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プロローグ

初めての長編予定の作品なので、完結できるよう頑張っていこうと思います。

(きり)(まと)う水辺に響く、横笛とリュートの音色。それらは、世界を祝福するかの如く、重なり合い、入り混じり、広がってゆく。

フィオナは横笛を奏でながら、紡がれる調(しら)べを全身で感じていた。

陽光を連想させる、明るく伸びやかな笛の音に寄り添う様に、夜の静寂を想わせる、何処(どこ)までも透明なリュートの音が生まれ落ちる。

フィオナの笛の音はともかく、リュートの音の方は、特筆するほど奏者の腕が優れていると感じられるわけではない。しかしながら、虚無すら(はら)まぬ透明さ故だろうか。そのリュートの音は、何故か自然と耳を傾けてしまう様なものだった。

横笛とリュートでの、昼と夜の調べ。相反する筈のそれらの調べは、だが、確かに共存し、互いを一つの曲へと昇華しあっていた。

フィオナは無心に、横笛を吹く。

辛いことだらけの日々の中で、笛を吹くことは数少ないフィオナの慰めだ。そして、このリュート奏者との合奏は、フィオナにとって喜びとなっていることだった。その時だけは、自分がここにいて良いと感じられて、フィオナは安堵(あんど)するのだ。

高く長い音を最後に、美しい旋律は終わりを告げる。

その余韻(よいん)に浸っていたフィオナに、リュートの奏者から声がかかった。

「――フィオナ殿」

静かな低い声に、フィオナはその不思議な色合いの瞳を瞬かせる。フィオナの瞳は、父親から譲り受けた琥珀(こはく)色であったが、何故だか、光の加減で虹色の膜が掛かって見えるのであった。

「ジャン殿、どうしたのですか?」

フィオナは首を傾げて、目の前のリュート奏者を見た。

鴉の羽根の様な艶やかな黒髪と、夜の静けさを想わす黒瞳を有する青年。彼の涼しげな瞳には、今まで見たこともない光が浮かんでいた。

ジャンは(ひざまず)いてフィオナの手をとり、手の甲に唇を押しあてた。フィオナは、驚き、目を見開いた。今まで、フィオナはジャンから、このようなことをされたことが無かったのだ。

「――俺は、貴女をお慕いしております。」

フィオナの手に額を押しあてながら、何処(どこ)となく苦しげに、ジャンは告げた。その告白に、フィオナの手が震える。

「……駄目です。……私なんか、選ばなくても――」

「他の誰が何と言おうと、貴女が何を想おうと、貴女は、――フィオナ殿は、俺の唯一無二です」

しばしの沈黙の後、絞り出されたフィオナの言葉を拒絶する様に、ジャンは勢いよく顔をあげ、言った。

フィオナは、泣きそうな顔で首を振った。いつの間にか芽生えていた感情を、今になって自覚する。フィオナの最愛の男は、彼の人だったのに――。

これは、裏切りだ。

目の前の男と最愛だった人、両方への。

「……駄目、なんです……」

それだけしか、言えない。己の背信を告げてしまえば、きっとフィオナは、ジャンを失望させてしまうから。

――また、愛した人に嫌われるのは、もう耐えられない。

「フィオナ殿――」

「ごめんなさいっ」

何かを言いかけたジャンの言葉を遮って、フィオナはそこから逃げだした。

咄嗟(とっさ)に伸ばしたジャンの手は、しかし、突如濃さを増した霧に阻まれ、フィオナに届くことはなかった。そして、濃霧はそのままジャンをその(かいな)の中へ捕らえようとする。

――白く染まりゆくジャンの視界に、(あか)が舞う。

ジャンを護るかのように、彼の周囲に紅蓮の炎が生まれ、霧を全て焼き払った。霧が晴れた後に残ったのは、何の変哲(へんてつ)もない水辺の光景。そこに、ジャンが想いを寄せる少女の姿を見出すことはできなかった。

「フィオ、すまない」

ジャンの言葉に応えるように、柔らかな鳴き声が空気を震わせる。炎と共に(けん)(げん)せしは、美しき深紅の鳥。肩にかかる友の重みとその温もりは、ジャンを慰めるようだった。

「――貴女は、どうしたら笑ってくれるのですか」

途切れた言葉の続きは、愛しい少女に届かないまま、溜息(ためいき)と共に溶けていった。


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