第28話 静密の森
野外実習がいよいよ始まり、生徒たちは名前を呼ばれるたびに一人ずつ、静密の森へと足を踏み入れていく。
森の奥へ向かう不安と期待が入り混じった空気が漂い、生徒たちの表情にも緊張が色濃く刻まれていた。
そんな彼らの背中を眺めながら、ユティナは唇をきゅっと結ぶ。
「森の奥かぁ……ちゃんと、花が見つかればいいんだけど」
「まあ? 珍しいこと。ひょっとして怯えているのかしら?」
ひょい、と柔らかく投げられた声。
ユティナが振り向くと、マリアベルが優雅な姿勢で立っていた。
「あ、マリー。まだ森に入ってなかったの?」
「ええ。まだ呼ばれていませんもの。アルマさんは先ほど入られたみたいですわね」
「うん、そうなんだよね……って、それよりマリーって弓使いだったんだ?」
ユティナはマリアベルの右手に握られた白い美しい弓と、背に背負われた矢筒に目を丸くする。
「ええ、幼い頃から習っていましたから」
「意外〜……てっきり……」
「何だと思っていたのかしら?」
「鉄扇だと思ってたんだけど」
「鉄扇で魔物とどう戦えと言うんですの!? というか、そもそも選択科目に鉄扇なんてありませんでしょう!」
マリアベルが盛大にツッコミを入れると、ユティナは肩を竦めて笑う。
「いや〜、なんかイメージ的に?」
「貴女は一体、私をどういう存在だと思ってっ……!……もういいですわ」
深いため息をつきながらも、どこか呆れ半分の笑みを浮かべるマリアベル。
そしてふと、ユティナの腰に下がった剣へ視線を移す。
「貴女は、やはり剣なのですね」
「え? うん。一番慣れてるし。選択科目も剣だし」
「確か、アルマさんも科目は剣術でしたわよね?」
「うん、アルマの選択科目も剣術だよ。ただ――」
ユティナは指で細い形を作ってみせる。
「アルマのは私の剣と違って、細身のレイピアだけどね」
「ええ、そうでしたね。彼女のレイピアさばきは……あのアニヤ先生が褒める程でしたわね」
感心したように頷きながら、視線がゆっくりとユティナへ向く。
「――で、貴女は?」
ユティナは胸を張り、なぜか得意げに言い放った。
「ふっ……Fランクだよっ!」
胸を張って宣言するユティナ。
……が、その態度だけはSランク級に誇らしげだった。
マリアベルは一瞬だけ瞬きをし、深く、深〜くため息をついた。
「どうしてそれを誇れるのか理解に苦しみますわ……。それに、言わせてもらいますけれど――」
すっと視線が鋭くなる。
「貴女、前に私と戦った時の剣術。あれ、どう見てもFランクではありませんでしたよ? 一体いつの間にあれ程にまで腕を上げたのですか? あれからずっと気になっていましたわ」
真剣な眼差しがユティナに向けられる。
まるで心の奥まで覗き込むような強い光。
「今まで、剣術も魔法も……ずっとFランクだった貴女が……どうして私と互角以上に戦えたのか。あれだけの動き、身のこなし――普通じゃ説明が付きませんわ」
「うっ……そ、それは……」
「それは?」
さらに一歩詰め寄ってくるマリアベル。
その迫力に、ユティナの背中に冷や汗がつーっと走った。
(や、やばっ……どう言おう!? “魔王時代の記憶と技術でチートまがいな事してます”なんて絶対言えないし! どうする!? 何か、何か……!)
そこで絞り出した苦し紛れの言葉。
「こ、コツだよっ!!」
「……コツ?」
「う、うん! あの、ほら! 魔法にも剣術にも“コツ”ってあるでしょ!? それがさ! 今になって突然わかったんだよ〜〜っ!!」
笑顔で押し切ろうとするユティナ。
だがマリアベルは細めた目でじーっと見つめ返す。
「……コツ、ねぇ……」
その声音には「あまり信じていませんわよ」という気配が全開だった。
「まぁ、それはそれでいいですわ」
マリアベルは一度だけ小さく息を吐くと、表情を切り替えた。
「では――魔力量はどうなのです?」
「……え?」
ユティナの目が丸くなる。
マリアベルは一歩踏み込み、まるで詰問するように言葉を重ねた。
「“コツ”を知ったとしても、魔力量そのものが上がるわけではありませんでしょう? 今までまったく上昇しなかった貴女が――たった二週間程度で魔力量を引き上げるなんて、普通ではありえませんわ」
「い、いや〜……それは……」
ユティナの視線がキョロキョロと泳ぐ。
その目の動きすらマリアベルは見逃さなかった。
「いいですか、ユティナさん」
マリアベルの声音がひどく冷静で、逆に威圧感があった。
「魔力量を上げる“確実な方法”は、今もって解明されていません。身体能力の鍛錬、魔法技術の向上、瞑想……いろいろ言われていますが、その中でも上がる人もいれば上がらない人もいる。絶対的な理論が存在しないのです」
そして、ぴたりとユティナの目を見つめる。
「もし本当に――“魔力量が上がるコツ”などというものが存在するなら、それは世界的な大発見ですわ。魔法学会がひっくり返りますわよ」
「ひっ……ひっくり返る……」
「ですのに、貴女はあっさりやってのけた。しかも短期間で。だから聞いていますの。貴女、本当は――知っているんじゃありませんの?」
マリアベルの瞳が鋭く光る。
逃げ道を塞ぐように、さらに問いを突き刺す。
「魔力量の上げ方の方法を……。では、どうして今までその“方法”を使ってこなかったのですか?」
「ぇ、えっとその……」
ユティナは完全に固まる。
顔はひきつり、額には冷や汗がつーっと流れる。
(や、やばいやばいやばいっ!! こ、ここまで核心に迫られるとは思ってなかった! どうしよう……どうしたら……!?)
