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『武器庫』

「というか、今更過ぎるけど君軍人だったんだね」

「……、まあな」

 右腕に輝く銀のタカを模した腕章をさしながら、ステラが呟いた。

 先までは襤褸で身を包んでいたため、気づかなかったのだろう。

「じゃあ、私の上司になるんだね」

「……」

 目を眇めてしまう。

 リドラに渡された書類はいくつか目を通してある。

 兵器の管理、そう彼は言っていたが〝何の兵器〟かまでは言及していなかった。

「お前も〝妖精兵器〟なんだな」

「……うん」

「だったらお前は()()()()()()()だ」

「え?」

「本日付で、妖精区武器庫の管理を任されたリーベス少佐だ」

「うそおおお⁉」

 まさかの事実に仰天するステラ。

「確かに、前の管理人さんは移転になっていたけど、そんなことってある⁉」

「それは此方の台詞だがな……」

 まさかこれから管理する少女が空から降ってくるとは思わなかった。

 〝妖精兵器〟は軍人ならば皆が知っている。

 区別としては本当に兵器なのだ。彼女たちの基本的人権は剝奪されており、たまに外に出ることを許されるぐらい。

 それ以外は妖精区に隔離されている。

「胸糞悪い」

「でも、それが私たちの役割だから」

「……」

 莫迦みたいに晴れやかな笑みを浮かべる。

 自身の置かれている立場を理解していて、それでも笑っている。

 ――無性に腹が立った。

「誰かに死ぬのを強制されて、お前は()()して死ねるのか?」

「納得かぁ……可笑しなこと聞くんだね。君達軍人だって、死ぬのを強制されることもあるでしょ? 私達のもそれの延長でしかないと思うけど」

「納得できない奴は死を選ばない。必死で生きる努力をする」

「それでも死んじゃう時は死んじゃうよ?」

「過程が違う。全部やり尽くしてダメだったなら、それは納得に変わる」

「結果は一緒」

「想いが異なる」

 何をこんなにムキになっているのか。

 少女の境遇が許せないのだろうか? 是から管理する自分がどの口で。

 では少女の諦観が許せないのか? 死ねと命じる側の人間がどの口で。

「――君は優しいんだね」

「――――――――――――――ッッッッ」

 ゴンと、頭を殴られた気がした。

 頭を押さえる。

 何かのビジョンが、脳みそを揺らす。

 何処かの草原、何処かの男女。愛し合っている。

 何かと戦いそして――死んだ。

「君どうしたの⁉」

 ステラの声で我に返る。

 息を切らしながら、大丈夫だと口にする。

「本当に大丈夫? 顔真っ青だよ」

「これぐらいなんてことは無い、ただの貧血だ」

「寝不足みたいだもんね」

 彼の隈を見て苦笑する。

「まあな、昨日から寝てない」

 寝てないのもあるが、胴の疵が深刻だ。

 痛み止めがあまり効いて無い。

 解熱剤もそこそこだ。

 流石に無理がたたり、意識もうろうとしている。

「……気分は其処迄悪くないがな」

「そうなの……? とても辛そうだけど」

「辛いには辛いが、如何せん気持ちが高揚している。お前のおかげだな」

「そっか、喜んでくれたならよかったよ」

 空を飛ぶというのがあそこまで、気分のいいものだとは思わなかった。

 竜が我が物顔で空に坐すのも無理からぬことであろう。

「――夜明けか」

「結構話しこんじゃったね」

 夜の帳を打ち破る黎明。

 一筋の光が道となっている。

 目を細める。

「綺麗だな」

「うん」

 それが譬え贋物だろうと、美しいと感じた。

 こんなことは初めてだった。何時もみているあの太陽が、無性に美しいと思ったのだ。

 それは隣の少女のおかげなのだろうか、リーベスは不意にステラを見る。風に靡く藍色の髪を押さえていた。

 ――綺麗だな。

 同じ言葉を彼女に送り、驚いた表情するステラの顔を見て、ぷつりと意識が消失する。

「君――⁉」

 バランスを崩して、外壁から落ちていく。

 ステラが、すぐさま羽を展開してリーベスを抱える。

 着地して、リーベスを検診する。

「酷い傷……! こんな傷で出歩いていたの⁉」

 雑に縫合された腹部と胸部の疵が出血していた。

 上着を脱いで、強く縛り付けて止血を試みるが、焼け石に水であった。

「ルーエに速く見せないとほんとに死んじゃう!」

 あの心優しい、武器庫に駐在する軍医の顔を思い浮かべる。

 彼女ならば、この疵でも見事癒してくれるだろう。

「急がないと‼」

 彼を抱えて再度飛翔。

 ステラは凄まじい速度で妖精区に向かうのだった。


 ――夢を見た。

 どこぞの草原で、二人の男女が語らう夢だ。

「ねぇヴィル、如何して悲しそうな顔をするの?」

「オフィーリア。私は別に悲しそうな顔はしていない。唯悔しいだけだ。どれだけ進んでも果てが見えないこの世界が」

「――果てならあるよ、私達がそう。今あなたといるこの場所が、暫定的な果てなんだから」

「それでは意味がない、私達の先に、私達の子らがいかなければ何の意味もない」

「焦りは禁物よ? 少しづつ進めていけばいい、私達のバトンが次へと紡がれるように」

