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落ちこぼれ聖女候補に転生した魔王は静かな隠居暮らしを目指す~今度こそブラックな人生はごめんです!~  作者: あんずのかおり


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第2話 元魔王、目覚める。そして、現実を知る

――パチリ、と目が覚めた。


視界に飛び込んできたのは、見知らぬ天井。


白くて清潔感のある木造の天井板。どこか穏やかな空気が漂っている。


「……え? どこ、ここ?」


ぼんやりと呟いた少女は、上体を起こす。


周囲を見渡すと、そこはこぢんまりとした可愛らしい部屋だった。


木製の家具に、整えられたベッド。


窓からは柔らかな朝日が差し込み、部屋全体を優しく包み込んでいる。


「えっと……私、確か……」


少女――いや、“彼女”は眉をひそめ、記憶を探る。


「そうよ……戦ってた。あの、勇者と――」


瞬間、脳裏に鮮烈な光景が蘇る。


炎と剣戟、怒号と悲鳴。自らの胸を貫いた、あの冷たい光の感触。


「――あ、あぁっ!」


思わず胸元を押さえ、震える声を漏らす。


けれど、そこには――傷一つ、ない。


「……う、うそ。確かに、剣で……」


呆然とする間もなく、彼女は別の異変に気づく。


「……っていうか、この体――私のじゃないっ!?」


慌ててベッドから飛び降り、部屋の片隅にある姿見の前に立つ。


「う、うそ……」


震える声で呟きながら、映り込んだ自分の姿を凝視する。そこにいたのは、見覚えのない少女。


銀色の長いストレートヘアが肩から滑り落ち、透き通るような青い瞳が光を受けて揺れていた。

長い睫毛に整った顔立ち——どう見ても、美少女そのものだった。


自分の顔を触れてみる。頬の感触も、髪の感触も本物。


「こ、これが……私? いえ、違う……誰、この子……? ――ううん、知ってる。この子のこと、私は知ってる……。これは、この子の記憶……なの?」


頭の奥に、誰かの人生が流れ込むような感覚が広がる。


目の前に広がるのは、自分のものではないはずの記憶。


名前は――ユティナ・ハーリット、十二歳。


幼い頃に流行り病で両親を亡くし、聖王国レディア西部の街ウェスタにある孤児院で育った少女。


だが、彼女に宿る魔力が発覚すると、聖法教会の手によって引き取られ、聖都ルミディアの郊外にある 聖女を志す者たちが集う〈レディア聖院女学園〉へと入学した。


今は学園寮で暮らしながら、聖女を目指して日々修練に励んでいた。


「これって……やっぱり、転生? 私が“魔王”だった時の記憶もあるし……。何かのきっかけで、前世の記憶が蘇ったってこと……なのかな。なんか変な感じ……今と昔の記憶がごちゃ混ぜになってる……」


