親の心、子の心
クリィのお母さんが帰ってきたとき、ソラじいさんは子供たちの相手に疲れて、家の中でうとうとしていました。
「お母さん! おかえり!」
クリィの元気な声でハッとしたソラじいさんは、ぴょんと立ち上がってクリィのお母さんに挨拶しました。
お母さんは、ソラじいさんを見るのは初めてでしたが、クリィから立派な白ひげのおじいさんと聞いていたので、すぐに分かりました。
「ソラじいさんですね。こんなところまでよくいらっしゃいました。どうぞゆっくりしていって下さい」
お母さんはソラじいさんに泊まっていっても構わないと言いましたが、ソラじいさんはそこまでお世話になるわけにはいかないと言って断りました。
それでも、食事はクリィの家でとっていくことにしました。
クリィは、なんとなくお母さんがソラじいさんの訪問を快く思っていない気がして、お母さんの一挙手一投足をこっそり観察していました。
お母さんはお母さんで、クリィのカリカリした態度でこの二人が何を考えているのか漠然と察知していました。
料理の支度でお母さんの姿が見えなくなったとき、ソラじいさんがこっそりクリィに尋ねました。
「ところで、あんたのお父さんはおらんのかい?」
「いないよ。ずーっと昔にいなくなったんだってお母さんが言ってた。私、一度もお父さんに会ったことないもの」
もう慣れっこになっているクリィは平然と答えましたが、ソラじいさんはもじもじしながら変なことを聞いてすまんと言って謝りました。
食事の間、ソラじいさんはクリィのお母さんの料理の腕前をしきりに褒めました。
お母さんが照れているのを見て、クリィも面白がって褒めました。
お母さんはしどろもどろになって顔を赤らめました。
終始なごやかな雰囲気でしたが、クリィもお母さんも、食事を終えるのを恐れていました。
クリィはお母さんを悲しませたくありませんでしたし、お母さんはクリィをがっかりさせたくありませんでした。
そんな二人をよそに、突然ソラじいさんが話し始めました。
「クルトさん。空塗りって仕事を知ってるかね?」
クリィのお母さんは、観念したように静かに深呼吸をひとつして、答えました。
「ええ、この子から聞きましたわ」
「空塗りはいい仕事じゃ。空のてっぺんまで上って、自分も空の一部になったような気分になれる」
お母さんは、伏し目がちになって力なく微笑みながら聞いていました。
「このお嬢さんは空が大好きじゃ。あんたさえよければ空塗りを教えてやりたいんだが、どうかね?」
お母さんは、ソラじいさんの顔を見、クリィの顔を見ました。
クリィは、お母さんの悲しそうな顔を見て、空塗りなんかやらないと言ってしまおうかと思いました。
「安心しなされ! 空塗りをして怪我をしたり命を落としたりした者は一人もおらん。空に上るのは危険に思えるかも知れんが、お嬢さんの体には傷ひとつつかんわい」
ソラじいさんは、クリィの身を案じている様子のお母さんを見て付け加えました。
お母さんは、決心したように口を開きました。
「お返事は、明日……この子の口からお聞かせします」
ソラじいさんは、クリィが返事をするのなら断られることはあるまいと思って、クリィに笑いかけました。
でも、クリィはお母さんの表情に気を取られていてこれに気づきませんでした。
空作りの工場に知り合いがいるはずだからと言って、ソラじいさんはクリィの家を後にしました。
空のもとが入った皮袋は、一晩ここに置かせてくれと言って置いて行きました。
ソラじいさんがいなくなると、お母さんは静かにクリィに話し始めました。
「クリィ……お母さん、あなたに謝らなきゃいけないことがあるの」
クリィは、お母さんが何を言い出すのか、どきどきしながら見守りました。
「あなたが空が割れちゃうって言ったとき、お母さん笑ったでしょう? そんなの見たことも聞いたこともないって」
クリィは、ソラじいさんと直接関わりのない話が始まったので意外に思いました。
でも、お母さんの顔が真剣だったので、クリィも真剣に聞きました。
「本当は、空のひびのことも空塗りのことも知ってたの。ただ……クリィにはあんまり空に興味を持たないでいて欲しかったの」
お母さんは、今まで話さずにいたいろんなことをクリィに話しました。




