【短編小説】へびりんご
映画を観た帰り道は退屈しない。
喋ることがいっぱいある。脚本だとか演技だとか照明だとか編集だとか、世界情勢にだって広げられる。
だけど公園で飲みながら映画について話している時に、目の前に円盤が降りてきてしまうと、もう話すことは何も無い。
むかし、空飛ぶ円盤が降りてきたのだけど宇宙人「円盤に乗れるのは映画に出た事のあるひとだけ」と言って、弟は映画に出た事があるから空飛ぶ円盤に乗った、と言う歌を聞いた事がある。
いまだにどうして映画に出た人が空飛ぶ円盤に乗れるのか分からない。
目の前に着陸した空飛ぶ円盤から宇宙人が出てきたら、その歌と同じようにそう言うのだろうか。
もしここで死んで、次に生まれ変わる転生の行列に並ぶとして、「また人間に転生できるのはバ美肉していない人だけ」と神だとか仏だとか猫が言うのなら、信じてしまうかも知れない。
だって空飛ぶ円盤が目の前にいるのだから。
いや、そんなことを言っても誰ひとり信じない。ぼくがぼくに話したところで。
「俺だったら信じるのか」
蛇が笑った。
ぼくはリンゴ味の酒を飲み干した。
勢いをつけて立ち上がると、少しよろめいてしまった。モノリス酔いかも知れない。
ぼくには早過ぎたんだ。
窓を開けて部屋の空気を入れ替えると、外に林檎売りが見えた。
そうだ、信じられることなんてない。
彼女が売っている林檎はどこから来たものなのだろうか。
遠くの農園からヤクザが盗んだ林檎なのかも知れないし、林檎売りをしている彼女の実家で育てた林檎なのかも知れない。
または林檎を食べている間にストリップを見せてくれるとか。
気に喰わない上司とかに林檎を投げつけてくれるサービスを売っている可能性だってある。毒林檎の可能性だって捨てきれない。
振り向くと女がベッドの上で目を見開いたまま眠っている。
知らない。
ぼくは何も知らない。
林檎の果汁が飛び散って女の皮膚を垂れていく。
ぼくはその女について何も知らない。
知ろうとしたかどうかは関係がない。
ぼくは女を観察する。
腐りかけた水蜜桃ほどの妖艶さが無いとは言え、その若く青さが残る肉体には早摘みの林檎が似合うのかも知れない。
酸味が立つ肉と、その手前にある黒い茂みと空の群青が境界線を失っていく。
それは美しさだろうか。
生活の怠惰だろうか。
なんだっていい、ぼくには関係がない。
窓を閉める。
女の肉体がカーテンの向こうに消える。
窓ガラスが割れる。
カーテンの下から林檎が転がり出てくる。
窓ガラスを突き破ってきた林檎は青く瑞々しかった。
その青林檎は膨れ上がり爆発して四散すると部屋中を酸っぱい匂いで満たした。
ぼくは厭になって目を閉じる。
しかし鼻腔の奥まで入り込んだ青林檎の匂いは消えない。
目を閉じれば思い出す。
ぼくはゆっくりと服を脱いだ。
手を女の後ろに回してブラのホックを外きた。次にショーツの紐を解いた。
ぼくたち見ている蛇が食べる林檎が果汁を飛ばす。
果汁がぼくの肌を垂れていく。
蛇の黒い目が見開かれていく。
黒い目が夜の群青と溶けて境界を失っていく。
蛇が嗤う。
ぼくは目を開ける。
林檎を投げる。
林檎は空飛ぶ円盤になって飛んでいく。
女はモノリスだったのかも知れないし、もしかしたらぼくがモノリスだったのかも知れない。
林檎の芯がモノリスだとすればそうなのだろうし、種を残すとか果汁を飛ばすと言う意味では大差無いのかも知れない。
なんの冗談でもなく本当にそう思う。
でも蛇は笑わなかった。
女は笑っていただろうか。
思い出せない。
空飛ぶ円盤が丸い穴を開けて中から宇宙人が降りて来た。
宇宙人が言うには映画に出た事がある人は乗れるらしい。
ぼく映画に出た事があると嘘をつくと宇宙人は嗤った。
蛇みたいな黒い目で嗤っていた。
あの中では映画の話をしてもよいのかな。




