の説明役は、その答えを持っているのだろうか。


 「彼女は生きているのか?」


 俺の唐突な質問に、自称説明役は片方の眉だけ器用に上げてみせた。素晴らしく生意気で憎たらしい表情だ。


 「彼女、ねぇ。三途の川、渡りかけ。」


 自分が死んでいると聞かされた時よりも、ショックだった。

 俺のせいだ。俺のせいで彼女が、死ぬかもしれない? 俺は結局、守れなかった?


 「未練。執着。愛惜(あいせき)。心残り。」


 説明役は、目を細めて微笑んで見せた。優しげで、親切そうな笑み。口元に笑みがあるのに、目だけは俺を観察し続けている。説明役は、善人の皮を被って俺を絡み取る。


 「権利を放棄する代わりに、望みを叶えるチャンスをあげるよ。」


 これは、俺が一方的に不利なゲームだとは分かっている。それでも、可能性があるのなら。

 説明役の笑顔が視界の端に映り込む。



 ――――悪魔の囁きがおんなにも甘いものだとは。



 落ちた髪飾りを慌てて両手で握り締める。壊れてしまうかもしれないと分かっていても、そうせずにはいられなかった。ただ只管(ひたすら)に、恐ろしかった。あれほどの身を焦がすような焦りを、いとも簡単に馬鹿げていると切り捨てられる自分が。そうさせてしまえるこの場所が。いっそ泣き出してしまいそうなくらいに、怖い。この髪飾りを失えば、私は永遠に自分を失ってしまう気がした。おそらく、この道を歩いている人々は自分を忘れたのだ。それは、自ら望んだことなのか。それともこの場所のせいなのかは分からないけれど。だからあれ程穏やかなのだ。ここの人々は。

 すべてを忘れ、ただ流れに身を任せるのは心地が良い。幸せと言えるかもしれない。焦りも、悲しみも、苦しみも、痛みも無い。そもそもの原因が存在しないのだから。それでも、私はまだ、私を失いたくは無い。



 ――――私は、私を取り戻したい。



 俺の目の前には、選択肢が二つある。一つは、何も得られない代わりに何も失わない。つまり、現状維持。そしてもう一つは、望みを叶えるチャンスを得る代わりに、全てを失うかもしれない。常識的に考えれば、リスクが大きすぎる選択肢だ。だが、何を捨てても叶えたい望みが俺にはある。



 ――――さて、俺は何を選び、何を捨てるべきか?



 髪飾りを手のひらに閉じ込めて、息を吸い込む。私は、何か大事なものを忘れた。それが何かはまだ分からないけれど、のこされた時間はもうそれ程無いような気がする、歩き出せば二度と戻ることの出来ないこの場所は、立ち止まる人からも容赦なく奪い続ける。立ち止まる理由ごと奪い去って、常に急かし続ける。

 髪飾りを見つめて、その持ち主に思いを馳せる。髪飾りを見ていると、不思議と焦りも不安も消えて、穏やかな気持ちになっていた。きっと、大丈夫。私なら、きっと思い出せる。そう信じてゆっくりと目を閉じた。



 ――――瞼の裏に浮かぶのは、愛しい誰かの泣き顔だった。



 「俺はどうなっても構わない。」

 「本当かな?」

 「それが代償と言うなら、喜んで受け入れてやる。」

 「君自身が報われることは無いんだよ。」

 「俺は救われても意味が無い。」

 「代償は払っても、絶対とは言えない。」

 「可能性はあるんだろう?」

 「失敗する方が多いけど。」

 「俺には権利がある。」

 「あくまで権利だ。義務じゃない。」

 「そうさ。これは俺のエゴだ。」

 「動機を覚えていられるかは分からない。」

 「忘れても、思い出してやる。」

 「歩み出せば、二度と戻ることは出来ない。」

 「戻らないさ。戻る理由も無い。」

 「彼女が通り過ぎれば、失敗だよ。

 「それまでに見つける。絶対に。」

 「そこまで言うのなら、チャンスをあげる。」

 「感謝する。」

 「精々足掻くと良いよ。じゃあね。」

 