ユティナの心臓がバクバクと脈を打つ。
笑うことも、誤魔化すこともできず、ただ視線が泳ぎ続けた。
マリアベルは一歩、さらに近づいた。
その距離――まるで尋問。
マリアベルはしばらくユティナをじっと見つめていたが――ふっと肩を落とし、小さくため息をついた。
「……はぁ。もういいですわ」
「え? ……いいの?」
「それ、“知ってますけど言えません”って反応ですわよ」
「う……あ、えっと……」
ユティナが完全に目をそらしたのを確認すると、マリアベルは静かに微笑んだ。
「どうやらその話は、貴女にとって相当に困ることのようですわね。なら、聞きませんわ」
「……本当に……聞かなくていいの?」
「当たり前でしょう。友達が困るようなことを、無理に聞き出す趣味はありませんわ」
その一言は、どこまでも自然で――どこまでも優しかった。
「友達……マ、マリー……!」
ユティナの胸の中で、何かがじんわりとあたたかく広がった。
「マリーありがとう!!」
そう叫ぶや否や、ユティナは勢いよくマリアベルへ抱きついた。
「ちょ、ちょっと!? や、やめなさい! 離れなさいったら!」
「えー、やーだー! マリー優しい〜!」
「貴女という人は本当に……っ!」
顔を真っ赤にしながら必死に引き剥がそうとするマリアベル。
しかしユティナは満面の笑みでぎゅーっと抱きしめ続ける。
「へへへ〜〜♪」
(マリーって、本当に優しいなぁ……いつかきっと、ちゃんと話せる日が来るといいな。アルマにも……そうだよね。アルマも、たぶん色々聞きたいことがあるのに……私が困ると思って何も聞いてこないし。本当に……私の友達は、みんな暖かいよ……)
ユティナは胸の奥に広がる温かさを噛みしめながら、
そっとマリアベルの背中に回した腕を少しだけ、きつく抱きしめた。
その時――澄んだ声が一帯に響いた。
「次、ユティナ・ハーリット!」
カトリット先生の呼ぶ声に、ユティナはビクッと肩を揺らした。
「あ、私だ……!」
さっきまでマリアベルに抱きついていた腕を慌てて離す。
勢いよく飛び退いたその姿に、マリアベルは思わず眉をひそめた。
「じゃ、マリー。行ってくるね!」
「ええ。くれぐれも気をつけなさいませ?」
「うん! マリーもね!」
ユティナは元気よく手を振り、そのまま駆け足で静密の森へ向かっていく。
木立の方へと吸い込まれるように、軽い足取りで前へ前へ。
その背中が見えなくなっていくのを、マリアベルは静かに見送った。
「……まったく。本当に騒がしい方ですわね」
言葉は呆れ気味なのに、その表情は、ふわりとほころんでいる。
さっきまでの疑念や追及の鋭さが嘘のような、どこまでも優しく、温かく見守る眼差し。
ユティナが消えた森の入口を、マリアベルはいつまでも穏やかに見つめていた。
静密の森の奥――
入口の静けさとはまるで別世界のように、鬱蒼とした植物が絡み合い、刺す光は細く縫うように降り注いでいた。
湿った空気が肌にまとわりつき、どこか遠くで小さな魔物の鳴き声が重なって響いている。
そんな深い森の中で、栗色のボブヘアーの少女・アルマが軽やかに剣を構え、魔物と対峙していた。
「やっ!」
放たれたレイピアの一閃は鋭く、迷いなく。
瞬きする間に、一本角のウサギ――ホーンラビットの急所を正確に貫いた。
魔物は淡い光を散らして霧のように消え、足元には小さな魔石だけがころりと残る。
「ふぅ……この辺り、ホーンラビットが多いね。巣でも近くにあるのかな……」
レイピアを軽く振って返り血を払うと、アルマはついでのように魔石へ手を伸ばした――
その時、視界の端に何かが入る。
「……あれ?」
しゃがみ込んだアルマは、その小さなそれに目を丸くした。
「これ……聖晶花……!」
触れれば壊れてしまいそうなほど繊細な白色の蕾。
今回の野外実習の目的である花――まさにそれだった。
「よかった……まだ蕾のままだ。採取条件もばっちり……!」
そっと両手で包み込むように摘み取り、丁寧にポーチ型バッグへ収める。
これで目的達成。あとは戻るだけ。
―― そう思った、その時だった。
ふと、親友の顔が脳裏をよぎる。
「ユティ……ちゃんと見つけられたかな」
浮かんだユティナの笑顔に、胸の奥がわずかにざわついた。
おっちょこちょいで、目を離すとすぐ無茶をして、放っておけない存在。
けれど最近は、常識外れな行動をすることも増えたが――
それでも、どこか一回り大きくなったような、頼もしさも感じる。
「早く戻ろ――」
アルマが森を後にしようと一歩踏み出した、その瞬間――
「……え? いまの音……?」
足がぴたりと止まった。
森の奥から、かすかに“何か”が聞こえた気がしたのだ。
風の揺らぎとも違う。
魔物の鳴き声ともつかない。
けれど確かに、人の声のような……助けを求めるような微かな響き。
「魔物……の声じゃない……よね?」
アルマは眉をひそめ、レイピアの柄をしっかり握り直した。
胸の奥で不安と警戒が混じり合う。
それでも――耳に残ったその声が気になって仕方がない。
「……確かめないと」
小さく息を呑むと、アルマはそっと足を進めた。
木々の影がさらに濃くなる、森の奥へ奥へ――
誰も好んで踏み込まない、“深層”へと消えていった。
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