『家族』
「お嬢すまねぇ! オレのせいで……!」
「レオさんのせいじゃないよ! あの場で私たち二人だけででも、きっと二手に分かれた! 今は時間が無いから……!」
正体不明の〈モンスター〉とやりあうのに当たって、頭数は多いに越したことは無い。
だがそれは通常時の場合。
現在のような非常時は討伐にどれだけの時間を要するか分からない〈モンスター〉に割く時間は最小限でなくてはならない。
「それに――」
仮に二人で戦っても勝てるかどうかは分からない。
最悪の場合は探索できるものがいなくなる。
「これが最善です……!」
リーベスがあの〈モンスター〉に勝ち! ステラが〝結界石〟を見つける!
これが最善。
「急ぎましょう! 〝結界石〟を見つけて結界を張り、リーベスの援護を!」
「ああ‼」
翼を収めてともに走る。
惑いながら、「正しい」と思う方へと。
☆
――深い夜。
連なる流星の円環。
その夜に獄炎の悲劇は起きた。
あまりに唐突に。
余りに不条理に。
言葉にできぬほど無慈悲に、無作為に、無意義に――。
「――――――ッッ‼」
獣を追い立て【獄炎の獣】はやってきた。
それはレインが十六のころ。
炎が街を吞み込む鯨波となった日。
「ヴィクトルさん!」
それでも誰も絶望しなかったのは、きっと彼がいたからだ。
「レインか」
その精悍な面構え。
正しく英雄。金の髪を長く伸ばしたその男は、矢張希望そのものだった。
「今から『怪獣協奏曲』を抑える。ついてこい」
「はい!」
彼の呼びかけでレインを含めた数名がヴィクトルの背を追いかけた。
彼の後塵を拝す栄誉に歓喜に震え、彼の超越なる力に感動する。
あれこそ英雄! あれこそ超越者! 万夫不当にして、完全無欠の大英雄‼
「……‼」
一瞬にして〈モンスター〉の第一陣を消し飛ばす。
剣の力を最大限引き出した彼の戦闘力は――あまりに甚大‼
強力無比なるその膂力! 魔力! 潜在力!
故に――。
「英雄……‼」
だが――其の英雄すら死んだ。
その絶望。
その終焉。
――其の落胆。
嗚呼、彼は忘れない。
こんな終わりを認めない。
こんな絶望二度とごめんだ。
だから少年は成年へと為った。
想いを糧に、走り出した。
――誰かの英雄になれるように。
☆
「嗚呼、見慣れた夢だ」
あの日以来、毎夜見る。
【変色の獣】の情報を耳にした時からはより鮮明に見るようになった。
「痛……っ」
起き上がろうとして、激痛が走った。
痛みのもとを見てみると、かつてあった筈の右腕がなくなっていた。
どうやら不覚を取ったらしい。
「全速力で来た結果がこれか」
全速力――。
彼が出来得る限りの最高速度でここまで来た。
史上最年少で中将となり、南部最前線を任された。
その中で部下が死なないように、機構の構築に勤しんだ。
一切の怠慢も、慢心もしなかった。
その結果がこれとはなんと呆気ないことか。
「閣下……っ⁉」
レインの様子を見に来たらしき衛生兵。
「丁度いい。状況は?」
先刻までの感慨を切り捨て、事務的に質問する。
「は……、」
「いいから、私の様態のことは気にしないでいい」
衛生兵は逡巡したのち、恐る恐る唇を動かした。
負傷者の数や、リーベスたちが単独で動いているコト、その他の諸々が語られた。
「〈モンスター〉の群れに襲われていないのは、不幸中の幸いだね」
この機に〈モンスター〉の群が襲ってきたなら一たまりも無かった。
「【変色の獣】のせいかな?」
砂漠の変貌は間違いなく【変色の獣】によるものだろう。
それ以外は考えたくない。
「なんにせよ、今の状況は遅かれ早かれ崩れる」
「……!」
衛生兵が息を詰める。
「言わずもがな、【変色の獣】が動けばこの状況は崩れるし、〈モンスター〉もいつまでも黙ってはいないだろう」
なので行動は早い方がいい。
「リーベス君たちはよくやってくれた」
彼の迅速な行動がこの場の人間すべての命を救うやもしれない。
「所で、私の腕は何時からこうなっていた――?」
「は。レオ大尉が発見したときにはすでに……」
「そうか……」
鳴動の後、崩落に巻き込まれ頭を打った。
しかしすぐには気を失わず、彼は兵士たちに非戦闘員の保護を命じた。
その直後に意識を失い、起きた時に腕を失っていた。
「……」
考えたくないコトだが……、軍内に叛意を持つ者がいる?
