『枝蛇』
未知の〈モンスター〉と戦闘をはじめて約五分。
リーベスは得体の知れなさに、肝を冷やしている。
攻撃力はともかく、その速度と硬度は並大抵ではない。
とても【生存権内】の〈モンスター〉とは思えなかった。
「……」
攻撃力が低いとはいえ、人間一人を殺すには十分。
そして枝蛇の外皮を突破するには、恐らくだが対物ライフル並みの火力が要るだろう。
少なくとも徹甲弾は必要だ。
思うに――。
「戦車の装甲をした鞭だな」
剣の拡張視界が無ければ、速度で殺されている。
「速力は【竜種】に匹敵する……!」
縦横無尽にバウンドし、リーベスを肉塊にせんと突撃してくる。
「しいいいいいい‼」
「ち……っ!」
予め予測していたリーベスはワイヤー軌道で回避行動を行う。
枝蛇が壁にぶつかり、そのまま反転。
リーベスの背を狙う。
「見えてんだよ……!」
ワイヤーを天井に突き刺して、上に逃れる。
一秒前までリーベスがいた場所を枝蛇が通過する。
「くそ! 反撃に転じられない……!」
剣のリソースを総て感知に費やしてやっと互角!
本当に【竜種】と戦っている様だ。
「何か弱点は無いのか⁉」
逃げるか⁉
リーベスにはこの〈モンスター〉と戦い続ける理由は無い。
ステラたちを逃がすために殿を務めたが、彼女たちが逃れた以上、これより先の戦闘は無為ではないか?
「いや、此奴をフリ―にするのは論外だ」
〈モンスター〉が大人しく一所に留まるワケが無い。
ステラたちを追うかもしれないし、最悪の場合は非戦闘員のもとへ向かうやも……。
「素直に見逃してくれるとも思えないしな!」
「しいいいいいいいいいいいいい⁉」
リーベスを見失い、頭上を晒した枝蛇に強烈な一閃を放つ。
是もわずかに鱗に罅を入れるにとどまった。
「蛇は嗅覚が鋭いって言うしな!」
蛇の代表的な器官は皆ご存じピット器官だが、嗅覚も鋭いのだ。
もし、この〈モンスター〉が見た目通り蛇としての特性を保有しているのなら、逃げるのは困難だ。
「まあ、そもそもこれを生物と言っていいのかは甚だ疑問だがな」
植物の身体に、木面のような鱗を付けた〈モンスター〉。
見た目は確かに蛇のようだが、生物と言うにはやや憚れる。
「だがまあ、目は無いんだから、別の何かで位置を測っているのは間違いない」
「しいいいいいい‼」
「なんだ? ちょこちょこチビが鬱陶しいか?」
明らかに怒りを宿している鳴き声だった。
自身の巨躯を撓ませる。
「それさっきから見てたけどよ、隙大きすぎるからな⁉」
撓ませてからの跳躍。
確かにこの爆発的な跳躍は、事前に回避行動していなければほぼ躱すのは不可能だろう。
だが跳躍までに約三秒の硬直がある。
そして何より、狙いを定めるにあたって、枝蛇は一直線しか狙えない。
「〝跳弾〟のほうがよほど怖いぜ……⁉」
跳躍して突進してくる枝蛇をひらりと躱し、枝蛇の身体の半ばほどで身体を回転させ、剣を突き立てる。
「先ずは鱗を落とさせてもらうぜ‼」
ガリガリ。
火花を散らしながら鱗を摩擦する。
「疵がつけば十分……!」
枝蛇の下部の当りでようやく剣が突き刺さる。
「……‼」
〝剣〟に魔力を籠める。
機械的な剣が赤熱。
「しいいいいいいいいいいいいい――ッッ⁉」
赤くなった魔力が枝蛇の中に注入される。
あまりの痛みに絶叫上げる〈モンスター〉。
「どうだ⁉ ミーチェの〝怪毒〟はよぉ⁉」
【人工魔具】たるミーチェの機能は多岐に渡るが、その最たる例がこの〝怪毒〟である。
担い手の魔力と血液を加工し、解析した〈モンスター〉にとってもっとも「害」のある毒を作り出す。
その毒を剣芯に内蔵。
対象者に注入する。
「槍の方がいいと思うだけどな……」
ミーチェのデザインをした奴は恐らく莫迦である。
さして注入するというのなら、槍の方が絶対いい。
ミーチェの自立演算が有効ならば『あなたにはこの美しいフォルムが、分からないでしょうね』と言ったことだろう。
「しいいいいいい‼」
「……!」
悶え苦しんでいた枝蛇が突如垂直に跳躍する。
さらに中空で旋回。
「おいおいおい⁉」
鱗を廃棄し、散弾のように飛ばす。
「くそ……!」
咄嗟に回避行動に移るが、躱しきれずに脇腹を鱗が貫通する。
「ぐ……っ」
直ぐに、傷の具合を見る。
「臓器はいってないか……」
綺麗に貫通してくれたようだ。
出血もそれほどではない。
「戦闘続行だ」
「しいいいいいい!」
「鱗を散弾に変えるとはな……」
もとより先刻の〝怪毒〟で仕留める腹積もりではなかった。
あくまで鱗を落とす為だったのだが……。
「どうせ失うなら、武器に変えるか……」
合理的すぎるだろ。
そう呻いた。
「改めて――お前は危険すぎる」
壁に張り付いて、睨めつける。
枝蛇も呼応するように見上げた。
「しいいいいい」
「……は?」
枝蛇の身体がシバリングしたかのように痙攣・振動する。
「熱……っ」
否、したかのようにではなく、実際にしている!
