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落ちこぼれ聖女候補に転生した魔王は静かな隠居暮らしを目指す~今度こそブラックな人生はごめんです!~  作者: あんずのかおり


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第32話 マリアベルの決意

静密の森。その最奥にひっそりとある泉は、まるで常世の鏡のように澄みきっていた。そして、その側には白く透き通った花弁を持つ 聖晶花せいしょうか が群生し、淡い光を放ちながら風に揺れている。


そんな幻想的な風景の中央で――一人の少女が静かに寝息を立てていた。


ユティナ・ハーリット。

その寝顔は穏やかで、まるで森そのものに抱きしめられているみたいだった。


「すぅ……すぅ……んっ……?」


やがて、ユティナはまばたきを数度繰り返しながら上体を起こす。


「んぁ? ……あれ? 私……どうしてここに……? ていうか、寝てた……?」


寝ぼけた声であたりを見回し、状況を整理しようと頭を傾げる。


「えっと……確か、私……っ! あ、そうだ、聖晶花! 実習で探してて……!」


そこでハッと息を飲む。しかし――


「……で、なんで私ここで寝てたんだっけ?」


眉をひそめながら記憶を辿るユティナ。


「確か……何かに会って……あ、白い馬! そう! 白い馬がいて、近寄ったら……なんか急に、眠く……?」


ぽつりぽつりと思い出していくが、肝心の白い馬の姿はどこにもない。


「……夢じゃないと思うんだけどなぁ……すっごく、現実っぽかったし……」


不思議そうに呟きながらも、小さく手を叩いて気持ちを切り替える。


「ま、今はそれより聖晶花!」


周囲に咲く花を見渡した瞬間、ユティナは一瞬凍りついた。


「ぜ、全部咲いてる……! 咲いてるのじゃダメなのに……。欲しいのは蕾なのにぃ……」


がっくり肩を落とす。が――その視界の端に、小さな影が引っかかった。


「……あれ?」


ユティナはしゃがみ込み、そっと花弁をかき分ける。


「……あった! 蕾の聖晶花! よかったぁ……!」


胸に手を当てて大きく息をつき、丁寧にポーチに収める。


「ふぅ……これで実習の目的は達成、かな。よし、戻ろ――」


その瞬間だった。


ドォォォン!!


泉の水面が震え、空気が揺れた。

森の奥から轟音とともに、巨大な火柱が立ち上る。


「っ!? な、なに、あれ……!」


ユティナは呆然と立ち尽くし、火柱の方向を凝視する。


静密の森で火――

それは、あり得ない。


「森の中で火柱……? どういうこと……?」


胸の奥がざわざわとかき乱される。


説明のつかない不安が背中を強く押してくる。


(……嫌な予感がする……っ)


気づけばユティナは走り出していた。


理屈じゃない。考えるより先に、身体が動いていた。


火柱の立つ方向へ――

森の闇へ向かって――

突き動かされるように。



火柱が立ち昇っていた場所は、まるで地獄の残り火のようだった。


焼け落ちた木々は黒い炭となり、辺り一面は焦げた匂いに満ちている。


だが、その中に不自然なほど透き通った氷の結晶の破片が散らばり、灼熱と極寒が同時に暴れた痕跡を物語っていた。


その場所に、栗色のボブヘアーの少女――アルマが力尽きたように倒れ込んでいた。


視界の先には、三メートルを優に超える熊型の魔物。


黒い毛は煤でさらに禍々しく、背に生えた結晶のような鰭が不気味な赤光を脈動させている。


魔物は低く唸り、アルマに影を落とした。

そして――咆哮とともに、鋭い爪が振り下ろされる。


(ああ…もう、ダメ…)


