第34話 戦いの爪痕
ユティナは、血を流し座り込むアルマの姿を目にした瞬間、胸の奥が悲鳴を上げた。
震える指先。
焼けつくような胸の痛み。
そして――それを上書きするほど濃い、真っ黒な怒り。
(許さない……許さない……! アルマを傷つけたものを、私は……絶対に……!)
怒りは灼熱のように膨れあがり、思考を塗り潰していく。
そんな彼女の深淵へ、ふいに“声”が落ちてきた。
――我が主人よ。
耳ではなく、頭の内側に直接響く、あまりにも穏やかで、優しい声。
(だれ……?)
――我が愛しい主よ。私は……ユニコーン。
(ユニ……コーン……?)
――貴女は私の全て。貴女が望むものは、私が望むもの。
さぁ……私に名を。
名――名前が必要だと理解した瞬間、ふっと静密の森の泉にいた青い鬣を持った白い馬を思い出した。
夜空に溶ける、凛とした美しさ。静かに照らす白い光。
(……月。月のように美しいから……“ルナ”)
――ルナ。
これで契約は成った。
その瞬間、ユティナは下腹部の辺りに暖かいものを感じる。
(暖かい……)
――さぁ、主よ。私の力を……貴女が望むままに。
(私の……望み……? そうだ……あの魔物……アルマもマリーも傷つけた……許せない。でも……今の私に、そんな力……)
――大丈夫。私は主のもの。
さぁ、私の言葉を紡いで……
アズ・ル=メイア……
ユティナの唇が自然と動く。
「アズ・ル=メイア……ルオ・シェファ=イン・ハルマ……」
詠唱が完成した瞬間、視界はすべて闇に沈み――
ユティナの意識は静かに落ちていった。
静寂の中、ユティナの睫毛がかすかに震えた。
そして――闇の底から浮かび上がるように、瞼がゆっくりと開いてゆく。
「……わたし……何を……?」
ぼんやり呟いた彼女の視界に、真っ先に飛び込んできたのは心配そうに覗き込む少女の顔だった。
「ユティ! よかった……! 目、覚めたんだね!」
「アルマ…… わたし……どうして倒れて……?」
「ユティがあの熊の魔物を倒した後、急に崩れるみたいに倒れちゃったんだよ!」
「熊……? 魔物……? 倒した……?」
ユティナは霞のかかった記憶を必死に手繰る。
胸の奥がざわつき、嫌な予感だけが形にならずに残る。
「そ、そうだ……魔物っ!」
勢いよく上半身を起こす。
「それに、アルマっ! 怪我は!? ……あれ? してない……?」
「うん。ブレア先生が治してくれたの」
「ハーリットさん、体の調子はどうですか?」
優しい声に振り向くと、ブレア先生が心配そうに立っていた。
その後ろにはカトリット先生、アニヤ先生までいて、皆ほっとした表情を浮かべている。
「あ、ブレア先生……。えっと……多分、大丈夫です」
「そうですか。それなら本当に良かった」
ブレア先生はいつもの穏やかな微笑みを返す。
「本当に無事でよかったですよ」
「まったく……心臓に悪いんですから……」
カトリット先生もアニヤ先生も肩を落としつつ安堵した声を漏らした。
ユティナは周りを見回し、ふと思い至る。
「ねぇアルマ、魔物は? ……あ、そっか。先生たちが倒したんだね」
そう言って一人で納得しかけたその時――
「違いますわよ」
涼やかな声が割って入る。
「マリー……! 無事だったんだ……よかったぁ……」
ユティナの胸に一気に安堵が広がる。
マリアベルはわずかに呆れたようにため息をついたが、その表情はどこか柔らかかった。
「まったく……貴女という人は……」
その目には、紛れもない優しさが宿っていた。
「で、魔物は? ……違うってことは、アルマとマリーが倒したの?」
ユティナがそう言った瞬間、その場にいた全員が一様に困った表情を浮かべた。
まるで「言いづらいことを言う前」の、あの空気。
「え……なにその顔?」
ユティナはぽかんとしながら周囲を見回す。
説明を引き受けたのは、マリアベルだった。
「先ほどアルマさんが申し上げた通りですわ。あの魔物――インフェルノベアーを倒したのは……貴女ですわ」
その言葉に、ユティナは完全に鳩が豆鉄砲を食らった顔になる。
「……え? 私? は、はははっ、またまた〜。そんなわけないじゃん! あんな化け物、私が倒せるわけ――」
しかし、誰も笑わない。
沈黙。重い空気。冷たい視線。
「……え? ちょっと待って、なにこの空気?」
ユティナはますます混乱する。
アルマが眉をひそめて問いかけた。
「ユティ……ほんとに覚えてないの? 様子も、少しおかしかったし……」
「え、え? 何が……?」
そのとき、マリアベルが森の奥――ある一点を指し示した。
「これを見ても、思い出せませんの?」
ユティナは視線を向けた。
そこで広がっていたのは――
大地が深く抉れ、森が丸ごと消し飛んだ、巨大な破壊の痕跡。
まるで巨大な砲弾が一直線にぶち抜いたかのような、異様な光景だった。
「……なに、これ……?」
ユティナは心底わからないという顔で呟いた。
説明したのはカトリット先生だった。
「これは……ハーリットさん。あなたが放った魔法によるものです」
「…………」
(……え? なにこの空気? みんなちょっと呆れてない? いやいやいや、ほんとに覚えてないんですけどぉぉぉ!?)
ユティナが内心パニックになる中、カトリット先生は大きく息を吐く。
「……はぁ。まあ、いいでしょう。シェルフィードさん、ランカスターさん。お体の調子は?」
「ブレア先生に治していただいたので問題ありません」
「私も、特に大きな怪我はありませんわ」
二人の返事を聞くと、カトリット先生は力強く頷いた。
「分かりました。では、野外実習は、このまま続行します」
「ま、待ってください!」
アニヤ先生が驚愕の声を上げた。
「こんな状況で実習を続けるのですか!? 確かに傷は癒えましたが、彼女たちはまだ疲弊しています!」
当然の意見だ。
だが、カトリット先生はどこか引っかかったような表情を浮かべていた。
「その点は理解しています。しかし……この状況では……」
歯切れの悪い言い方。アニヤ先生は食い下がろうとする――が。
「……私も、カトリット先生に賛成です」
静かに言ったのはブレア先生だった。
「なっ……ブレア先生まで!?」
アニヤ先生は大きく目を見開く。
「確かめたいことがあるのです」
カトリット先生は、真剣そのものだった。
ブレア先生も静かに頷く。
二人の気迫に、アニヤ先生はついに観念し、息を吐いて折れた。
「……きちんと説明してくれるのですよね?」
「ええ。必ず」
こうして――不可解なまま、野外実習は続行となった。
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