 ――――俺は、一縷の望みに全てを賭けた。




 私に笑いかけてくれていたのは、一体誰だったのだろうか。ぼんやりとしか思い出せないけれど、おそらく何よりも大切な人。もしあの子を失うことがあれば、私は何を犠牲にしてもあの子を取り戻そうとするのかもしれない。でも、きっとこれは、(かろ)うじて残っていた記憶を失くす以前の私の感情なのだ。なんとなく、以前の私が戻ってくるような予感がする。

 でも、その時、私はどうなるのだろうか。以前の私が戻れば、今の私は消えてしまうのだろうか。でもそれは、至極当然で正しいことなのだ。結局のところ、存在もあやふやで空っぽの私は、以前の私が戻るまでの代替品(だいたいひん)でしかない。以前の私の偽物にしか過ぎない私でも、このまま誰の記憶にも残らないまま、存在した証も無いまま消えてしまうのは、ほんの少し寂しい。それでも、これでいいと、私は正しい選択をするのだと、そう思える。

 おそらく、この髪飾りは泣いていたあの子の物なのだろう。繊細なデザインもあの子なら(さぞ)かし良く似合うのだろうと予想がつく。きっと、可愛らしい髪飾りを付けた君は嬉しそうに笑って、私を幸せな気持ちにしてくれたんだろう。以前の私が少し羨ましくなって、髪飾りに微笑んだ。そしてそのまま髪飾りへ、あの子に向けて、別れを告げる。



 ――――さようなら。一目でも良いから、君の笑顔を見たかった。




 いつの間にか閉じていた瞼を開けると、長く眠っていた後のような倦怠(けんたい)感があった。手のひらには彼女の髪飾りがあって、見ていると何故か一抹の寂しさを覚えた。俺はそんなに彼女が恋しいのだろうか。いや、どこか違う気がする。俺の中に、空白の時間があるような、居心地の悪さがある。だが、不思議とこのままでも良い気がした。まだ、彼女は来ていない。まだ、猶予はある。根拠は無いが、俺は確信していた。

 目の前にある景色は全く変わり映えはせず、どれほどの時が経ったのか知る術は無い。相変わらず、人々は絶えることなく流れ続けている。手のひらにある髪飾りをそっと両手で包んで、流れる人々を見つめる。彼女は、あの子は、もうすぐ、きっと。



 ――――その時、聞き覚えのある声が響いた。



 すぐに声のした方に目をやれば、今にも泣き出しそうな声で俺を呼ぶ最愛の人がいた。髪飾りをポケットにしまい、彼女のもとへと駆け寄る。やっと、やっと俺は、彼女に会えた。

 これからずっと、考えていた。俺は彼女に、最初に何を言うべきなのだろうか。また会えて嬉しい、だろうか。いや、俺がまず伝えるべきなのは、謝罪だ。俺は、彼女に許しを請いたい。それは俺のエゴでしかないし、到底許される事ではないと分かっているけれど、せめて謝りたい。そして、力の限り彼女を抱きしめて、生きている間に伝え切れなかった愛情を余ること無く伝えたい。

 手を伸ばせば彼女に触れられるほどの位置に近づいて、ふと気付いた。俺には、彼女に触れる資格が無い。そうだ。そもそも彼女を助けられなかったくせに、謝罪をしたい、許されたい、もう一度抱きしめたいだなんて、虫が良いにも程がある。今更どんな顔をして、彼女に会えばいい? 伸ばしかけた手を下ろしたその時、彼女は俺に気づいて、叫んだ。


 「お父さん! やっと会えた!」



 ――――こちらを向いた彼女は、満面の笑みを浮かべていた。



 両手を広げて俺に走り寄る彼女は、心の底から嬉しそうな笑みを浮かべていた。躊躇いも無く俺に向かって飛び込む彼女を、娘を受け止めて、俺は恐る恐る尋ねた。


 「なぁ、お前は、俺のこと、父さんのこと、怒ってないのか?」


 俺の言葉に、娘は可愛らしく首を傾げた。そしてそのまま、嬉しそうな笑顔は悲しそうな顔に取って代わらう。


 「ううん。全然怒ってないよ。それより、ごめんなさい、お父さん。」


 娘の言葉に、今度は俺が首を傾げる。謝る理由は数あれど、誤れる理由は一つも思い当たらない。俺の困惑を感じたのか、彼女は辿々(たどたど)しく、補足を始めた。


 「あのね、わたしね、悪い子だったの。」


 そんな事はない。わが娘ながらこの子は、控えめに言っても素晴らしく良い子だ。そう思いはしたが、相槌を打って続きを促した。


 「わたしがお父さんの言うことを聞かなかったから、」


 じわりと浮かんだ涙を零すまいと、彼女は唇をぐっと引き結んだ。この子はまだ幼いのに、涙を抑えつける術を既に身につけている。おそらく、俺がそうさせてしまったのだろう。


