第16話 激闘の末に
ユティナの振り抜いた炎の剣閃が、紅い軌跡を描いてマリアベルを裂いた。
短い呻き声を漏らし、マリアベルの膝が石畳に落ちる。
支えを失った身体は、そのまま前のめりに崩れ倒れた。
辺りを包むのは静寂。
誰もが息を呑み、動けずにいた。
やがて、カトリット先生が石畳の上に上がり、二人の様子を確認すると、厳かに手を上げて告げた。
「――この模擬戦、ユティナ・ハーリットの勝利とします!」
カトリット先生の宣言が響いた瞬間、広場のあちこちからざわめきが起きた。
信じられない、という声と、静かな感嘆の息が入り混じる。
誰もが“Fランクの少女がAランクのマリアベルに勝つ”という結果を受け止めきれずにいた。
ユティナは力が抜けたようにその場に大の字で倒れ込み、息を吐いた。
「……勝ったぁ〜……!」
疲労と安堵が混ざった声。
頬に浮かんだ笑みは、どんな勝利の勲章よりも眩しかった。
すぐさまアルマが駆け寄る。
「ユティ! 大丈夫!?」
「う、うん……何とか。でももう、魔力すっからかん〜。動けな〜い……」
へろへろの声で笑うユティナに、アルマは目を潤ませながらも破顔した。
「でも本当に凄いよ! マリアベルさんに勝っちゃうなんて!」
「へへ〜♪」
にへらと笑うユティナ。
その顔には疲労と誇りが混ざっていた。
「本当に、よく頑張りましたね」
カトリット先生が歩み寄り、穏やかに言葉をかけた。
「最後まで諦めず、見事な判断でした。貴女のような努力家を、教師として誇りに思います」
「……あ、ありがとうございます……」
ユティナは地面に寝転んだまま、か細く返した。
カトリット先生は優しく頷くと、倒れたマリアベルの方へ視線を移した。
「マリアベル様!」
取り巻きの女生徒たちが泣きそうな顔で駆け寄る。
「彼女を保健室へ。ブレア先生、お願いします」
「はい、分かりました」
ブレア先生がマリアベルのそばに跪き、魔法で応急処置を施す。
「皆さんはこの場で待機。アルマさん、ユティナさんの付き添いをお願いします」
「はい、もちろんです!」
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――静まり返った訓練場。
周囲のざわめきが残る中、その一部始終を遠く離れた木陰から見つめる二つの影があった。
黒髪の少年――レイモンド。そして、肩に止まる白い小さな犬の姿を持つ聖霊獣ジーク。
「……見たか、ジーク?」
レイモンドの声には、抑えきれない驚きが滲んでいた。
「ああ、大したものだな。あの娘――ユティナ・ハーリット、本当に総合評価Fランクなのかい?」
ジークが琥珀色の瞳を細めて言う。
「学園長から聞いた話では、間違いないらしい」
レイモンドは息を吐き、視線の先にいる少女を見つめた。
――満身創痍で石畳に倒れ込み、それでも笑みを浮かべるユティナ。
その肩を抱き起こすのは、友人のアルマだった。
「確かに魔力量は、あの金髪の娘には遠く及ばないな」
ジークの小さな翼が揺れる。
「だが、あの圧倒的な不利を覆した。しかも――あの炎の剣を操る姿……まるで舞うようだった」
レイモンドは一瞬、言葉を失った。
瞳に浮かぶのは驚きではなく、何か別の感情。
ジークがニヤリと笑う。
「……惚れたのか?」
「なっ……ち、違っ……!」
レイモンドの顔がみるみる赤く染まる。
「ふふ、素直でいいじゃないか」
「からかうな、ジーク」
少年は小さく唸るが、その表情はどこか照れくさそうだった。
ジークは肩の上でくるりと回りながら、静かに続ける。
「だが、私も好きだ。彼女の魔力――あれは不思議と温かくて、見ていると安心する」
二人はしばらく黙って、その光景を見つめていた。
風が、戦いの残り香を運んでくる。
やがてレイモンドが小さく息を吐く。
「……行こう」
「いいのか? 今日は彼女に会いに来たんだろう?」
「今はやめておくさ。あの戦いのあとじゃ、きっと疲れてる。今は……ゆっくり休ませてあげたい」
レイモンドは背を向ける。
その横顔は、どこか決意を帯びていた。
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