「蛇じゃ無いのか⁉」
蛇は変温動物として知られる爬虫類に分類されている。
即ち自身で体温調節できないのだ。
シバリングとは冷えた身体を温めるために行われる、生体反応!
「見た目に騙されるなってことね……!」
どれだけ蛇に似ていようと、一般に知られている蛇とは大きく違うというコト!
「ウソだろ……」
熱が収まると、枝蛇の全身から鱗が生え揃う。
「どういう原理だよそれ……⁉」
あまりに理不尽な光景に思わず叫んでしまう。
「必死こいて奪った盾が再生するとか、理不尽が過ぎるだろ……⁉」
こうなってくると手詰まりだ。
ギリギリのところで回避は出来ているが、こちらにはあの外皮を突破する手段がない。
「反撃が意味ないとなってくると、ジリ貧だな……」
「しいいいいい」
「……、一応警戒してくれてるのか?」
先刻の〝怪毒〟がよほど嫌だったのか、近づいて来ない。
「あれかな? 人間で言う所の虫歯的な……」
虫歯は悪びれた巨漢さえも悶絶する。
無論正しい治療を行えば命に別状はないわけだが、その痛みは自死を行うモノさえいたという。
枝蛇にとって〝怪毒〟はいわゆる虫歯菌なのだろう。
「……」
こちらの必殺が、虫歯菌程度とは情けなくなる。
「なんにせよ、勇んでこないのなら有り難い。今は一分一秒でも欲しい」
枝蛇の弱点を探るために、感知範囲を広げる。
どれだけいっても脊椎生物であることには変わらない筈だ。
ならば、護りきれない場所が有る筈だ。
「……‼」
「しいいいいいいいいい‼」
リーベスの探知範囲に引っかかったものに気を取られた一瞬、痺れを切らした枝蛇が突っ込んでくる。
「くそ……!」
一瞬の差で回避が遅れ、リーベスの腹部が鑢のような鱗に削られる。
「があ……っ」
傷は浅い。
だがその痛みに視界が明滅する。
「……っ」
沸騰しそうになった脳が急速冷却される。
剣の機能によってリーベスの痛覚機能の一部が抑制されたのだ。
「何度も!」
「しいいいいいいいいいいい‼」
反転して突撃してくる枝蛇。
「同じ手を食らうか……!」
ワイヤーを地面に向けて射出。
地面に突き刺さったワイヤーに引っ張られ、急速に下降。
枝蛇の攻撃範囲から脱出。
「がは……っ」
だが相応の速度で地面と衝突。
肺腑から空気が脱出する。
――だが、これでいい。
「こいよ蛇野郎……!」
先刻の範囲探知でリーベスは見つけた。
ウィークポイントとはとても言えない、か細い勝機!
そのか細い勝機をつかみ、この男は勝利する!
「――お前には殺されてやらない」
「――――――ッッ」
フラフラしながら立ち上がる。
リーベスの頭上に枝蛇が落ちてくる!
「死ぬのはお前だ……!」
「しいいいいいいいいいいい――ッッ‼」
剣を突き上げる。
狙うは初手で削った頭部!
枝蛇はさっきの散弾で消費したのは〝怪毒〟で汚染された鱗のみ‼
鱗の生成にはそれだけのエネルギーがいるのだろう。
その節約が裏目に出る!
「らああああああああ――‼」
剣と枝蛇が衝突。
枝蛇の推進力と自重で鱗を突き破り、剣が深々と刺さっていく。
当然だが、その負担は総てリーベスの身体へ――。
「しるかああああああああ!」
ミーチェの力全ての痛覚を遮断。
踏ん張る。
魔力の増強も全開‼
「くたばれ‼」
そして剣の総てが枝蛇に収まった時、リーベスは全霊の〝怪毒〟を注入する。
鱗で防ぐ事も出来ない。
内部炸裂する!
「――――――――――――――ッッ‼」
断末摩を上げる枝蛇。
「ハッ――‼」
枝蛇の細胞がグズグズに崩れ始めた時、リーベスは渾身の力で振り上げ一閃。
枝蛇の身体を閃光が奔り、背中開きになる。
「はあ……はあ……」
肩で息をしながら、リーベスはそれでも立っていた。
「やっぱりお前口が臭すぎるわ。お前に殺されても嬉しくない」
嘯くのだった。




