『深緑』
それは紅炎の記憶――。
炎苦の想い。
赦せぬほどに、自身に課した罪過の誓い……。
〝レイン君は生きろ〟。
そう英雄に言われた。
だから生きた。その背を見ずに、ただ走り続けた。
彼が死に、彼の妻が死んでも走り続けた。
無駄を排して、ただ走り続けた。
「貴方の想いに応えるよ」
彼は――あの英雄が護りたいモノを護る。
その為に、彼は生きている。
「僕がこの世界を護るよ」
彼が護りたかった総てを護る。その為なら少数が苦渋を舐めようと厭わない。
「――――」
黒ぶちの眼鏡を外して、青い眼が鋭く眇められる。
「これが僕の全速力だ」
――そう彼が言った瞬間。
鳴動が起きる。
大気を震わせて、砂漠を揺らし、魔力が満ちていく。
振動はより大きくなり、茫漠なる砂塵の地を緑の枝葉が突き出て、新緑の大地へと様変わりさせていく。
枝葉は紡がれ大樹となり――新緑の大地は巨大樹の森へと変化する。
『トゥーゲント・ヘルト』もその変化に巻き込まれて、森の中へ身を窶す。
特殊繊維と特殊な魔力加工されたチタン合金の鎧、それを要とした幾重もの結界を大樹が切り裂く。
☆。
「なにが……?」
ステラは茫然と呟いた。
「いきなり衝撃が……」
ネネとクーフェ、リーベスたちと食事していたのだ。
その最中に、鳴動が起き、突き刺すような振動――そして。
……そして。
「見るな!」
「……!」
周りを確認しようとして、背後からリーベスに目を隠される。
「君! 無事だったの⁉」
「ああ……何とかな」
「ネネとクーフェは⁉」
「無事だよ」
さらにリーベスの背後ではネネとクーフェが眠っていた。先刻の衝撃で気をやってしまったらしい。負傷は無い。リーベスも彼女らを庇った際の負傷はあるが、無事だった。
「そろそろ、離してくれないかな……」
「まて、後ろを向け」
「どうして?」
「いいから!」
「……うん」
何時にない剣幕に、ステラは詰問止めてリーベスの方を向いた。ネネとクーフェの安否を確かめて、ほっと一息を吐く。
「一体何が……」
基地内の食堂が、幾つもの樹と巨大な枝に侵略されていた。
「わからん……、わからんが。早くここから離れるぞ! 第二波が来るかもしれないし、いつ崩落するかもわからん!」
「うん!」
クーフェとネネを横抱きにして出口へ向かう。幸いにも出口は封鎖されていない。
その不幸中の幸いに、リーベスは悪態をついた。
「お前たちは運が無かったな……、」
背後の枝に貫かれ、その際に崩落した瓦礫に圧し潰された同僚の軍人たち。
余りに惨く、ステラに見せるのは憚られた。
「くそったれ」
――リーベスたちが去った後、葉の中でもぞもぞと動く影があった。
☆
「なんだこれは……っ⁉」
「森……⁉」
崩落を恐れて外に出るために演習場へと出たリーベスたち。
その眼前に映るのは……。
一面緑の森である。
それも樹齢数千年は経っていそうな木々が生い茂る巨大な森。
「数刻前まで砂漠だったはずだぞ‼」
「こんなこと有り得るの⁉」
天変地異程度のちんけな話ではない。
天地がひっくり返った程度でもない。
まるで世界そのものが変わったかのような――。
「てめえら無事だったか‼」
レオニダスがリーベスたちを見つけて叫んだ。
「レオ大尉‼」
「無事だったんですね!」
「オレはまあ無事だがよ……」
背に乗せたレインに視線を寄せた。
「レイン閣下!」
「うそ……」
右腕を失い、固く止血されたレインの姿があった。
気を失っているようだった。
「頭を強く打ってたらしくてな、意識が戻らねぇ!」
「衛生兵は!」
「ほとんど死んだ! 生きている奴も閣下の指示で他の非戦闘員の治療に回ってる!」
意識を失う前にレインが指示を出したのだろう。
勿論衛生兵もかなり難色を示したらしいが、レインの強い言葉に頷かざるおえなかった。
「くそったれ! 一体何がどうなってやがる⁉ 是は何の冗談だよ⁉」
