『いやだ、死にたくない』
――彼女の〝心の書架〟に詰められた本は後悔ばかりを綴って――…………。
「レオさん……⁉」
「おじさん!」
「大尉さん……!」
無慈悲な鱗の散弾をうけて頽れたレオニダスに、三名が悲鳴交じりの声を発する。
しかし彼は既に意識を手放しているようで、応えを返さない。
「しいいいいいいいいい‼」
「……ッ!」
意識を逸らしたステラを狙い、枝蛇が跳躍する。
彼女はとっさに回避する。
「ネネ! 避けて……!」
「……ッ‼」
ネネを狙い、五匹の枝蛇が連撃を放つ。
彼女は巧みに羽を動かして、空中を高速移動する。
彼女を狙い僅かなスペースを奪い合う枝蛇は、自身の巨体が災いして同士討ちを始めた。
『しいいいいいいいいいい――――ッッ‼』
ネネは枝蛇たちが同士討ちしている間に、レオニダスの下へ行く。
「おじさん……!」
彼の口元に顔を寄せる。
微かな呼吸をしていた。
「生きてる! おじさん生きてるよ……!」
「……っ!」
「よかった‼」
わずかばかりの朗報に胸をなでおろす。
「しいいいい!」
「邪魔です!」
安堵するステラの背を狙う枝蛇にクーフェが頭上より急襲。
鱗を砕き、鮮血を吹き出す。
枝蛇が怯んだ瞬間に、ネネとクーフェがスイッチ。
「や――――ッッ‼」
入れ替わり、ネネの渾身の魔力の刃が、枝蛇を断頭する。
断末摩の声すら上げられず、枝蛇は頽れた。
レオニダスにした報いだ。
「これで、五対三……ッ」
ステラの瞳にやっと勝機が見えてくる。
数的不利は変わらないが、後ろを気にせずに戦える心理的有利は計り知れない。
「ネネ! 行くよ!」
「うん……!」
五体の枝蛇を巧みな空中制御でクーフェが翻弄しているが、手数の差で反撃に転じられていない。
魔力による空中機動ならば、ステラの方が一枚上手だ。
惑わし、各個撃破する。
「クーフェ代わるよ……!」
「はい――!」
空中で華麗に位置を替え、ステラの羽が空を舞う。
「悪いけど、時間が無いんだよ……ッ」
一刻も早くレオニダスを連れ帰って、治療を受けさせないと彼が死んでしまう。
「しいいいいい!」
「……ッ‼」
五体の枝蛇の間を縫うように飛翔する。
苛立たし気に吼える〈モンスター〉をクーフェとネネが強襲。
「……硬いけど後ちょっとで削りきれる!」
ネネとクーフェの火力をもってしても削りきれない枝蛇。
しかし、そのダメージは着実に枝蛇の命に届いている。
「各個撃破を徹底すれば勝てるけど……」
果たして、時間が許してくれるのか?
「ネネ! クーフェ! 急いで‼」
「大丈夫! まだ全然動けるから‼」
「まだいけます……!」
二人の頼もしい言葉に自然と口角が上がる。
勝って帰ろう。
リーベスの――みんなの家へ。
ルーエの待つあの家に!