アルマは死を悟り、ぎゅっと瞼を閉じた。


その時――


悲鳴を上げたのは魔物の方だった。


「グガァァァァッ!?」


衝撃にアルマは思わず目を開く。


「え……?」


魔物の片目には、一本の矢が深々と突き刺さっていた。

想定外の攻撃に巨体がよろめき、後退る。


その隙に、風を裂くような足音が近づいてきた。


「アルマさん! 大丈夫ですか!?」


荒い息と共に飛び込んできたのは、金の巻き髪を揺らす――マリアベル。


「マ、マリアベル…さん…?」


自分の元に寄り添う姿は、恐怖に沈んでいた景色の中で、まるで灯火のように眩しく見えた。


「マリアベル…さん…が……どうして……ここに…?」


かすれた声で問うアルマに、マリアベルは息を荒くしながら答える。


「先程の爆発と火柱を見た瞬間、胸騒ぎがして……」


彼女はしゃがみ込み、半ば抱き起こすようにアルマの身体を支えた。


「大丈夫ですの? 立てますか?」


「う、うん……ありがとう……」


アルマはふらつく足でなんとか立ち上がる。

マリアベルはその身体を支えながら、苦悶する魔物を鋭く睨んだ。


「……あの魔物、一体何なのですの?」


「わ、分からないの……。本当に、急に現れたみたいで……」


「急に……? どういうことですの?」


「元々は……カルノーラさんが襲われてたの……」


その瞬間、マリアベルの顔色が変わった。


「カルノーラさんは!? どこに行ったのです!?」


焦ったように周囲を探すマリアベルに、アルマは慌てて声をかける。


「大丈夫……逃げてもらったの。私が引きつけているうちに……」


「……っ!」


マリアベルの喉がきゅっと詰まったように震えた。


「“引きつけた”? 逃がした? ――つまり貴女、自分を犠牲にして戦ったのですの!? 正気なのですかっ!?」


「……その時は、そうするしかなかったんだよ……。私の聖結界も……壊されちゃったから……」


「聖結界が……壊れた……? そんな……あの防御魔法を…… !?」


アルマは力なく頷いた。


「うん……だから、マリアベルさん……今のうちに逃げて。私、もう……足手まといにしか……」


「……あ、貴女は……――っ、くっ!」


マリアベルは苦しげに声を震わせながら、決然とアルマを地面に座らせた。


その目には怒りと、焦りと、そして――強い決意が宿っていた。


「魔物が……怯んでる……うちに……早く……」


アルマが息を切らしながら言うと、マリアベルは一度だけ強く唇を噛み、その場を離れるように見えた。


(逃げる……? よかった……マリアベルさんだけでも……)


アルマがそう思いかけた瞬間――


「お断りですわ!!」


鋭い声が、焼け焦げた森林に凛と響き渡った。


驚いて顔を上げると、マリアベルは逃げるどころか、アルマの前に堂々と立ちはだかっていた。


弓を構え、足を踏みしめ、その姿はまるで戦場に降り立った騎士のよう。


「私は――マリアベル・ランカスター! 帝国に名を轟かせるランカスター家の娘ですわ! クラスメイトを……仲間を見捨てて生き延びるような、そんな恥知らずに成り下がるつもりはございません!!」


握られた弓がギリ、と軋むほどに力が込められる。


その背に宿った気迫は、魔物でさえ一瞬たじろぐほどだった。


「マ、マリアベル……さん……」


震える声で呼ぶアルマ。


その瞳には、涙とは違う、熱いものが滲んでいた。


マリアベルは振り返らず、ただ真正面を見据えたまま言い放つ。


「貴女を置き去りにはしませんわ。たとえ、どれほど恐ろしい相手であろうと――ですわ!」


森に響き渡る、獣じみた低い唸り声。


熊型の魔物は、目に突き刺さった矢を両手で乱暴に引き抜き、血走った瞳でアルマたちを睨みつける。


「マリアベルさん…っ! あの魔物、皮膚が分厚くて…普通の攻撃じゃ通らないの…!」


震える声でアルマが告げると、マリアベルは弓を強く握りしめ、真剣な眼差しで前へと進み出る。


「承知しましたわ!」


直後、魔物は怒りの咆哮を森に響かせ、地面を揺らしながら突進してくる。


(最初から――あの魔物を私ひとりで倒すなど不可能ですわ。なら、優先すべきは討伐ではなく“生存”。どうすれば無事にこの場を離脱できるか――そこに全力を注ぐべきですわね。……ならば!)



