フェルメリアの民について
今回のローディオへの訪問における、フェルメリアの人員の選出基準は『絶対に死にそうにない』且つ、『協調性・コミュニケーション能力がマシな方』というものだった。
この選定基準には、力ある真竜の血を引くクライドロであっても、どうしようもない訳がある。
――ローディオ国民の対フェルメリア感情は、最悪と言ってもいい。
その理由が、ジャワード曰く『やり過ぎ』な過去のフェルメリアの行いと、当代の国王の正妃であるユーリディアである。
フェルメリアが嘗て滅ぼした聖王家の末裔であるユーリディアは、『理想の王妃』としてローディオの国民に非常に人気が高い。
従って、敬愛する王妃の先祖の仇であるフェルメリアへの印象は、必然的に悪くなるのだ。
そうなれば、自己中心的な正義を掲げて、直接的、間接的を問わず、フェルメリアの民へ攻撃を仕掛けてくる輩も出てくるだろう。
残念ながら、そういった者達に手加減を求めても無駄だ。相手はフェルメリアの民を、自分と同じ人間としてではなく、排除すべき害獣と捉えているのだから。
だからと言って、クライドロ達もむざむざ殺されてやる気も義理もない。
己を害そうとする憎悪と相対した時、己が殺されても当然だと思うような、惰弱な精神だったら、とうの昔にフェルメリアで魔物に喰い殺されている。
フェルメリアで生まれ育った者達は、大概他国の者が呆れるほど図太いのである。
――さて、話は変わるが、他国でも有名なフェルメリアの魔法具は、良くも悪くも突出した性能を有している。
フェルメリアの他に良質な魔法具を生産するとして有名な国に、『桃源郷』と呼ばれるアヴァロンがあるが、そちらの魔法具は性能のバランスの良さと汎用性の高さで知られる。
アヴァロンの魔法具の愛用者は、口をそろえてこう言う。
『フェルメリアの魔法具は、無駄に性能が良い』と。
そして、フェルメリアの民の気質も、生産される魔法具に通じるところがある。
フェルメリアの民は、その極端さで有名なのだ。
ちなみにフェルメリアの民は、極端ついでに、何か違うところにもよく力を入れることでも広く知られている。
そんなわけで、フェルメリア出身の人間は、その戦闘能力と協調性・コミュニケーション能力――勿論、この組み合わせ以外にも当てはまる――が見事に反比例する傾向にある。
弱ければ、フェルメリアを敵視する人間に害される恐れがある。
さりとて、見せかけであってもローディオと友好関係を結ぼうとするのだから、協調性が無さ過ぎて結果的にローディオに喧嘩を売ってしまうような人間はなお困る。
ローディオへの随行員の選出にあたって、フェルメリア上層部は非常に頭を悩ませたという。
すったもんだの末選出された者達は、悲しいかな、どうしても『協調性・コミュニケーション能力がマシな方』にしかならなかった。
フェルメリアの民によく見られる、迸る情熱を一点に集中し過ぎて暴走してしまう仕様は、随行員の中にも見受けられる。
先程からボロい館の修理に全力を傾けている者や、窓の外で高笑いと雄叫びを響かせているジーニアスなどはその典型例である。
彼等はどちらも本職は職人なのだが、より良い素材を採取するために(より良い素材が手に入る場所はより物騒になるので)戦闘能力を磨いた結果、下手な兵士よりも遥かに強くなってしまった。
たとえ強くなろうと本職への情熱は暑苦しいほどで、ジーニアスの方は、度の越したやる気により、関係者に『Gホイ事件』とよばれる大騒動を起こしてさえいる。
――『Gホイ事件』の概要はこうだ。
腕の良い魔法具職人であったジーニアスは、ある時『Gホイホイ』という道具について小耳にはさんだ。
この世界には、異なる世界より『異界の民』が迷い込んでくることがある。『Gホイホイ』とは、異界に存在する対台所の魔神たるG用の最終兵器だと、『異界の民』は伝えていた。
――一体何が彼の心の琴線に触れたのか謎だが、ジーニアスは実物を見てもいないのに『Gホイホイ』を凌ぐ魔法具の開発に励んだ。
そして完成したのが『Gホイキャッチャー』という名の魔法具である。
それが後に悲劇を生むとは、作った当人さえ思わなかった。
……『Gホイキャッチャー』は、無駄に性能が良過ぎたのである。
どのくらい良いかと言えば、フェルメリアの王都中のGを誘き寄せるくらいにだ。
そのため、フェルメリアの王城に黒光りの蠢く川が出現した。
さらに言えば、『Gホイキャッチャー』が起動されたクライドロの仕事部屋は大惨事である。
薬も過ぎれば毒となるが、主婦の味方も効果があり過ぎると立派な兵器になるらしい。
フェルメリアの精鋭達が死に物狂いで奥様達の天敵に立ち向かっていったが、それでも完全にGを駆除するのに多くの時間を要した。
その後も、『Gホイキャッチャー』の破壊を阻止しようとジーニアスが暴れたり、退治したGの残り物がなかなか落ちなかったりと、事件の収束には時間が掛かったのであった。
余談であるが、王城内で『Gホイ事件』に遭遇した者達の大半が、この後しばらくの間、ガサガサゴソゴソと音を立てる黒光り軍団の悪夢に苛まされたという。ちなみに、ジャワードもまたその内の一人であった。
――とんだ問題児のジーニアスであるが、彼に悪気はないし、悪い奴でもない。
ただ、溢れる想いを制御できずに暴走して、結果的に周囲に甚大な被害をもたらしただけだ。
悪気が無いから、より一層性質が悪いとも言えるが。
そんなジーニアスと比較して、ジーニアスの方が話をきちんと聞くだけまだマシと思わせるような人材がごろごろと転がっているのが、フェルメリアの特徴であり、ある意味この国のどうしようもない所なのだ。
「――まあ、ローディオから友好条約でもなんでももぎ取ればこっちのもんなんだから、それまで抑えてればいいんだよ」
「それができたら苦労しねぇよっ!」
いささか能天気なクライドロに、ジャワードは突っ込んだ。