フラッシュバック
クリィのお母さんは、空集めのまちで生まれ育ち、そこである男の人と結婚しました。
男の人はハリィという名前の研究者で、空を集めてできる肥料を、地上で作る方法を模索していました。
ある日、ハリィは空集めの工場でできた肥料に、動物の毛のようなものが混じっていることに気づきました。
これは大発見でした。
ハリィは、空の向こうにも生き物がいるのかもしれないと言って、空に目を向け始めました。
空を見つめ、空について書かれた本を読み、空塗りの人たちに話を聞きました。
調査を続けるうち、ハリィはあることに気づきました。
それは、本来空にはひびなんて入るはずがないということでした。
空のもとはもともと、やわらかくてよく伸びます。歪んだり穴があくことはあっても、ひびが入ることは考えにくいことです。
ハリィは空のもとを焼いたり冷やしたり、水につけたりして、どうやったらひびが入るのか調べました。
ところが、どう頑張ってみても空のもとはやわらかいままで、ひびなど入りそうにありません。
どうしても空のひびの仕組みを知りたかったハリィは、空塗りの一人に飛び方を教わって、自分で空の向こう側を見に行くことにしました。
空塗りは止めようとしましたが、ハリィは聞きませんでした。
結局、空塗りが同行し、ハリィが行き過ぎたことをしないよう監視することになりました。
ハリィは鋭利なナイフを持って空へ向かい、空に大きく切り込みを入れました。
空はもともととても薄いので、これは造作もないことです。
ハリィは切り込みをちょっとめくり、そこから身を乗り出しました。
「なんてことだ! 向こうにも空が……それに……ああ、まずい……」
そばにいた空塗りが聞いたのはこんな言葉でした。
その後、静かになったハリィを不審に思って空塗りが引っ張ってみると、ハリィは身を乗り出した部分だけに火傷のような痕をつけて、死んでいました。
クリィのお母さんは、帰ってきたハリィの姿を見て泣きはらしました。
この謎の事故の後、ハリィの研究仲間は事故を気味悪がって研究をやめ、クリィのお母さんはハリィの知人と会うたびに事故を思い出すのでやり切れなくなって、適当な理由をつけて飛行船に乗ったのでした。
飛行船は空作りのまちに到着し、ここからは折り返すと言われたので、クリィのお母さんは飛行船を降りました。
「空作りのまちでは絶対に空にひびが入ったりしないって聞いてたし、このまちの人、誰も空のひびのことなんて知らなかったから、ここで一から始めようと思ったの。それでも一人は寂しいなって思ってたらあなたが生まれたのよ」
お母さんはそう言って、一度にいろんな話を聞かされて混乱しているクリィに笑いかけ、頭をなでました。
お母さんにとってはつらい思い出でしたが、ずっと隠していたことをクリィにようやく話すことができて安心していました。
お母さんの穏やかな表情を見て、クリィも安心しました。
「じゃあ、そのハリィっていう人が私のお父さんなの?」
「そうよ。子供が生まれたら二人の名前を合わせてクリィかハルトのどっちかにしようって、二人で決めてたの。クリィって、いい名前でしょ?」
クリィは、自分の名前にお父さんとお母さんの名前が入っているのだと知って、温かい気持ちになりました。
お母さんは、クリィの頭をなでながら、また話し始めました。
「あなたが飛行船に乗るって言ったとき、昔の自分を思い出してね。もう帰って来ないんじゃないかと思っちゃって。帰って来てほっとしてたら今度は空塗りをするって言うんだもの、ハリィを思い出しちゃって……」
クリィはお母さんの気持ちがよく分かりました。
それで、クリィはお母さんに抱きつきました。
お母さんは、微笑みながらクリィを抱きしめて、言いました。
「空塗りはやってもいいわ。クリィは空が大好きだもの。でも、危ないまねは絶対にしちゃだめよ」
次の日、クリィはソラじいさんに、ハリィという人のことを知っているか聞いてみました。
自分の父親だとは言いませんでした。
ソラじいさんは真面目な顔をして言いました。
「ああ、聞いたことがあるよ。空に穴をあけるなんて絶対にしてはならんことじゃ。わしらは空に穴をあけんために働いとるんじゃからのう。お嬢さん、空の向こうに何があるかなんて考えんことじゃ」
クリィは心の中で、自己暗示のように穴をあけちゃだめ、穴をあけちゃだめ……と繰り返しました。