マリアベルの瞳が鋭く光り、冷たい闘志が弓に宿る。


「エンチャント・マジック――!」


矢に冷気が集まり、白い霞が尾を引く。


(狙うのは急所じゃない…動きを奪うっ!)


氷牙アイシクル・ファングッ!!」


放たれた矢が魔物の右足へ飛び込むが、皮膚はやはり分厚い。

貫通はしなかった――だが。


矢を中心に、バキバキと音を立てながら氷が広がる。


「グガァッ!?」


魔物の動きが一瞬止まる。


マリアベルはその一瞬すら決して逃さなかった。


「アイスウォール!!」


魔物の脇腹めがけて――

地面を割って鋭い氷柱の壁が轟音とともに突き上がった。


横合いから叩き飛ばされたように、魔物の巨体が大きくよろめく。


「氷の息吹よ―― かの敵を包み永遠に閉じ込めよ!

《ブリザード・ブレス》!!」


白銀の冷気が奔流となり魔物を飲み込み、下半身を瞬く間に凍りつかせていく。


魔物が吠えるも、氷はその足をしっかり絡め取り、もはや逃れられない。


「我が氷の意志を纏うものよ―― 敵を穿つ刃と成りて敵を貫けっ!《アイシクル・ランサー》!!」


マリアベルの周囲に魔力の煌めきを孕んだ氷柱が次々と形成され、一斉に魔物へと撃ち放たれる。


だが魔物の筋肉は岩のように硬く、氷柱は表面で砕け散る。


「硬すぎますわね……なら――これでどうですのっ!!」


天を指し、魔力を叩きつけるように放つ。


「アイスロック!!」


マリアベルの叫びと同時に、魔物の頭上へ巨大な氷塊が生成され、魔物めがけて落下する。


落下したそれは鈍い音を響かせて魔物を押し潰し、次の瞬間――


バキィィィン!!


砕け散った氷塊の破片が嵐のように舞い、冷たい風が荒れ狂う。

辺りは一瞬で白い霧に飲まれ、視界すら奪われた。


「はぁ…はぁ…はぁ…っ」


マリアベルは膝をつきそうなほど肩を上下させ、かろうじて弓を支えて立っていた。


「い、今のうちですわ…!」

息を切らしながらも、マリアベルはすぐにアルマの元へ駆け寄る。


「アルマさん、すぐにここを離れますわよ!」


「う、うん…ありがとう…マリアベルさん…!」


マリアベルがアルマの腕を取って立たせようとした、その瞬間。


――揺らり。


白霧の中で、ひときわ強く赤く揺らめく光がアルマの目に映る。


「……ダメっ!!」


「え…っ?」


突然の悲鳴にマリアベルが目を見開く。

同時に――背後から、肌を焦がすほどの熱が押し寄せてきた。


本能が警鐘を鳴らす。


マリアベルは反射的に振り返った。


そして見た。


白い霧を裂き、巨大な火球が咆哮するように迫り来る光景を。


「あ……」


先ほどの火球とは比にならない――

まるで小さな太陽のような、灼熱と絶望の塊。


(防げない……!? あんなもの、聖結界でも――絶対にっ……!!)


理解した瞬間にはもう遅かった。


逃げる暇も、魔法を発動する隙も、構える余裕すらない。


2人はただ立ち尽くすしかなかった。


巨大な火球が、轟音と共に――

2人を飲み込もうとしていた。


読んで頂きありがとうございます(*´∀`)♪

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