その向こうには
ソラじいさんの向かう先には、細長いひびがありました。
クリィは、ついていくために顔をソラじいさんのほうに向けねばならず、また顔に冷たい風を受けました。
地面が遠くて風もある、いつもとは全く違う環境にどぎまぎしながら、クリィはソラじいさんのほうを目指しました。
空作りのまちではクリィのほうが早く飛べましたが、この環境では経験のあるソラじいさんのほうが上でした。
クリィは風にあおられてふらふらしてしまい、うまく進めません。
それでも、口の中の空の草の効果で冷静さを保ち、何とかひびのところまでたどり着きました。
空のひびは、遠くで見ると小さくても、近くで見るとかなり大きく感じられます。
クリィは、指三本ほど入りそうな幅があるのに驚きました。
それでも、ひびは浅く、空に穴があいているわけではありませんでした。
クリィは、ソラじいさんが作業しているのとは反対側のひびの端に取り付き、ソラじいさんの作業を見よう見真似で、ひびを埋めていきました。
埋めるひびも残りわずかになって、クリィが空のもとと空の草を口に入れるのが五回目になるころ、クリィはひびの奥から小さな声を聞いたような気がしました。
空耳かと思って耳を近づけてみると、かすかですがやはり何かの声が聞こえるようです。
クリィは驚いてソラじいさんのほうを見ました。
ソラじいさんは、口の中から新しい空のかけらを出しながら、
「そいつが何かなんて考えるな! 今はとにかくひびを埋めるんじゃ!」
と叫びました。
クリィは、何も考えないように、穴をあけちゃだめ、穴をあけちゃだめ……と機械的に繰り返しながらひびを埋めました。
ひびのあった場所が埋められて分からなくなると、ソラじいさんは少し離れて出来映えを確認しました。
「初めてにしては上出来じゃ!」
ソラじいさんは褒めてくれましたが、クリィが見ると、自分の埋めたところだけ色がまちまちなのでちょっと残念でした。
二人は、気流に乗って空集めのまちを目指しました。
ソラじいさんは風に乗る名人でしたが、クリィも少しずつ慣れて余裕を持ってついていけるようになりました。
クリィは、ソラじいさんの後ろで、さっき聞こえた声について考えました。
ひびの向こうからだったので人の声か動物の声かも分かりませんでしたが、確かに何かの声を聞いたのです。
クリィは、その何かが空の内側に入ろうとしているのだと思いました。
でも、外側に何がいるのか、クリィには皆目見当がつきませんでした。
お父さんが火傷して死んだと言う話を思い出し、何か怖い生き物かもしれないと思いました。
クリィはまちに降り立つとすぐに歯を磨きました。
ソラじいさんは、長年の空塗り作業で口の中が青を通り越して真っ黒だったので、何も気にかけませんでした。
ソラじいさんは、念入りに歯を磨くクリィを見て、
「こりゃあ空塗りより先に歯磨きの名人になるわい」
と言っていました。
クリィは口の中の青を綺麗に落とすと、さっきの声のことをソラじいさんに尋ねました。
「ふむ。少しは知っておいてもいいかもしれんのう」
クリィは、公園までの道すがら、ソラじいさんからさっきの声の主のことを聞きました。
ソラじいさんによれば、あの声はネズミの声でした。
空作りに空の草を使う前、つまり、適当な草や生ごみで空を作っていた頃は、今までよりもひびができることが多く、ときどきは小さい穴があいてしまうこともありました。
穴があくと、決まってそこから小さなネズミが出てくるのでした。
このネズミは、繁殖力が強く、いろんな作物を食い荒らすので、地上で発見されるとすぐに駆除されました。
空塗りたちは、穴が開きそうな場所を見つけると、ネズミが嫌う草などを空のもとに混ぜて、それでひびを埋めました。
ネズミよけとしていろいろなものが使われましたが、最も効果があったのがソラじいさんの使った空の草でした。
空の草は人間にとっては薬になりますが、体の小さなネズミにとっては強い毒です。
空の草を使って空塗りをしたところは、もう一度ネズミに破られることは絶対になく、鮮やかな青が綺麗なので好評でした。
次にソラじいさんは、空の草を増やして、最初からそれを混ぜて空作りをすることを提案しました。
この案はすぐに実行に移され、美しくひびの入らない、新しい空ができたのです。