「……それでは遅い、イマ――皆が笑えなくては……」

「――理想は繋がれる。私達の轍をなぞって子らが進んでいく、それはとても素敵な事だわ」

 女性――オフィーリアが微笑む。

 ヴィルと呼ばれた男は、厳めしい顔を少し和らげる。

「全部私達のだけでできるなんて傲慢よ。私たちは神じゃない。私たちは天使じゃない。だから繋いでいくしかないの。紡いだ想いがいつか希望となるように、進んでいくの」

「苦しみを発露し続けるこの世界で、それが希望になるのか?」

「希望にするんだよ」

 しっかりしろと、ヴィルの背を叩いた。

 彼は驚いた風に目を張った。

 オフィーリアはいい? と人差し指を立てる。

「〝個人〟で救える〝世界〟なんてないの。いつだって苦難の救済は集団によって行われた。小さな想いの灯たちが、集って大火となり果ては聖火へと昇華する。それが正しい在り方で、何よりも美しい在り方よ」

「焦ってはいけないというコトだろうか?」

「そういうこと」

 オフィーリアがにっと、笑って見せる。釣られてヴィルも笑みを作っていた。

 風が、二人の匂いを攫い――草原を走っていく。

 まるで夢を観測(みる)モノへ届けるように……。


 リーベスが目を覚ますと知らない天上があった。

 今時木造建築とは、何とも古風なことだと思った。

 此処が何処か確かめるために、起き上がろうとして――。

「痛っ」

 走る激痛で、そのままベッドに沈む。

「――動かない方がいいわ、峠は過ぎたけど死にかけたんだから」

「げ」

 聞き知った声を聴き、思わず苦り切った声を吐き出してしまう。

 リーベスの呻きを聞いた白い看護服の女性は心外そうに、唇をまげて腰まで伸びる橙色の髪を撫でた。

「ルーエ……」

 ルーエ。かつてリーベスと同じ東部戦線に駐在していた凄腕の軍医。何やらトラブルがあって、東部戦線を離脱した聞いたが、こんなところで合うとは。

「酷いわ。私が居なかったら、死んでたのよ? 本当に冗談抜きに」

「礼は言わないぞ?」

「言いなさいよ。なんで言わないのこの死にたがりは」

 肩を落としてげんなりする。

 昔からこの男は変わらない。自ら死地に向かって、死にかけて助かってもまた死にかけてを繰り返すのだ。

 最低最悪の男だ。

「それで、ここは?」

「うわ、本当に礼も言わずに聞きたいこと聞いてきた」

 流石に引き気味の言葉が転び出る。

「いいから早く話せよ。亜人区にしちゃ、大分設備が整ってる、中央区にしちゃ古めかしい、妖精区か?」

「私が話さなくても、答えにたどり着いてるじゃない。あなたの想像の通りここは――武器庫よ」

「……ここが」

 正直かなり驚いた。〝妖精兵器〟の武器庫に医務室があるのも、その設備がかなり高等であるのも、予想外のコトであった。

 彼女たちはもっと虐げられているのものと、そう思っていたのだ。

「大変だったのよ? ステラ……藍色の髪の女の子が凄い形相で治して! って騒いで入ってくんだもの」

「名前なら聞いた。……そうか、彼女に、救われたのか礼を言っておいてくれ」

「あなたが言いなさいよ、そして私にも言いなさいよ」

 怒りよりも呆れがかっているのか、微妙な表情をするルーエ。

「あなたもこれからここで暮らすんだから、お礼の機会なんて幾らでもあるでしょう?」

 当然だが、リーベスが武器庫の管理人となったことはルーエに伝わってる。

 報連相は大切だ。

「――まあ」

 バツが悪いのか目を逸らす。

「生きぎたない癖に、死にたがり。本当にわからないわね」

「新鮮だろ?」

「死ねって思ってる」

「はは、同感だ」

 鏡を前にしていつも思って口にしている言葉だ。

 リーベスの表情から察したのか、ルーエは溜息を吐いた。

「リーベス誰かのために生きなさい。そうすれば、死のうだなんて思わない」

「俺に誰かを愛せと? それができる人間に見えるのか?」

「出来ないでしょうから、私が無理やりにさせてあげる」

「……おい」

 ルーエが徐に白い看護服をはだけさせ始める。

 彼女の豊満な胸を隠す、黒い下着が露となった。

「……大丈夫、そのままにしてて、天上のシミを数えているうちに終わるわ」

「ふざけんな! このビッチ‼」

「こら安静にしてないと、死んじゃうわよ? 医者の言葉を聞きなさい」

「どの口で――! おい! 服を脱がすな! いやーーーっ犯されるううううう⁉」

 服を脱がして、身体を人差し指でなぞる。

 ルーエの食指が、ズボンに伸びた時、リーベスは遮二無二暴れた。

 だが身体の痛みでうまく抵抗できなくて……。

 パンツをずり下ろされそうになった時、救世主は現れた。

「――あ」

「あら」

「助けてっ! ステラ助けてえええええええ⁉」

 扉を開けて現れるステラ。状況を吞み込めず、固まっていた。

 お願いだ、固まらないでくれ。助けてお願い。お金あげるから。

「何をしてるの――――ッッッッ⁉」

 ステラの絶叫が響き渡るのであった。

 


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