レオニダスが怒鳴った。
「考えられる可能性は――【変色の獣】だろう」
「はあ⁉ 生物がこれを起こしたってのか⁉」
まるで神の御業の如き光景。
それが一個体が起こしたなぞ到底信じられない。
「現状保有する情報で最有力なのが【変色の獣】だ! それ以外は見当もつかない! だったら今は他の可能性は端に寄せておけ!」
「……!」
「取り敢えず今は行動だ!」
「行動たって……、どうするんだ⁉ 閣下もこの有様だぞ⁉」
「やることをやるだけだ。閣下の指示通り非戦闘員の保護を優先する! イマこの基地は先の変動で結界が砕けている! このままだと〈モンスター〉の大群に襲われる‼」
「⁉」
鉄壁と言われた『トゥーゲント・ヘルト』はもはやない。
いまこの基地は、世界のどの基地よりも脆弱だ。
「無事な〝結界石〟を探し、開けた場所で起動する!」
〝結界石〟は術者によって結界術を刻んだ要石だ。
『トゥーゲント・ヘルト』は現在その殆どの結界を失っているが、消失したわけでは無い! つまり無事な〝結界石〟を見繕い、衛生兵及び非戦闘員を保護する。
「〝結界石〟の場所ならオレが知っているが、どれが無事かなんてわからねえぞ⁉」
「だから虱潰しでいく!」
「……! 無茶な!」
「無茶でも馬鹿でもやるしかない!」
「くそ! ついてきやがれ!」
ネネとクーフェを衛生兵に預けて、リーベスとステラはレオニダスの案内で〝結界石〟の保管場所へ向かった。
「是もだめだ! 死んでる」
黒ずみ効力を無くした〝結界石〟……これで五つ目。
探し始めて既に二十分は経過している。
焦りが、脳を焦がす。
「〝剣〟の! 次だ! 行くぞ‼」
「わかって――」
瞬間……。
剣によって拡張された感覚器官が警鐘をならす。
脊髄を熱く焦がし、思考よりも速く叫んだ‼
「避けろ――ッッ‼」
――地面を貫き通す、生物の刃がリーベスたちを襲った。
「……っ! ステラ! 羽を展開しろ!」
「うん……!」
地面から出てきた〈モンスター〉によって地面を支える要が砕かれて、地盤沈下が起きている。地下に引きずり込まれる前に、ステラの羽で空へ逃れる。
「おもーい‼」
「すまねぇ!」
「悪い頑張ってくれ……!」
レオニダスとリーベスを支えながら飛ぶのは、少女の細腕ではかなりきつい。
魔力による増力とて、万能ではない。
際限は当然あるのだ。
「くそ! 何なんだ此奴はよぉ……‼」
「見ての通りに〈モンスター〉だろ!」
眼前にうねる植物の蛇のような〈モンスター〉。
木炭色の鱗は不気味である。
見たこともない〈モンスター〉に、一同は言葉を失った。
「――――――ッッ」
〈モンスター〉……枝蛇は身体を撓ませると、虚ろを覗かせる口腔を晒す。
「ステラ! 俺を離せ!」
「え、でも!」
「いいから……!」
「……! わかった」
リーベスの手をはなす。
空中に踊るリーベス。
「ステラ! いったん離れろ何かヤバい‼」
「でもリーベスは! そのデカ物を抱えながらじゃ躱せないだろ⁉」
「誰がデカ物だ! くそったれ!」
怒鳴りはするが、自分が今足を引っ張ているのは理解している。
苦渋を舐めた面を晒す。
「目的を忘れるな! 此奴を斃しても話は進まない! 〝結界石〟を頼む……!」
ステラは決然と頷いた。
「お嬢は任せろ! だから死ぬんじゃねぇぞ〝剣〟の‼」
背を向けたステラとレオニダスを狙う枝蛇。
「おっと、悪いがお前の相手は俺だぜ? お前は女性と踊るには口が臭すぎる」
身体をバネの様にして跳躍する枝蛇の頭部に一閃放った。
「しぃぃいぃぃぃい――ッッ⁉」
「硬いな糞が。斬り落とすつもりで放ったんだが⁉」
渾身の一撃が鱗に僅かな傷が出来る程度とは……、正直自信を無くす。
「しいいいいいい」
警戒したように身を退く枝蛇。
「――かば焼きにしてやる」
冷や汗を流しながら、不敵に笑い、少年の色が抜けない青年は脅威なる〈モンスター〉に向かった。




