3人の妃候補との対面
馬車の車輪が石畳を叩く音が遠ざかる。
朱離国の離宮は、夜気の中でひときわ静かに光を放っていた。
白い漆喰の壁、金糸をあしらった門。
あまりの静けさに、鈴は自分の息が響くのを感じた。
「──ようこそ。離宮へ。」
幽真の低く落ち着いた声に鈴はハッとする。
「ついてこい。」
足音が静かに廊下を渡っていく。
すれ違う女官たちは一様に鈴を避けるように道を開けた。
(……この宮には、目に見えない境界があるようにみえる)
鈴は思う。
「外から来た者」は、それだけで“異物”なのだと。
案内された広間には、既に三人の妃候補が揃っていた。
鈴が一歩足を踏み入れると、空気がひやりと張り詰める。
最初に声を上げたのは、中央に座る女だった。
漆黒の髪を高く結い上げ、髪飾りが光を反射してきらめく。
唇は紅玉のように艶やかで、
金糸の刺繍が施された衣は、まるで舞台の上の主役のように華やか。
彼女は名を、翡翠といった。
「わたくしは翡翠。離宮の妃候補の中では一番上よ。」
その声音は、甘い蜜をまといながらも棘を含む。
「あなたが……あの、敗れた小国の娘?」
「はい。」
「思ったより“見すぼらしく”はないのねぇ。」
艶やかな笑みを浮かべ、翡翠は鈴を上から下まで一瞥した。
「戦に負けた小国の娘にしては、よく立っていられるものね。」
「……立つことくらいはできますので。」
鈴が静かに返すと、翡翠は鼻で笑った。
周囲の空気がまた少し冷える。
その隣に座る少女が、慌てたように声を上げた。
「わ、私は芍瑶と申します……っ!」
彼女はまるで小鳥のように震えていた。
淡い桃色の衣が風に揺れ、瞳は怯えたように鈴と翡翠を見比べる。
絹糸のような髪が肩に流れ、指先は白磁のように細い。
最後に口を開いたのは、壁際に立つ一人の人物。
「僕の名前は瑠霞」
声は穏やかでありながら、どこか芯がある。
銀灰色の髪を低く束ね、衣は他の候補と違って飾り気がない。
光の加減で、顔立ちは男にも女にも見える。
中性的なその存在は、宮の中で唯一、風のように自由に見えた。
「……鈴、よろしくね。」
「...よろしくお願いします。」
つかみどころがない笑顔で瑠霞は微笑む。
それぞれの挨拶が終わったあと、翡翠が扇を開いた。
「今日は歓迎の宴よ。
せめてこの宮の“序列”だけは覚えておいてね。」
その言葉に、芍瑶が息を呑む。
序列――すでに、そこに鈴の居場所がないことを意味していた。
香が焚かれ、宴が始まる。
盃が並び、笑い声が薄く広間を満たす。
鈴は一口も飲まず、静かにその場の空気を観察していた。
(翡翠の笑み、芍瑶の震え、瑠霞の沈黙。
……この場は、毒そのものだ)