そう、彼女の前世は――魔王。


魔族が安心して暮らせる世界を築くため、人間との共存を望み、歩み寄ろうとした。


だが、理想とは裏腹に、人と魔族の間には深い溝が生まれ、やがて避けられぬ戦争へと発展してしまった。


「私が……死んでから、魔族たちはどうなったの……?」


ユティナの記憶に残る魔族たちは、もはや昔話の中の存在として語られるだけだった。


どうやら――自分が命を落としてから、随分と長い時が流れてしまったらしい。


「でも……もう何百年も前のことみたいだし、今さら考えても仕方ないわよね」


小さく息をつき、彼女は自分の胸に手を当てる。


「それに、今の私は“魔王アリナ・ヴァーミリオン”じゃない。――“ユティナ・ハーリット”なの!」


その瞳に、決意の光が宿る。


「そうよ、これは神様がくれた第二の人生……! 私はこれからユティナとして生きていくんだから!」


グッと拳を握る。


「思い出すのよ、ユティナ! 魔王だったあの頃、どれほど過酷だったか――!」


記憶の奥底から、遠い過去の光景がゆっくりと浮かび上がる。


何代目かの魔王として君臨し、統治者として国を治め、魔族の繁栄のために身を削り続けた長い年月。


休む暇など、一度としてなかった。


――そして今。


「あんなブラックみたいな仕事、もう二度とごめんよ! 戦争も政治も経済も、もううんざり!」


叫ぶように言って、ユティナの顔がぱっと明るくなる。


「そうだ、決めた!」


胸の前で力強く拳を握りしめる。


「この第二の人生では――もう絶対、ブラックな仕事なんてしないんだからっ!」


勢いよくガッツポーズを取るユティナ。


その姿は、前世の魔王とは思えないほど明るく、清々しい笑顔だった。


こうして、かつての魔王は“聖女見習い”として、新たな人生を歩みはじめる。


彼女のモットーはただひとつ。


「今度こそ、静かにひっそりと、そして楽しくのんびり生きる!」


そう、目指すは平和で穏やかな隠居生活。

戦乱も政治も権力争いもない、心安らぐ日々。


元・魔王ユティナは、自分自身にそう高らかにスローガンを宣言するのだった。


……が。


「……で、まずは何から始めればいいのかしら?」


ベッドの端に腰かけ、頬を指先でつんつん。


小首をかしげたユティナの顔には、決意ではなく 完全なる“ノープラン” が滲んでいた。


「一応、聖女を目指してる身ではあるわけだし……とりあえず聖女になっておけば生活は安定する? ……うん、それもアリかも! それでお金を貯めて、静かな場所でのんびり暮らそう!」


――聖女。


聖女とは清廉で崇高な象徴。


特にこの世界では国家を支える重要な役割を担う存在のはずなのだが……。


ユティナにとって、それは“安定職”の響きにしか聞こえなかった。


「聖女って……儲かるのかしら?」


神聖さより先に生活費を心配する元魔王。


そんな現実的な思考をしていると、机の上に一枚の紙が目に入った。


「ん? これって――」


手に取って目を通した瞬間、ユティナの顔が引きつる。


「な、ななな……何これぇぇぇっ!?」


そこに書かれていたのは、彼女の成績表だった。



中等部一年 ユティナ・ハーリット

第一学期末成績評価


•魔力量:F

•基礎学力:F

•魔法技能:F

•聖魔法概論:F

•体術基礎:F

•選択科目(剣術):F


総合評価:F



紙を持つ手が小刻みに震える。


「……総合評価、魔力量F……。ていうか、全部Fじゃない!!」


じわりと冷や汗が伝い落ちた。


「そ、そうだった……私……落ちこぼれだったんだぁぁぁぁっ!!」


天を仰ぎ、魂が抜けるような声を上げるユティナ。


元魔王、まさかの学園最底辺スタート。


「ど、どうすんのコレ!? 聖女になるどころか、退学一直線じゃない! このままじゃ“転生して三日でホームレス”とかあり得るんだけど!?」


脳内で、絶望的な未来が再生される。

路地裏でパンの耳を拾いながら涙する自分。

そして、猫に食料を奪われる屈辱――。


「ダメダメダメ! 何とかしなきゃ! ……ていうか、元魔王なのに魔力量Fって何!? どういうこと!?」


ユティナは頭を抱えながら、必死に“少女”――ユティナ・ハーリットの記憶を掘り起こす。


浮かんでくるのは絶望的な学力、


魔力量が低すぎて魔法はほぼ使えず、


運動も壊滅的で、すべての評価が落ちこぼれで埋め尽くされている現実。


ただひとつ、彼女が胸を張って誇れるのは――


「頑張り屋」という、ある意味もっとも切ない長所だけ。


(あっ、これ……完全にダメなタイプのやつじゃん……!)


混乱と自虐の渦に飲まれていたその時――


コンコン。


それは、扉がノックされる音だった。

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