閑話「とある国での物騒(ぶっそう)な雑談」
「これは暗殺しかないですよっ!」
「デストロイや、デストロイ~っ!」
「寝言は寝て言って下さい」
拳を握った一人と一匹の熱弁は、にっこりと笑みさえ浮かべて切り捨てられた。
切り捨てた人間の口は笑みの形をとっているものの、目は全く笑っていない。
異様な圧力を放たれても、彼等は屈しなかった。
「何を言うのです! 障害は壊して突き進むものなのですよ。ちなみに皆で暗殺計画も立ててます。これなら大丈夫なのです」
「暗殺する時点で大丈夫ではありませんから」
どこまでも冷静な突っ込みである。
「何ゆーてんねん。略奪も愛やねん。問題無しや」
「略奪になってませんし、略奪自体も問題です」
「……炎君に白姫殿、せめて話す場所を弁えて貰いたいんだが……」
物騒極まりない会話を繰り広げる相手に、アーサーは額を押さえながら声をかけた。
ソリニア大陸の南に位置するシェルバ大陸。その中でも屈指の大国が、アレクサンドリアである。その象徴の一つとも言うべき国王の執務室は、今現在、脱力する様な面々の休憩所と化していた。
先程から熱弁を揮っていたのは、白い幼女と、大きさが彼女の腰辺りまである赤い特大ハムスターである。その他にも会話に参加していなかったが、書物を黙々と読み進めている黒い女、昼寝をしている何色とも言えない狼、ひたすらに茶菓子を貪っている金髪碧眼の娘がいた。
残るはアーサーと物騒な戯言を切り捨てていた護衛、そして空気に溶け込んでいる侍従兼秘書官のみだが、部屋の中の光景はどうにも混沌とした印象が強かった。
部屋の内装が、壮年の国王らしい重厚なものだったから、余計に。
アレクサンドリアの最高権力者であるアーサーの執務室がこのような状態になっているのは、体面的には限りなく不味い。こんなことで臣下に示しがつく訳がない。
かといって、アーサーは幼女達を力尽くで追い出すこともできない。
何故ならば、彼等はどこにも所属せず、何者にも膝を折ること無き存在。
彼等の仮初の姿に懐いていた憧れを粉砕されようと、彼等の振る舞いにその片鱗を見出すことが出来なかろうと、アーサーには喧嘩を売っていい相手か否かの判断がつくのだ。
己の心にのみ従う彼等がここにいるのは、アーサーではなく、彼に侍る護衛に用があるからだ。
「ウチは早うレンちゃんにジャンの子供を見せたいんや~。気になる娘がいるんなら、とっととくっつきい。そんなん低速じゃ、爺と婆になるやんけ」
「そうですよ。今まで引いて引いて引いてきたんだから、これからは押して押して押すときなのです!!!!」
「――ジャン、お前はようやく相手を見つけたのか……」
やや無責任にも聞こえるハムスターと幼女の檄とは対照的に、アーサーの言葉には万感がこもっていた。
ジャンの家名はウェイン。アレクサンドリア建国時より続く、『王剣の鞘』との異名を有する家系の末裔である。その血脈の特異さにより、ウェインはアレクサンドリアの歴史の裏側に深く関わり続けた。初代国王をして、決して絶やすべからずと言わしめた血。
その血を次代に繋いでいくべきウェインの現当主には、今まで浮ついた噂一つなかった。
――夜会で迫ってきた令嬢には、無表情で相手に魅力を感じないと一蹴し。また、ジャンを男色家と勘違いした相手は、容赦なく再起不能にし。このままでは一生結婚しなさそうだと、心配したアーサーが見合い話を持ってきた時には、再び同じことをしたなら出奔すると真顔でのたまった。
……まだジャンが二十代前半であるにも関わらず、アーサーがウェインの断絶を危惧していたのは、故なきことではないのである。
ジャンは微かに口の端を上げた。夜の静寂を宿した双眸に、小さな炎が揺らめく。
「別に、将来を誓った訳ではありません」
静かな声。
「彼女が笑っていられるならば、それが俺の幸いですから」
姫君を守る騎士の誓いに似た宣言。狂おしい程の想いを孕みながら、それはどこまでも穏やかだ。
「彼女に仇を成すならば、何であろうと排除するだけですよ」
それが、自分自身であろうと。
付け足された言葉に、その場にいた全員が沈黙した。黒い女も、金髪碧眼娘も、その手を止めてジャンを凝視している。
狂って。
狂いきって。
けれど狂人は、人の中にはいられないから。
己が狂気を自覚しているが為に、徒人のように振舞おうとする。それがジャンであり、ウェインの血統を継ぐ者だ。例外は、狂えない人と愚か者ぐらい。
「……じゅ、重症やない?」
「……重症以外の、何なのですか……」
己が白姫と呼んだ幼女の言葉に、アーサーは無言で頷いた。