『回る、廻る。貴方を残して世界は周る』
――君を失ったボクの喪失を、死人は想像してくれるかな?
誰でもいいから彼の心を繋ぎ止めて欲しかった。
君が死んでからの彼は、余りに惨かったから。
ボク自身が、彼の心の軛と成れないのが何より口惜しい。
かつての彼を、繋ぎ止めて欲しかった。
だけど時は残酷で、運命は悪戯で、ヒトの意志は思った以上に脆弱だ。
彼は変わってしまった。
許せない。それだけは許せなかった。
ボクは彼の停滞を望んだ。
間違っても変節も、変容も望んではいない。
ボクの失意をきっと君は鼻で笑うだろう。
――フラン。
――人は変わるものでしょう?
――どれだけ〝好き〟でも、その〝好き〟は何時か過去になるんだよ?
――だったら、〝好き〟を更新していかないと。
きっとそんな尤もらしい正論をボクにぶつけるだろう。
他の誰かに言われたならば不愉快極まりないその言葉に、ボクはきっと同意して……ボクも変わって行くのだろう。彼が変えてくれたように、彼女が変えてくれたように。
でもその二人は最早いない。
求めたモノは……。
――もうどこにもない。
『求めるモノは何だ?』
「だれだ!」
いきなり響いた声にボクは、動揺の声を出した。
『求めるモノは何だ?』
「……」
執拗に訊いてくる。
その言葉にはなぞの力があった。
ボクは一瞬ためらって、それから言葉にした。
「ボクが欲しいのは過去だ、それがだめなら永遠が欲しい」
『なぜ永遠を求める?』
「大好きな人と永劫の一瞬が欲しい。大切な一ページを永遠に……」
『面白し』
言葉にして形にしたら、不思議とすとんと胸の淵に収まった。
大好きな人と最高の一瞬を永遠にしたい。
『為れば、何を差し出す?』
「……」
『その願いを叶えてやると言ったら、貴様は何を差し出す?』
「この瞳を……」
ボクはそういって、自身の瞳を刳り貫いた。
そして虚空に差し出した。
「契約を、ボクをボクが望む最高に……、そして最高の瞬間を提供してくれ」
『契約の締結を承認……貴様を我が契約者と認めよう。そして契約の履行を開始する』
光がボクの身体を包み込んだ。
自身の身体が変容していくのが分かる。
かつてちぐはぐだった心と体と魂が、一体になっていく。
かつて望んだものがある。
もはや手に入らないと諦めたモノが今手の中に在る。
胸のふくらみを掌に収めた。
甘美な快楽がボクの中を走る。
股をまさぐった。あったものがなくなっている。
「【変色の獣】……君に最高を見せてやる」
『楽しみにしている』
【災害級】は進化を試みている。その果てに人間と形態と系譜に興味を持った。
その対象が偶然ボクだった。
運命はなんて徒なんだろう。
もしも機会が与えられなければ、これまで通りにボクは諦めたろうに。
奇しくも運命はボクの行く末に、道を与えてくれた。
仇花のまま終わるはずだったボクに、実を結んでくれた。
「……愛してるよ、リーベス」
だからもう思い残すことは無い。
この想いを告げて、君と共に――。
――死の淵へ。
☆
十を超える触手が、リーベスを襲う。
それを躱しながら、再度接近を試みる。
「フラン――!」
「嗚呼、素敵だ。とても、とても……」
触手を躱し空中へ、天井から触手が落ちてくる。
それも読んでいる。
「‼」
ワイヤーを軸に回転。背後を襲う触手を切伏せる。
「がは……っ⁉」
その一瞬の隙を狙った触手が、リーベスの腹部を貫いた。
驚愕と当惑を露にする。
今のタイミング、速度、リーベスの行動を読んでいなければ、不可能だ。
「ずっとずっと見てきたんだよ? わかるさ、解るに決まってる」
