第22話 帰りの馬車で
商会ギルドの正面――
入口前に横付けされた馬車の前で、アルマは足を止めた。
「本日は、本当にありがとうございました」
そう言って穏やかに微笑みながら礼を述べるアルマに続き、背後に控えていたリンも一歩下がって深々と頭を下げる。
「こちらこそ、当商会ギルドをご利用いただき、誠にありがとうございました」
ソールもまた、商人として、そして鑑定士として、失礼のない角度で静かに一礼した。
一拍の間を置き、アルマは声を落として切り出す。
「それと……ソールさん。今回の鑑定内容につきましては、他言無用にしていただけますでしょうか」
その言葉に、ソールは即座に頷いた。
「無論でございます。顧客の情報を外部へ漏らすことは、鑑定士として決してあってはなりません。とりわけ、希少性の高い鑑定品となれば、思わぬトラブルを招く恐れもございますので」
迷いのない返答に、アルマは胸の奥の緊張がほどけるのを感じ、小さく微笑む。
「そう言っていただけて、安心いたしました」
「ただし――」
ソールは一言添え、穏やかに続ける。
「当商会で鑑定を行った以上、内部記録としての保管はご容赦くださいませ」
「ええ、問題ありません」
「また、鑑定書が必要となりました折には、いつでもお申し付けください。シェルフィード様ご本人の確認が取れ次第、即時発行が可能でございます」
「分かりました。それでは……本日はこれにて失礼いたします」
リンが素早く扉を開けると、アルマは一切無駄のない優雅な所作で馬車へと乗り込む。
その振る舞いの一つひとつが、名門侯爵家の令嬢としての育ちの良さを雄弁に物語っていた。
「またのお越しを、心よりお待ち申し上げております」
ソールは再び深く頭を下げる。
馬車がゆっくりと動き出し、やがて通りの向こうへと姿を消すまで――
彼女はその場から動かず、最後まで礼を崩さなかった。
そして――
商会ギルドを後にした馬車の中。
「はぁ〜……なんか、余計に疲れた〜……」
先ほどまでの凛とした姿は影を潜め、アルマは力が抜けたように肩を落とし、座席に沈み込んでいた。
対面に座るリンもまた、表情には隠しきれない疲労の色を滲ませている。
「まさか……あのような鑑定結果になるとは、思いもよりませんでした……」
困惑と戸惑いが入り混じった声。
その様子に、アルマは項垂れたまま、じとりとした視線をリンへと向ける。
「……それもそうだけどさ。リン?」
その視線が何を意味するのか、リンは一瞬で悟った。
「……その、申し訳ありませんでした!」
座ったままではあったが、リンは深く頭を下げる。
「はぁ……。まさか、最初からプラチナランクの鑑定士に依頼してたなんて……。結果的に不在で、ゴールドランクのソールさんになったけど……それでも、やりすぎよ」
アルマは額に手を当て、ため息をつく。
「鑑定物と鑑定士が、まったく釣り合ってないじゃない」
「申し訳ありません……。お嬢様に相応しい対応を、と考えた結果でして……。ただ……結果的には、高ランクの鑑定士に頼んで正解だったようにも思えます」
「それは結果論。ほんとにもう……」
そう言いながらも、アルマは小さく息を吐く。
「まぁ、おかげで落としどころを探さなくて済んだのは事実だけど……でも、今の問題はそっちじゃないのよね……」
アルマは手元の袋を開き、中身を確認する。
中には、赤く澄んだハイポーションと紫色に淡く輝くハイエーテルが一本ずつ。
それらを見つめながら、アルマは静かに思考を巡らせる。
(一本五万……オークションに出せば二十万以上……)
自然と、ため息が零れる。
その吐息とともに、脳裏に浮かんだのはユティナの顔だった。
(今のユティ……何かにつけて「お金、お金」って言っているし……)
彼女の、切実でどこか必死な横顔が思い出される。
(この事実を知ったら……きっと……)
言葉にしなくても、その先は容易に想像がついた。
「……お嬢様。これから、どうなさるおつもりですか?」
リンの声音は静かだったが、その奥には隠しきれない危機感が滲んでいる。
彼女もまた、同じ結論に辿り着いていたのだ。
「恐らくですが……今のユティナ様のご様子ですと、
この価値をお知りになれば、売却なさる可能性が高いかと……」
「……だよねぇ……」
アルマは小さく呻くように呟き、右手で額を押さえた。
今のユティナが次に取る行動など、想像に難くない。
自ら作ったアイテムを売却し、現金に換える――それはごく自然な発想だ。
むしろ、あの様子を見ていれば、“売らない理由を探す方が難しい”と言ってもいい。
