第6話 集まれ魔力よ!
魔力量測定器の前に立つ番が回ってきた。
カトリット先生に名前を呼ばれたユティナは、重い足取りで測定器へ向かう。
胸は高鳴り、手がわずかに震える。
途中、戻ってきたアルマとすれ違い、アルマが微笑んで囁く。
「頑張って、ユティ!」
「う、うん……」
そして、青い大水晶球の前に立つユティナ。
教室内の全ての視線が、彼女に注がれる——。
(お、落ち着け私!)
ユティナは心の中で自分に言い聞かせた。
(もしかしたら、ワンチャン魔力量が上がってる可能性だってある……!それに、転生したらチートの力があるなんて展開もあるかもしれないし……。そうよ、私は元魔王よ? 魔力がないなんておかしいじゃない!)
しかし、手に感じる魔力は微かにしかなく、心はだんだん焦りで締め付けられていく。
測定器の前で悶々と頭を抱えるユティナに、厳しい声が飛ぶ。
「ハーリットさん、何をしているのですか? 早く測定をしなさい」
カトリット先生の鋭い声に、現実に引き戻される。
「あ、はい……」
(覚悟を決めるのよ、ユティナ!)
全神経を集中させ、魔力を流し込む——。
(全世界の力よ、私に力を!)
ユティナは大水晶球に手をかざした。
「はぁぁぁぁぁっ!」
すると、大水晶球は青く輝き始める――はずだったが、光はほとんど強まらず、静かに微かに揺れるだけだった。
「……ユティナ・ハーリット。魔力量152。魔力判定…Fランク。ユティナさん、前回から一ミリも上がっていませんね…」
その言葉が、ユティナの胸に鋭く突き刺さる。
「ふふふっ、あははは! あんなに力を入れて、Fランクって!」
マリアベルの高笑いに、取り巻き達もクスクスと追随する。
「ずっとFランクって、なかなかお目にかかれないわよね」
「全然上がってないなんて、あり得るのかしら?」
その笑い声は教室中に広がり、中心で硬直するユティナに刺さる。
笑い声が広がる中、ユティナを心配そうに見つめるアルマ。
「ユティ……」
ユティナは手をかざしたまま、測定器の前で固まる。
(は、恥ずかしいっ! あんなに全力で気合いを入れたのに……! はぁぁぁぁぁって、何! でも、やっぱり想像通りの結果だったわね……)
「ハ、ハーリットさん…あまり気を落とさないでください。まだ卒業までは時間があります。諦めずに努力すれば、必ず成長できます。我々教師も全力でサポートしますから」
「は、はい……ありがとうございます……」
ユティナはトボトボとアルマの元へ戻る。
「だ、大丈夫だよ、ユティ! 先生も言っていたじゃない! まだ時間はあるって! 私も協力するから!」
「あ、ありがとぅぅ……アルマぁ……」
自分の惨めさに押し潰されそうになり、ユティナの目に涙が滲む。
「全く、惨めでしょうがありませんわね」
振り向くと、そこには金髪の少女が立っていた。
「あ、アマゾネス…」
「マリアベルよ! 貴方、わざとやっているのかしら!?」
「あ、ごめんなさい。なんとなく雰囲気が…」
「だから貴方は私を何だと思っているのですか!?」
鋭いツッコミに、ユティナは思わずたじろぐ。
「ふ、ふん…まぁ、いいわ。そんな事より、あなた…ふざけているのかしら?」
「え? わ、私は別に…」
「ふざけていないとでも仰るのですか? では、あの結果は一体何なのです? 魔力量が全く上がっていないとは?」
再びユティナの胸に、鋭く突き刺さる。
(う、地味にショック受けている事を突いてくるわね…アマゾネス…いや、違った、マリアベル)
「この学園に通う生徒は皆、聖女を目指し、弛まぬ努力を重ねています。魔力量が上がらないとは、努力を怠っている証拠。貴方はこの学園に相応しくありません!」
取り巻きたちも、うなずきながら同意する。
「ちょっと! いい加減にしてよ! ユティはいつだって人一倍頑張ってるんだから! 相応しくないなんて言葉、取り消してよ!」
アルマがユティナの前に飛び出し、マリアベルに強く言い返す。
「いいえ、取り消しませんわ。私は間違ったことを言っていません。ハーリットさん、貴方はこの学園に相応しくない。すぐにこの学園から去るのです!」
