目的
「あ~、だる~」
古ぼけたソファーに寝そべったクライドロは、気の抜けるような声を出した。
「陛下、猫被りお疲れさん」
「ジャワードもお疲れ~」
やや呆れた様な目を向ける男に、クライドロは軽く手をあげる。
彼等がいるのは、古いうえに黴臭い一室であった。
フェルメリア一行の宿泊施設となった建物は、とてつもなくボロかった。
ヴァイスシュロース敷地内の、酷く日当たりの悪い場所にある建物で、数十年前の事故だか事件だかで打ち捨てられてそれっきりの代物だ。
フェルメリア国王一行をこの年季の入った建物に案内したのは、何とかという侯爵である。クライドロの『お願い』に悩んだ様子を見せた自国の王に、自信たっぷりに案内を買って出たのである。
案内した公爵による嫌がらせの意図が露骨に見えていたのだが、建物の周辺は広い空き地になっており、『お願い』の要件を満たしているので良しとした。
基本的に、クライドロをはじめとしたフェルメリアの民は、魔物に襲われる心配がなく、雨露がしのげれば、ボロかろうが曰くがあろうが別にどうでもいい、という考えだ。
フェルメリア一行の中には、今回の宿となる建物内に小動物が多数生息していたため、自作の魔法具を試す絶好の機会だと小躍りしていた者もいたぐらいである。
あと、やや傾いた建物を見て、職人魂に火を付けられた者もいたようだった。
しばらく前から、建物内に金槌を叩く音や、熱い叱咤の声がひっきりなしに響いている。約一名は、さぞ熱く滾った職人魂の赴くままに暴走しまくっていることだろう。こき使われている犠牲者達に、クライドロは心の中で合掌した
庶民として生まれ育ったクライドロにしても、無駄にキランキランのピッカピカな(他の者に言わせれば、豪華絢爛な)迎賓館よりも、老朽化して今にも倒壊しそうな廃屋の方がよほど落ち着く。
結局、侯爵の嫌がらせは、フェルメリア一行への嫌がらせになっていなかった。
「――いいのか、これで」
「うん」
彼の真意を探る様なジャワードに、クライドロはあっさりと頷いた。
「別に俺達がローディオに丁重にもてなされたって、フェルメリアの魔物が弱くなるわけでもないし」
「けど、軽く見られた挙句にローディオから戦なんかふっかけられたら、本末転倒だろうが」
ジャワードの言葉をクライドロは鼻で笑う。
「――もしローディオが戦争を仕掛けてきたら、正々堂々叩き潰せるようにここに来たんだろ」
クライドロの口元に刻まれた笑みには、平素とはかけ離れた、恐ろしいほどの迫力があった。
――今はまだ駄目だ。
過去の歴史と正妃の出自が、フェルメリアを悪にしてしまう。
けれど。
ローディオとフェルメリアが、仮初であっても友好を結んだら?
手を差し出したフェルメリアに、ローディオが剣を向けたら?
――それならフェルメリアは、誰にも気兼ねすることなく、己の爪牙を揮えるのだ。
ジャワードは、何とも言えない顔でクライドロを見ていたが、やがて盛大に溜息を吐いた。
「大変だな、フェルメリアも」
「旧聖国地域の奴らって、本当に失礼だよな。御先祖様は売られた喧嘩を買って、相手を抹殺しただけなのに、フェルメリアを悪者扱いしやがって」
「昔からやり過ぎなんだろうが」
ジャワードはげんなりと息を吐く。フェルメリアの民、特にクライドロとジャワードの伴侶と一緒にいると、他国出身のジャワードはひたすら溜息を吐くしかない時がある。
「はーはっはっはっはっは~。どうだ! 我がTGホイッチャーの威力はっ!!!」
窓の外から、脱力する様な高笑いと雄叫びが聞こえてきた。
「……」
「ジーニアスの奴、またやってるよ」
クライドロが半眼になってぼやいた。
「……陛下、あいつのあれ、破棄できないのか……」
「ジーニアスからあれを取り上げようとしたら、絶対暴れるから結構難しいぞ。それに、取り上げたって、また作るだろうし」
青い顔で黙り込んだジャワードを見て、クライドロは困ったように頭を掻いた。
「うん、まあ、ジーニアスにはちゃんと効果範囲を狭く設定しておくように言っといたから、もうあんなことは起きないと思うよ。だから、大丈夫だって。多分……」
自信なさげなクライドロ言葉には、全く説得力がなかった。
フェルメリアの人たちは、売られたケンカをガッツリ買う派です。
そして、敵は完膚なきまで叩き潰さないと安心できないので、ケンカ売っちゃ駄目な人種です。