第3話 思い出す少女
自分の成績にひとり嘆いていたユティナは、コンコン と部屋の扉が叩かれた瞬間、肩をびくりと震わせた。
「ひゃっ!? は、はいっ!」
条件反射で大声が出てしまい、言った本人が一番驚く。
(し、しまった! 反射で返事しちゃったよ!?)
胸を押さえつつ、そろ〜りと扉の方へ目を向ける。
(ど、どうしよう……。無視はできないよね……? ……うん、覚悟決めて開けるしかない……!)
緊張で体をカチコチにしたまま、ユティナはゆっくり扉を開いた。
すると、扉の向こうに立っていたのは――
肩でふわりと跳ねる栗色のボブヘアの美少女だった。
柔らかく波打つ髪は光を受けてきらめき、琥珀色の大きな瞳は小動物のように愛らしい。
その目元に浮かぶ人懐っこい笑みは、周囲の空気までぱっと明るくするようだった。
学園の制服――白と青を基調とした清楚な装い。
白いワンピースの上から羽織る青いブレザーは、左胸のポケットに誇らしげに校章の刺繍が光り、足元の黒のニーハイソックスが全体のシルエットをきりりと引き締めていた。
「あ、おはよユティ。良かった。起きてたんだね! 昨日の夜も遅くまで勉強をしてたの?」
にこやかに手を振る彼女。
(……誰? いや、見覚えある気が……誰!?)
固まるユティナを前に、少女は笑顔で続けた。
「ほらほら、朝食もうすぐ終わっちゃうよ? 昨日も寝坊してパンしか残ってなかったでしょ」
「え、えっと……」
(パンしか残ってない……? そんな貧しい生活、すでに始まってたの!?)
ユティナの脳裏に、「のんびり第二の人生」というスローガンが虚しく木霊する。
朝食を食べるため、ユティナはその少女と並んで寄宿寮の食堂に向かっていた。
歩きながら、ユティナは隣の少女をチラリと見る。
「今日から第二学期が始まるね、ユティ」
「あ、ああー、うん……」
ユティナの額に、かすかな記憶の光が差し込む。
(この子……誰だっけ? もうちょっとで思い出せそう……あっ! 思い出した!)
彼女の名前は――アルマ・シェルフィード。
初等部に編入してからずっと一緒にいてくれる、ユティナにとっての親友のような存在だ。
孤児で、しかも落ちこぼれの自分に、他の誰も近づこうとしない中で、アルマだけは違った。
気がつけば、いつもそばに居てくれる――そんな存在だった。
今のユティナにとってそれはとても新鮮だった。
そんな思いに浸るユティナをよそに、アルマは明るく話を続ける。
「第一学期は初等部の復習みたいな内容が多かったけど、第二学期からは科目も増えて、本格的に授業が始まるみたいだよ。聖草学とか聖魔法技能みたいな、聖女になるための学科も多く入ってくるんだって……どうしたの? 私のこと見て?」
アルマはちょっと首をかしげ、ふと気にするように笑う。
「も、もしかして顔に何かついてる!?」
「ち、ちがうよ! ただ、なんかこう……新鮮だなぁと……」
「ん? 新鮮? ああ、そりゃ学期が新しくなるんだもんね。それより、ユティ。大丈夫なの?」
「え、な、なにが?」
ユティナは恐る恐る聞き返す。
「今日の始業式の後、学期初めの魔力測定だよ?」
「え!?」
「忘れてたの?」
「い、いや!? そんなことないよ?」
「本当に〜?」
「う、うん……」
「それもそうか。ユティ、この夏休み、魔力量を増やすために色々頑張ってたもんね!」
「ああ……うん……」
ユティナは、夏休み中の自分を思い返す。
魔力量を増やすため、人一倍努力して――
(でも、あれじゃ魔力量上がらないのよねぇ……)
魔力――それは人や魔族が生まれ持つ特別な力。
しかし、魔族と違い持っている人間は少ない。
そのため、魔力を持つ人間は非常に希少だった。
だが、この魔力、持って生まれても量はわずかである。
成長に伴って徐々に増えていくものの、やがて増加は止まり、成人するとそれ以上は伸びなくなる。
増え方にも大きな個人差があり、急激に伸びる者もいれば、全く増えない者もいる。
そして、この世界では人間も魔族も成人年齢は十五歳。
つまり十五歳の時点で、個人の魔力量はほぼ決まってしまうのだ。
ユティナは――残念ながら、後者の「成長しても増えない」タイプだった。
しかも、彼女が魔力量を増やそうと取り組んだトレーニングは、ランニング、腕立て伏せ、腹筋……いや、筋トレかよっ!とツッコミたくなる内容だった。
どうやら、体を鍛えれば魔力が上がる等が、この世界で一部の常識として広まっていたらしい。
そもそも、人間の世界では魔力に関する知識は乏しく、魔族ほど体系的な研究は進んでいなかった。
そして今の時代、魔族そのものが姿を消したことで、魔力に関する知識や技術もほとんど失われてしまったのだろう。
その結果――筋トレこそ魔力増加の近道、という“根性論”が常識になってしまったのだろう。
遠い目をしているユティナに、アルマが心配そうに声をかける。
「ユティ、大丈夫?」
「あんまり大丈夫じゃないかも……」
「えええ!」
そんな取りとめのない会話をしながら、ユティナとアルマは寮がある別館から、食堂のある本館へと足を運んでいた。