 「悪い子で、道路に出てっちゃったから、」


 ふるふると唇も震えて、言葉を紡ぐのもやっとの有様に俺の涙腺も緩む。


 「お父さん、死んじゃった…………!」


 そっと頭を撫でると、とうとう彼女は泣き出してしまった。それも、ごめんなさい、ごめんなさいと謝りながら。

 俺は、何に代えてもこの子を助けなければいけない。この優しすぎる娘をそっと抱き締めて、俺はゆっくりと彼女に俺の想いを伝え始めた。


 「ごめんな、俺のせいでこんなに辛い思いさせて。」


 しゃっくりをあげながらも首を振るのを感じながら、言葉を続ける。


 「お前のことも助けれられずに自分が死んじゃうような駄目な親父だけと、俺はお前を愛しているよ。これだけは覚えておいてくれ。これからどんなことがあっても、俺はお前の味方だ。」


 何かを感じたのか、彼女は涙を拭いながら顔を上げた。


 「これから先、生きていく中で辛いことはたくさんある。その時は、立ち止まっても、休んでも良い。でも、諦めて投げ出すことはしないでくれ。」


 彼女はしっかりと俺を見つめて、ほんの少し笑った。


 「大丈夫だよ。わたし、お父さんの娘だもん。」

 「よし、それでこそ、俺の娘だ。」


 もう一度ゆっくりと頭を撫でて、俺は彼女から離れた。愛しい娘は、泣き止んで、それでもどこか不安そうに俺を見つめている。ふと思い出して、ポケットから髪飾りを取り出した。


 「お父さん、どこにもいかないでよ。わたしを、置いていかないで。」


 俺は、幸せだ。

 彼女に微笑みながら首を振って、その髪に髪飾りを付ける。いつものように、よく似合っている。


 「俺から、一つ、お願いだ。守れるね?」


 彼女は、唇を噛みながらも、深く頷いた。


 「強く、生きてくれ。」



 その時、後ろから気配がして愛しい娘の姿は徐々に薄れ始めた。消えるその瞬間、娘の目には強い光が宿っていた。きっと、あの子は大丈夫だろう。強く生きていくれる。そんな気がする。





 「お別れは済んだ?」

 「……まあな。」

 「わざわざこんな賭けをしなくても、彼女は自然に助かったかも。」

 「それでも、俺が何かしてやりたかったんだ。」

 「生まれ変わるのを待てば、また親子になれたかもしれない。」

 「何度生まれ変わろうが、俺は何度でも同じことをする。」

 「ふうん。不思議。言い残したことはない? せめて、伝言してあげよう。」

 

 「ああ、頼む。どうか、幸せに。と。」



                      fin.

親子の愛は世界を救う。


という信条のもと、なんとか書き終えた。

どうだろうか、少しは『自分一人で生きている』という浅はかな考えは変えることができただろうか。

人は精神的に、自分は一人で生きているんだと思い込み、時には大胆なことをする。

責任は自分にあり、他人などどうでもいいと考える。

しかし、そうだろうか?

子供は親がいなくても育つが、親は子供がいなければ親にはなれない。

そんな親を蔑ろにできる現代人に、私はひどく憂う。


きっと、親子の愛が、一番大事なんだよ。


ネットのあれやこれやの事象なんてただのちっぽけな事だろう。

むしろ事実を言うなら、地球の面積を考えればそんな悩みなど、憂鬱など、怒りなど、恐れなど、取るに足らないのだ。

自殺を安易に考えることへの疑問を感じて欲しい。人生を投げるほどに、それは大きなことなのか。私は考えざるを得ない。もう一度、見つめ直して欲しい。自分の周りを。他人というものを。自分の親というものを。蔑ろにしてでも生きていける、そんな価値しかないのかを。


さて、今日は少しセンチメンタルだ。

今日はここまでにするよ。じゃあね

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