朱離国の本宮にて
朱離国の城下は、鈴が生まれ育った綺羅国とはまるで違っていた。
石畳は広く、色鮮やかな布を纏った人々が大通りを行き交う。
露店からは香辛料の香りが漂い、鮮やかな絹が風に揺れている。
馬車の小窓から外を見つめながら、鈴は目を細めた。
街の活気が美しく、眩しすぎたから。
やがて馬車は城門を抜け、本宮へ到着した。
朱塗りの柱が林のように並び、金細工の装飾が朝日を反射してきらめく。
人、人、人。華やかさと力の象徴。
(ここが……大国。力の象徴。)
鈴は深く息を吸い、馬車から降りた。
「綺羅より参りました、鈴にございます。此度の謁見、頂きまして……」
声が震えないよう、言葉を整え礼を取る。
謁見の間に立つのは――朱離国の王。
年は四十ほど、威厳と余裕を帯びた眼差し。
その隣に座る正妃は、柔らかな微笑を湛え、白菊の花のような佇まいだった。
「遠路、よく来てくれたね、鈴殿。」
王は声を和ませる。
それは意外なほど、温かい響きだった。
(……この人は、本当に“勝者”の王なのだ)
余裕と、包容。
圧し潰す必要すらないほどの強さ。
父とは真逆の、王。
王が続ける。
「我が子息の、黎真は……病で人前に出られぬ。幼き頃より身体が弱く、離宮で静養しておる。
我が子は黎真1人のため、大事にして離宮での初見になる」
正妃も王の言葉に優しく微笑む。
しかし、ほんの一瞬だけ、正妃の瞳の奥に 氷の色 が見えた気がした。
(……気のせい?)
鈴は胸の奥がざわつくのを誤魔化すように目を伏せる。
「鈴殿は、本日より“妃候補”として離宮に滞在する。待遇は他の妃候補と等しい。」
王の言葉は優しいが、それは同時に――
『どこにも帰れぬ』 という宣告でもあった。
「はい……謹んで、拝命いたします」
鈴は深く頭を下げた。
背筋は真っ直ぐだったが、足元はふと軽く揺れた。
「案内をつけよう。離宮までは近い。」
王が手を上げる。
そのとき。
「失礼いたします。」
柔らかな声が、静かに響いた。
白い面布をつけ、目元だけを露わにした男が進み出る。
目元だけでもわかる――美しい形。
けれど、冷たい風のような距離を感じる。
「俺の名は幽真。皇太子殿下付きの護衛だ。」
(この人が……わたしを監視する人)
鈴はそう直感した。
幽真は鈴を一瞥するでもなく、ただ淡々と告げる。
「ついてこい。他の妃候補も集まってる。」
その声は整っていて、だがどこか――
言葉の端に、寂しさがあった。
鈴は歩き出す。
背後で、正妃が声をかけた。
「どうか……この国で、安寧を得られますように」
その微笑みは美しく、優しく、完璧だった。
(安寧なんて、まだ信じられない)
ただ静かに歩いた。
離宮へ――
幽真の導く先へ。
そこで、運命が動き始めるとも知らずに。