いやしかし、腕を切断するにとどまるとはいったい何が目的か。
腕を切断する位ならば、頸を落とした方が楽だし確実。
「全く読めない。何が起きている?」
彼は疑念を抱きつつも核心に迫れないでいた。
「……嫌だ! 私いくもん‼」
何事か天幕の外で叫んでいる。
声からして〝妖精兵器〟の少女だろうか。
「……」
レインは覚束ない足で天幕から出た。
閣下! と衛生兵が悲鳴のような声を出したが、レインは無視した。
「どうしたのかな?」
「……どうしたも無いよ! 私スー姉のとこ行くから!」
「私も行きます……!」
橙色の髪の少女と青色の髪の少女が決然という。
「……だから危険だといっている!」
兵士の一人が強く怒鳴った。
「大きい声出したって引かないから!」
「私たちだって戦えます!」
「閣下、なんとか言ってください!」
頑迷にして言うことを聞かないことに辟易したのか、レインに縋る様に言ってきた。
「……、彼女たちのもとへ行くことがどういうコトか分かっているのかい?」
「スー姉とリーベスを助けられる!」
「それだけじゃない。道中君たちは〈モンスター〉と対峙するかもしれない。悪いけれど、君たちに回せる護衛は居ないからね。此処を護るだけで手一杯だ」
「……そんなの分かってます!」
意外にもクーフェが強く言い返してきた。
レインは片眼を閉じた。
「どんなに危険だとしても、行かないといけないんです……!」
「どうして?」
「「家族だから……ッッ‼」」
二人が声を揃えて宣告する。
「ステラ女史は兎も角、リーベス少佐は出会って数日だろう? 彼にも命を懸ける価値があるのかな?」
「ある‼」
「あります……!」
怒気を交えてこれもまた強く言った。
「それまたどうして?」
「リーベスさんは――」
「――私達の御父さんみたいな人だから!」
クーフェの言葉を、ネネが引き継いだ。
「まだ出会って数日だろう?」
「日数なんか関係ありません……!」
「私達が大切だと思ったの!」
なるほど。
彼女たちにとって、共にいる日数は関係無いらしい。
いや重要ではあるのだろうが、それ以上に彼女らの深奥に燻ぶる何かがあるのだろう。
――それのためなら、命を賭しても惜しくなくほどの「なにか」をリーベスは彼女たちに与えていたのだ。
レインがヴィクトルにもらったように。
彼女たちはリーベスにそれを感じた。
「――いいよ、言ってきなさい」
「いいの⁉」
「いいんですか……⁉」
「ああ、後悔の無いようにするといい」
レインがそう言うと、兵士から非難が混じった声が響く。
「閣下! 子供に行かせるなんて! 其れなら俺たちが行く!」
「ならない。君達の任務はここの死守だ」
「しかし!」
「撤回は無いよ」
「……‼」
承服しかねると顔に書いていた。
「今は〝結界石〟の探索に頭数が欲しい。彼女達は家族を助けたい。利害が一致している」
「……、外道の論理だ」
「そう私は外道だ。君達に死ねと命じる男だ……、それで他に言うことは?」
「……」
レインの迫力は右腕を無くした男とはとても思えないほど強かった。
兵士はレインの迫力に押し黙った。
「私達もう行くよ!」
言いながら羽を展開して飛んでいく。
その背に――。
「ああ、気をつけて」
優しいレインの声が投げかけられた。
「……!」
「如何したのクーちゃん?」
「あの人が気を付けてって……」
「いい人だったのかな?」
とても意地悪な質問ばかりする人だったけど。
そう不思議そうな顔をするネネ。
「どうだろう?」
クーフェもまた首を捻る。
良く分からない人物である。
「それよりも急ごう……!」
「うん……‼」
家族が待っているのだから。
ネネとクーフェは魔力をさらに激しく燃焼し、凄まじい速度で飛んで行く。
☆
ネネとクーフェの姿を見た兵士たちが驚愕の声を上げている。
彼女たちが〝妖精兵器〟であることは伏せられている。
それはレインなりの配慮だったのだが、これで水の泡だ。
「まったく、これだから子供は」
苦笑する。
「良かったのですか?」
兵士が訊いてくる。
「問題ないよ。彼女たちが消えても、ここの守備は変わらない」
「それはそうですが……」
どれだけ高い身体能力、魔力が有ろうと、訓練されていないものは連携の面において阻害要因でしかない。
「遊撃兵としてならよく機能するだろうがね」
彼女たちはきっと、家族たちの下でこそ強く在れる。
「閣下……?」
羨まし気に微笑むレインの慨嘆を、この場に居た誰も推し量れなかった。