「え…さ、猿? 私は猿じゃ…」
「その件はもういいわよっ!!」
再びマリアベルの鋭いツッコミが教室に響いた。
「ふーっ、ふーっ、ふーっ!」
鼻息荒く詰め寄るマリアベル。その顔は怒りで真っ赤だ。
「と、とにかく! 私の言いたいこと、分かりましたわよね!?」
「ユティ、そんな話聞かなくてもいいから!」
アルマが慌ててユティナの前に立つが、ユティナはその肩をそっと押しのけ、一歩前に出た。
「アマゾネス!」
「マリアベルですわよ!!」
素でツッコむマリアベル。
「こ、こほんっ…。私は、あなたの言う通りにはしないわ!」
「ユティ……!」
アルマが息を呑む。ユティナの瞳には、確かな意志の光が宿っていた。
「な、何ですって!?」
マリアベルの声が教室に響く。
(私にだって、譲れないものがある! このまま学園を追い出されたら、聖女になれない。そうなったら……無一文で放り出される未来一直線!)
(お金がないなんて絶対イヤ! そんな事になれば、のんびり暮らすという、私の崇高な夢がぁぁぁ!)
決意の理由が“切実すぎる”元魔王ユティナ。
「私にだって、譲れないものがあるの!」
(お金がっ!)
「私はこの学園を卒業して、絶対に聖女になる!」
(楽してのんびり暮らすために!)
「だから、私はこの学園を去らないわ!」
(貧乏生活なんてまっぴらごめんよっ!)
その気迫に押され、マリアベルが一歩下がる。
「くっ……な、何なのよ貴方は……! いいわ! なら、試してあげるわ!」
「……え? た、試す?」
マリアベルの言葉に、ユティナは首をかしげる。
「ええ! 二週間後に実技授業で“魔法実習”があるのはご存知かしら?」
「……ええ、知らないわっ!」
「なんでそんなに自信満々なのよっ!?」
思わずマリアベルがツッコミを入れる。
「……まぁ、いいですわ。今回、その魔法実習は模擬戦を行うみたいですの」
「模擬戦…?」
「ええ。そして、その模擬戦で私に一つでも傷をつける事ができたなら、この学園にいることを認めてあげます。でも――できなかったら、この学園を去ると誓いなさい!」
「なっ……そんな無茶苦茶な!」
アルマが慌てて叫ぶが、ユティナはあっさりと答えた。
「いいわ!」
「えっ!? ユ、ユティ!?」
あまりの即答にアルマの方が動揺する。
マリアベルは口の端を上げ、勝ち誇るように笑った。
「ふふっ、言ったわね……。その言葉、違えないでくださいな?」
だがユティナも負けていない。
「もし私が貴方に傷をつける事ができたら――貴方、どうするの?」
「そうですわね……。もし貴方が私に傷を一つでもつける事が出来たなら――貴方に仕えて差し上げてもよくてよ?」
その一言に、マリアベルの取り巻きたちが一斉に息を呑んだ。
「マ、マリアベル様! さ、流石にそれは!?」
“仕える”――その言葉の重みを、場にいた誰もが理解していた。
貴族が君主に仕えるのは誉れ。
しかし、自分より身分の低い者……ましてや孤児に仕えるなど、貴族社会では最大級の屈辱に他ならない。
その場に緊張が走る中、ユティナがぽつりと呟く。
「うーん……それは、要らないかな」
「はぁぁぁぁぁあっ!?」
マリアベルの瞳がこれ以上ないほど見開かれる。
「あ、あ、貴方! 自分が何を言っているのか分かっていまして!? わ、私がどれほどのものを賭けようとしているのか理解して――!」
「え?……私がジャングルの王者になるって話でしょ?」
「誰がそんな話をしたのよぉぉぉぉ!? ていうか私はジャングルの王者じゃないわよっ!!」
「えっ!?」
ユティナの顔が、まるで「そんな馬鹿な!」とでも言いたげに固まる。
「その顔やめなさいっ!」
マリアベルの怒りゲージが限界突破しかける。
「お、落ち着いてください、マリアベル様!」
慌てて取り巻きたちが宥めに入る。
「そ、そうね……。私らしくありませんでしたわ」
ようやく呼吸を整え、マリアベルは咳払いをひとつ。
「では――貴方は、私に何を求めるのかしら?」
その問いに、ユティナは少し考え込んでから答えた。
「……お金かな?」
(な、なんか俗っぽいの来たーーー!?)