アルマは深く息を吐く。
問題は、売る事そのものではない。
――“どれだけ売れるのか”が問題なのだ。
本来であれば、アイテムの売却そのものに問題はない。
特にポーションやエーテルといった回復系の消耗品は常に一定の需要がある。
冒険者、騎士団、貴族の私兵団――いずれも安定した供給を求めており、市場では慢性的に不足しがちだ。
その意味では、流通量が増えること自体は歓迎されるべきことでもある。
だが――それでもなお、供給と需要の均衡は崩してはならない。
「ユティ……“簡単に作れる”って言っていたのよね……」
アルマの呟きは、重く沈んだ。
ユティナ本人はポーションとエーテルだと言ってた。
だが、実際に鑑定してみれば、それはハイポーションとハイエーテル。
希少品の為、入手は極めて困難。
通常であれば、霊薬士であっても量産など不可能な代物だ。
それを――
“簡単に作れる”と、ユティナは言った。
その何気ない一言が、何よりも重い。
もし、それが誇張でも冗談でもなく事実だとすれば。
市場の均衡は、いとも容易く崩れ去る。
アルマの指先が、わずかに強く袋を握り締めた。
「も、もしその言葉が事実であれば……」
リンもまた、その異常性を正確に理解していた。
わずかに、だが確実に、顔色が変わる。
「恐らく……私に渡した分以外にも、手元に相当数を保有していると思う……」
アルマの声は低く、重い。
ただでさえ、ハイポーションとハイエーテルは市場流通価格において常に“希少品”扱い。
それにもかかわらず、ユティナが作ったとされる今回の品は、従来のものとは色味が異なる――つまりは新種。
その希少性から、オークションで二十万を超えることも十分にあり得る代物だ。
そもそも、ポーションやエーテルといった回復系のアイテムは、霊薬士が素材を用い、長時間の調合工程を経てようやく完成させるもの。
製作できる者は限られ、流通量も決して多くはない。
だからこそ価値が保たれ、価格が維持されている。
通常のポーションですら決して安価ではない。
ましてやハイポーション、ハイエーテルともなれば、貴族や騎士団が備蓄する戦略物資の域に入る。
それを――
もし本当に“簡単に”量産できるのだとしたら。
アルマとリンの間に、重い沈黙が落ちた。
もし――
ユティナがハイポーションとハイエーテルを大量に売却したなら。
同等品が、ほぼ無制限に市場へ放出されたなら――。
価格は暴落する。
既存の霊薬士は職を失う。
商会は甚大な損失を被る。
最悪の場合、「出所不明の大量高品質霊薬」として国家が動く可能性すらある。
「……市場が荒れるわ」
アルマは低く、確信を込めて呟いた。
脳裏に浮かぶのは、ユティナがアイテムを返しに来た日のこと。
“特訓で使うから”と、分けた品を律儀に返却してきた。
――つまり。
彼女にとって、それは“作れば補充できる消耗品”という認識なのだ。
だが、自分が何を生み出しているのか理解していないまま量産できるという状況は、あまりにも危うい。
「だから、ちゃんと話さないといけないと」
アルマは静かに言い切る。
「ユティナ様に、どこまでお話しするおつもりですか……?」
リンの問いは慎重だった。
「そうね……ひとまず、全部」
「す、すべて……ですか!? それは……危険ではございませんか?」
アルマは一瞬目を伏せ、すぐに首を横に振る。
「下手に隠して、私たちの知らないところで問題が起きる方が怖いわ。最初からきちんと説明して、理解してもらうべきよ」
「……確かに」
リンもまた、ゆっくりと頷いた。
「それに、市場が荒れるだけじゃない。本当にユティが簡単にアイテムを作れる技術を持っているなら……それ自体が危険よ」
「……その技術を狙う者が現れる、ということですか」
「ええ。習得しようとする者もいれば、利用しようとする者も出てくるかもしれない」
あるいは――奪おうとする者も。
アルマは袋を閉じ、指先にきゅっと力を込めた。
「だからこそ、ここで止めなきゃ。きちんと話して、理解してもらうの」
それは友人としての心配。
同時に、社会の均衡を知る貴族としての責任でもあった。
「学園に戻ったら、すぐユティに会いに行くわ。リンも一緒に来て」
「かしこまりました」
最近、どこか暴走気味な親友の顔を思い浮かべる。
それでも、目を背けるつもりはない。
馬車の揺れの中、アルマは静かに前を見据えていた。
覚悟を宿した、その瞳で。
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