「お前……」
「ダメだよリーベス。変わるなんて駄目だ。君は変わらないし、ボクも変わらない。それでいいだろう? 一緒に眠ろうよ」
「……、」
幸い、触手は内臓を避けている。
ダメージは深刻ではない。
「……‼」
拘束から逃れるために、彼は全身を捩じった。
突き刺さった触手が、身体の外側へ流れて行く。
肉を抉りながら。
「……綺麗」
その様を見て、フランは茫然と呟いた。
恍惚とした顔を晒す。
嗚呼、駄目だ総てが愛しい。
「フラン……ッ‼」
「うん此処に居るよ⁉」
彼が飛び出してくる。
それを予期していたフランは既に、リーベスの落下位置と進行方向に、触手を放っている。
リーベスは触手に貫かれてしまう。
辛くも急所を避けているが、ダメージは大きい。
「ぐは……っ」
「死を感じるかい?」
「……」
「身近に感じるだろう? どうしようもな程鮮明に、明確に、曖昧に……死の輪郭を捉えているだろう?」
「俺は、そんなモノにもう、興味はない」
「ウソだ」
断言する。彼は未だ、死に囚われている。
「だって君今――嗤っているよ?」
「……⁉」
「甘美だろ? 死を前にして君の脳が快楽を生成しているんだ。酔いしれていい、溺れたっていい。今を踊ろうよ!」
「俺は……!」
彼は絶叫を上げ乍ら、立ち上がろうとした。
しかし、すとんと左の重心が不自然に落ちた。
「……⁉」
啞然と彼は自身の半身を見た。
「無理だよ。君はよくやった」
「くそ……」
「勿論知っているとも、ずっと見ていたんだ」
両手を広げた。
「〝灼骨〟の影響だろ? 君の半身の圧覚神経は大きく損傷している。もう上手く動かせないんだろう? よくやったよ」
「……」
「好いじゃないかもう。必死にやって、頑張って、痛いのも我慢して、辛いのも我慢して。もう十分に頑張っただろ? これ以上苦しむ必要なんてない。優しい闇に沈もうよ」
「俺は……」
彼は惑うように、自身の右手を見た。
確かに、心の淵からふつふつと暗い愉悦が起き上がっている。
死にたい、死にたい、死にたい。
でも――。
「――ステラ」
「は……?」
「ステラに……逢いたい……」
真底彼女に会いたい。
それが心の奥底から転び出た本音。
どの言葉を聞いたフランは信じられないと、わなわなと震えていた。
「ありえない……どうしてここで他の女の名前が出るの……?」
「……」
「フレデリカでしょ⁉ どうして他の女なの‼」
「……分からない。でも思ったんだ、彼女に逢いたい……」
「ウソだ。噓、嘘! 嘘つき‼ そんなの赦せない! あの人だけを見て! ボクを見ないなら、フレデリカだけを見てよ‼」
そんなの解釈不一致だ。
リーベスはそんなことを言うはずがない。
是は何かの間違いだ。
「え……」
リーベスは立ち上がった。
「有り得ない。半身の圧覚神経が死んでいるんだよ⁉ 立てるはずがない!」
「知らなかったか……? 俺は〝剣〟の拡張補佐で、日常生活をしている」
普段彼が〝剣〟を肌身離さず携帯しているのは、〝剣〟が無くては私生活がままならいない程身体が痛んでいるからだ。譬えば視界。彼の両の眼は赤色しか映さない。かつて戦った純種〈モンスター〉にやられた傷が原因だ。
その視界を補うために〝剣〟の拡張した全体視界を活用している。
――ミーチェの力はあくまで彼を支えるためにある。
故に、今回も彼女の力に甘えた。
流石に突貫過ぎて、違和感が凄まじいが。
まだ戦える。
「見ていた割には何も知らないんだな」
「……っ⁉」
「解釈不一致だな」
「リーベス‼」
リーベスはミーチェを構えた。
「さあ――決死の時だ」