アルマと取り巻きたちは心の中で同時に叫ぶ。
「お、お金って……ち、ちなみにいくら欲しいのかしら?」
ユティナは首を傾げて指を折る。
「うーん……500万ルクス?」
まるで祖父母にお小遣いをねだる孫のような口ぶりだった。
「はぁぁぁぁぁあっ!?」
「……ダメ?」
上目遣いで尋ねるユティナ。
「ダメに決まってるでしょう!」
「えー、なんでよ! 貴族なんだからお金持ちでしょ? こっちは退学かかってるんだし、フェアでしょ? あ、それとも――私に負けるのが怖いんだ?」
「はぁ!? い、いいでしょう……。でも、いくら私でもそんな大金は払えませんわ!」
「じゃあ、いくらなら払えるの?」
「そ、それは……。……ちょっと来なさい」
マリアベルはユティナの腕を掴み、二人は教室の隅へ移動してひそひそと話し出す。
「……あの、毎月でいいですか?」
「毎月ー?」
「は、はい。毎月のお小遣いから……これだけ……」
「えー、たったそれだけ? 初等部の子でも、もっと貰ってそうなんだけど?」
「し、仕方ないじゃありませんの!? お父様がとても厳しい方で……。なら……これでどうですか?」
「おいおい、もうちょっと出せるだろ〜?」
「そ、それ以上は本当に勘弁してください……!」
心なしか、ユティナの口調がどこかヤンキーっぽくなっている。
(いやこれ……完全に“優等生をカツアゲしてる不良”の構図じゃない!?)
アルマと取り巻きたちは、心の中で一斉に叫ぶも、あまりの光景に言葉を失い、ただ呆然と二人のやり取りを見守るしかなかった。
しばらくして、二人は再び戻ってきた。
「コホン……では、それでいいですわね?」
「ええ、それで問題ないわ」
「ユ、ユティ……大丈夫なの……?」
アルマが引き攣った笑みを浮かべて尋ねる。
「うん、大丈夫だよ」
「マリアベル様!?」
心配そうな取り巻きたち。
「心配なさらなくてよ。どうせ、こんな落ちこぼれが私に傷の一つもつけれる訳ありませんもの」
「……言うじゃない!」
ユティナの眉がピクリと動いた。
「あの約束、違えないでよ!」
二人の間にバチバチと火花が散る。
空気がピリつき、誰もが息を呑む中――
「あなたたち! いい加減にしなさいっ」
担任の怒声が響いた。
「魔力量測定と言っても、これは立派な授業中なのですよ!」
「す、すみません……」
「申し訳ありません……」
二人して頭を下げる。だがその間にも、互いの視線は一歩も引かない。
マリアベルが去り際にユティナへと指を突きつけた。
「二週間後――覚悟なさい、ユティナ・ハーリット!」
ユティナも負けじと拳を握る。
「そっちこそ――アマゾネス!」
「……マリアベルですわ……」
小さく呟くその声は、もはや力なく震えていた。