「しいいいいいいいいい――!」
「――え?」
ステラの視界の端を何かが飛んで行った。
それは液体だ。
乳白色の液体。
それは高速でネネの右腕に着弾した。
「痛……ッ⁉」
その液体はネネの右腕を貫き通し、瞬時に氷結させた。
極めて気化性が高い液体。
その液体が気化するとき同時に体温を奪うのだろう。
ネネの右腕は完全に氷結していて、使い物にならない。
「ネネ……‼」
何処から、そう思い振り返る。
断頭した枝蛇の隣で胴に風穴をあけられた枝蛇が、嘲笑うように舌を出して鳴いていた。
「しいいいいいい」
死んでいなかった、確認を怠った。
自分の責任だ。
「はああああああああああ!」
逆上したクーフェが枝蛇を断頭する。
「ネネちゃん……⁉」
すぐさま反転。
最も親しい少女の下へ駆け――。
「……ぁ」
「しいいいいいいいいい――!」
痛みで悶える少女に容赦なく振るわれる鞭撃。
彼女の身体を捉えて、壁に衝突させる。
鈍い音を奏でて、壁の奥に埋まる。
「ネネ――っ⁉」
「ネネちゃん……っ‼」
枝蛇はネネに追撃することは無かった。
最早瀕死の少女は何時でも仕留められると踏んだのだろう。
枝蛇の殺意は、容赦なくステラとクーフェの下へ。
「クーフェ。君はレオさんとネネを連れてリーベスの所へ行って」
「……!」
「あれは私が、命に代えても殺すから」
「そんな……っ!」
ステラの悲壮な表情を見て、その言葉が真実であると幼いクーフェにも判った。
わかりすぎてしまった。
一瞬、怒りを忘れるほど――。
「ダメですそんなの!」
「これ以外に、方法はないよ」
「それでもだめです! 一緒に帰ろうよ!」
「お願いだから言うことを聞いて……!」
「聞けません!」
「聞いて……ッッ!」
頑なにステラの言うことを聞かないクーフェに懇願するように叫んだ。
二人が言い合いをしている間にも、枝蛇が攻撃を仕掛けてくる。
「しいいいいいい‼」
「クーフェ下がって」
「……⁉」
飛び掛かって来た枝蛇。
クーフェを押しのけて、枝蛇の前に出るステラ。
「……っ‼」
「姉さん!」
魔力の刃を生成して、流すようにして枝蛇をいなす。
「しいいいいい⁉」
枝蛇は自身の力で後方へ流れ、仲間たちの方へ飛んでいき衝突する。
「げほ……ッ」
「やっぱり無理だよ! たった一瞬で、もうボロボロだよ⁉」
たった数秒の戦闘で活動限界を迎えたステラを見て、クーフェが涙目で叫んだ。
「いいの……」
「何がいいの⁉」
「もういいの、沢山……そう、沢山頑張って来た――だけど辛い事ばかりがおきて、苦しいことばかりが残って、今やっと終わりを迎えられるの」
それはある種の破滅願望なのだろうか?
クーフェの眼にはそうは映らなかった。
「そんな諦めたこと言わないで!」
そうそれはただの諦念でしかない。
数多苦難が、ステラの心を今の場所に連れてきた。
だけどいやだと吼えている。
彼女ことを想ってではない。
クーフェは彼女に生きて欲しいと、己のために声に出す。
「生きてよ姉さん……!」
「クーフェ……」
生きていいのだろうか――。
今日死ぬために、生まれてきたような自分が、望んでいいのだろうか?
もしも……、それを望むことが赦されるのなら――…………。
「しいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい――――――ッッ‼」
――その逡巡が、致命を招いた。
「姉さん……ッッ!」
ステラを押しのけて、彼女前で盾となるクーフェ。
その彼女の視界を閃光が横通る。
「あああああああああああッッ⁉」
「クーフェ⁉」
瞬間、彼女の両の眼が高熱にさらされ、瞼が焼けただれ網膜に張り付き、眼下の奥まで痛みを伝える。
涙さえ流せず、痛みに悶え絶叫する。
「痛い、痛い痛い痛い痛い痛いイタイ、いたいぃぃいいいいいいいいいいいいい――――――――――ッッ」
「クーフェ……っ? 何が一体? 閃光……?」
何が起きたか分からず、困惑して取り乱すステラ。
炎では無かった。
それは超高圧・超高温で放たれたガス。
過酸化水素、ハイドロキノン、セルロース、その他諸々が混合した高圧ガス。
それを――枝蛇は放った。
「しいいいいい」
悲鳴をあげて鳴く少女に、悪魔は嗤う。
「クーフェ……っ」
クーフェに近付く枝蛇。
其れよりも速く、動けと身体に命じる。
だが言うことを聞いてくれない。
ふざけるな、お前のせいだろう⁉
お前の下らない逡巡がクーフェを死地に追いやったのだろう⁉
為らば立て! 立って死ね――!
