『英雄になる準備』
――驚くほど、味がしなかった。
口内の神経系が消え失せたように何も感じない。
咀嚼している気がしない。
喉を通る卵だったモノは、ひどく不快に感じた。
「な⁉ 旨いだろ!」
リーベスが、そう言ってくる。
「……うん、美味しい」
「だよな!」
少年のような笑顔を見せる彼に、少女は合わせた。
ここで自身の不調を訴えるのは憚られた。
だって、原因は分かっている。
この症状が根治不可能なのも分かっている。
「美味しいね」
「ああ」
命を使い過ぎたのだ。一度臨界点を迎え、崩壊寸前まで力を使った。何の代償も無い方が可笑しい。
無償の奇跡なぞ有りはしないのだ。
超常的な力を使うのならば、矢張それは有償で――。
正当な権利の元、ステラの味覚を奪い去った。
「私たち、勝てるかな?」
「勝つんだよ」
「……そうだね」
臆病風に一瞬吹かれた。
心の弱音を口にしてしまった。
しかし彼が、弱さの風から守ってくれた。
「ふふ」
「どうしたんだ?」
「何でもないよ」
「そうか?」
「そうだよ。そうに決まってる」
不安な心はすぐに消えた。
味覚を奪われ、きっと他の所も機能不全を起こしているだろうに、少女は……はにかんだ。
「勝つよ。君と一緒に」
その言葉の頼もしさは、比類なく。
彼に勝利の予感を齎した。
翌日、残存メンバーをレインが集めた。
負傷者を除いた残存戦力は大凡三百。
七割減といった所だろうか。
「まず君たちに、言っておかなければいかない事がある!」
良く通る、レインの声が響いた。
「悲しいことだけど、進んで言いたくはないことだけれど、言わないと話が進まないから、言わせてもらう!」
相変わらずの勿体ぶった言い方に、苦笑する将兵たち。
「私達の中に、裏切者――つまり、〈モンスター〉に利敵している者がいる‼」
『はあああああああああああああ――⁉』
驚愕の大音声が響いた。
将兵から上がった声だった。
「君達が信じられないのも、また納得できないコトも分かってる!」
なにせ、この局面で懐疑心を招くような発言だ。
しかも裏切者は【災害級】とはいえ〈モンスター〉に与しているときている。
彼らの疑念と驚愕は計り知れない。
「君達の眼には、今の私の宣告が浅慮に映るだろう。実際に最善手とは言い難い。むしろ悪手の部類なのも理解している」
レインはしかしと続けた。
「それをおしてでも、君たちに伝えたのは私達の戦力があまりに脆弱だからだ。〈モンスター〉との戦闘時に、犯意をもつ何者かが背を撃った時、君たちの混乱を最低限に抑えてもらうために、この宣言は必要だったと考えている」
「質問があります!」
一人の士官が挙手した。
「何かな?」
「裏切者が居るという根拠。また、居たとして何名ほどが〈モンスター〉に懐柔されているのか、予測されていますでしょうか?」
「もっともな質問だ……まず、裏切者の根拠だが、破壊工作とも思える施設の欠損故だ」
「施設の欠損ですか?」
レインは首肯した。
「まず通信機器の全滅。これで私たちは中央区と連絡を途絶した。次に移動手段。飛空艇から、四駆に至るまで全滅。一つの生き残りも無しにだ。随分と都合よく壊れたものだね」
「しかし、【災害級】は超越の頭脳を持つと言われています、【災害級】の意図によってそうなった可能性は?」
「有るだろうね」
「……⁉」
あっさりと認めるレイン。
士官は驚きの表情を見せた。
「何せ私たちは、裏切者が居ると言いつつも断定はできていない。仮にいたとして、何名かも分かっていない。【災害級】は超越の怪物だ。成程、秘匿している移動手段を特定して破壊することも可能やもしれない。それが堅固な結界に護られたものであったとしても、可能なのかも」
如何に【災害級】が超常的存在でも、結界によって秘匿されたものの位置までわかるとは思えない。しかし、相手は情報の少ない【災害級】だ。
不可能だと断言はできない。
「不自然に生き残った〝結界石〟……その周囲に伏せられた未知の〈モンスター〉が居たとしても、偶然かもしれないね」
まるで〝結界石〟を求めてきたものを殺戮するために居たような枝蛇。
リーベスも戦闘中の違和感はあった。
無論、気にはなったが、その違和感に気を傾ける余裕はなかったが。
「気になることを上げていっては、キリがない。何せ分からないコトばかりだ」
始まりはあの天変地異。未知の〈モンスター〉。
恐らくレインの右腕を奪った何者か。
その裏切者がなぜレインの命を奪わなかったのかという疑問。
枚挙に暇がなかった。
「その上で、私が君たちに裏切者の話をしたのか、さっき説明した通りだ。君たちの混乱を抑えるため。そしてそれを踏まえて、私は君達に命じる!」
将兵たちはより一層傾注する。
「だれも疑うな」
『――――っ⁉』
「君達の背には私が居る。君達の前には私が信頼する君たちがいる! だから信じて走れ!」
その言葉何と熱を与える事か。
信頼する上司が、自分たちのコトをこれ以上ない程信頼している。
信頼している事が今改めて分かった。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――‼』
知らぬうちに歓声をあげている。
それは一人二人と拡がった。
その熱は全体へと。
レインが手を挙げる。
すると熱を残したまま、大音声が鳴りを潜めた。
「決戦は明日! 日が昇るころに! 敵対象は【災害級】――世界を滅ぼす十二の小者が一翼! 【変色の獣】‼」
その言葉の重みは計り知れない。
人類は幾度も滅び、再起を繰り返してきた。
その滅びを招くモノ共こそ【災害級】だ。
「幾度も辛酸を舐めてきた。世界を滅ぼし、ヒトの活動域を狭め、揺り篭の中に閉じ込めた。しかし! 断じて全敗ではない!」
そう。
幾度の敗北が、一人の英雄を呼び起こし、遂には滅びの獣を命に刃を届けた。
「【獄炎の獣】は英雄ヴィクトルに討たれた‼ 【万雷の獣】は妖精女王オフィーリアによって、空の彼方へ追いやられた‼ 僕たちの歩幅は着実に奴らに届き得る‼」
レインはニヤリと彼らしくない笑みを浮かべた。
「君達! 僕たちは今完勝する! 英雄になる準備はできているか⁉」
『おおおおおおおおおおおおお――――――――ッ‼』
さっきの熱がぶり返し、喝采がレインに届けられる。
その熱を浴びながら、レインは――。
「さあ、決算の時だ。覚悟しろ【災害級】。僕の全速力をぶつけてやる」
高らかに、待ちに待った仇敵に向けて宣言した。