「……っ‼」
深奥よりも深く、さらに深く――。
己の根源を掴む。
そこは透き通る世界に無限とも思える書架が並んでいた。
「……いくの?」
其処には見た事も無いような麗しい女性がいた。
既視感があった。
彼女は悲しそうにステラを見て――。
「――――」
何かを口にした。
「……ッッ‼」
瞼を開ける、クーフェを食らおうとする枝蛇がいた。
総身に魔力を充溢させる。
明らかにステラの限界を超過しているが、不思議と安定している。
「クーフェ!」
ああ、終わりの前の静けさなのだと直感した。
是が臨界点――。
この静けさを失えば、この身は臨界するのだろう。
「……!」
けれどもういい、自身の望みに揺らいだ結果がこれだ。
為らばそんな望みはいらない。
そう……要らない筈だ。
「ハ――ッッ!」
クーフェに食らいつこうとした枝蛇を瞬時に断頭する。
クーフェ、ネネ、レオニダスを出来る限り離れた場所に運んだ。
「は――は――ハハハ!」
戦場に戻る。
何が可笑しいのか、腹を抱えて笑う少女。
「ふう――」
笑い終えて、静かに踏み出した。
――瞬間……ステラの姿搔き消える。
眩い一筋の閃光となり、もう一匹枝蛇を断頭する。
「あと三匹……」
身体の痛みは消え去って、ただ悦楽だけがあった。
くすぐったいような、痒いような……。
やっぱり痛いような、どこか悲しいような。
嗚呼、分からない。
全てが溶けていく。
心が、身体が、魂までもが――。
「――――!」
何か聞こえた気がする。
それでも意識は其方には向かず、ただ枝蛇を殺した。
是であと二匹――。
「――――ッ⁉」
また何か聞こえた。
振り向いてはダメだ。
静けさが遠のいている。
もうきっと、時間が無い。
此処でためらったらだめだ。
駄目だ。駄目だ。駄目だ。
「……」
さらにもう一匹、断頭する。
途端視界がひび割れた。
限界が訪れたのが分かる。
あとはもう、この身諸共、眼前の〈モンスター〉を殺すだけだ。
「……」
ステラは最後の枝蛇に向かい――。
――…………。
「――ステラ‼」
視界の端に、リーベスを捉えた。
「リー……ベス……ッ」
血を吐き出しながら、彼の名を呼んだ。
すると視界は鮮明さを取り戻して、空気の金切り音さえ聞き取れるほどになって……。
とても、とても――。
――恐ろしくなった。
「――――ッッ」
このままいけば私は死ぬ。
死ぬ。
死ぬ……。
死ぬ――コワイ。
怖い。死にたくない。生きたい!
彼と一緒に、私は――!
「ぁ……」
か細く漏れたその声と一緒に、魔力が抜けていく。
臨界は訪れず、彼女の羽は壊死して一人の妖精は空の自由権を失った。
「ステラ⁉」
その瞬間を狙って、枝蛇は鱗の散弾を放つ。
「……」
ステラは静かに目を閉じた。
最後の最後に後悔を残してしまった。
やってしまった。失敗だった。
嗚呼、どうして最後に彼の姿を見てしまったのだろ……、これでは意味のない死だ。
でもそれでいいのだろう。
誰かのために私は――。
「スー姉……生きて」
「――⁉」
「ネネ⁉」
血まみれのネネが其処にはいた。
彼女はステラを弾き飛ばして、ステラを散弾の範囲外へと逃れさせる。
しかし彼女に最早鱗の散弾を躱す余力はなく。
「ネネ‼」
「ごめんね? おと――」
まともに鱗の散弾を食らい、彼女の身体は弾け飛ぶ。
血と肉を撒き散らして地に落ちて、枝蛇の追撃を食らいその小さい橙色の頭をステラの前に転がした――。
「ネネ……?」




