『それ』
「ステラ女史……君の意志は確認したけど、人生の先達として一つ忠告しておくよ」
「忠告、ですか?」
ステラは不思議そうに訊き返した。
「……、これから生きる上で自身の望みを偽称する必要はない。こんな世界だ、望みを偽ると後悔する」
「……心にとどめておきます」
「そうしてくれると嬉しいよ」
レインの言う通りなのだろう。
こんな、
絶望ばかりの世界で、安く使い潰される自分の存在。
その中で、自身のささやかな願いさえも軽んじれば、きっと大いに後悔するのだろう。
でもだからこそ、願いは持つべきではない。
ささやかな願いすら否定されるのだから。
「さて、では本筋に戻ろうか」
「【災害級】の討滅……、容易く言うが無理難題だぞ?」
何せ世界を滅ぼした十二の獣の一体だ。
現存戦力で討ち滅ぼすの難題どころではない。
「そうだね。しかも件の【災害級】は何処に居るのやらだし、もしかしたら居ないかもしれない。だからこそ、哨戒任務を継続しながら戦力の向上を図るつもりだよ」
「戦力の向上?」
「ステラ女史は限界が近いし、君には後ろのお嬢さん二人の錬磨をしてもらう」
いまは一人でも戦力が欲しいからね。
レインはそれから幾つかの作戦を語った。
「まあそれも、【災害級】が【生存権内】に居なければ杞憂になるけどね」
「そうあってくれたらいいんだが」
「同感だねぇ」
砂塵舞う、群青の下リーベスは初めてステラが戦う姿を見た。
彼女の実力は確かなモノだと、一目で確信した。
先ずは驚くべきその速力。
魔力で増力した潜在力は容易に人間が出せる速力を超越する。
対人相手には過剰だ。
強すぎる。
〈モンスター〉戦用に造られたのは伊達ではない。
「強いな」
「でしょ? 私凄く強いの!」
模擬戦を終えて、少女ははにかんだ。
「レインさんの計らいのおかげで、今は不満なさそうだよ?」
「何から何まで中将閣下の手のひらの上か」
周囲からはステラの賛辞が響いている。
「すごいよね、私たちと其処迄歳離れてないのに」
「さてな」
むっとして、顔を逸らす。
「どうして顔を逸らすの?」
「うるさい」
「むー、どうして顔を逸らすの!」
ステラが他の男を褒めたことが気に食わないなんて、言えない。
そもそもどうして、彼女にそんな思いを抱くのだろうか。
「何でもない……それよりもネネ達はどうだ?」
「うん、もともと武器庫で鍛えてたから、飲み込みが早いよ」
〝妖精兵器〟は皆、遊びの延長で魔力の扱いを覚えている。
「そうか」
ステラはリーベスの隣に座った。
「君はやっぱり、納得いってない?」
「事がどうあれ、子供を戦いに誘うなんて、許せない」
どれだけ言っても、〝妖精兵器〟は兵器である。
同時に生きている。
レインの計画は上層部の狙いよりかはましだが、〝妖精兵器〟の尽力無くして達成不可能だろう。
「それでも私たちはその為に産まれたんだよ?」
「それでもお前たちは生きている、死ぬために生まれたとしても、お前たちは生きている……」
心臓の鼓動に耳を傾けてみた。
今俺は冷静じゃない。
頭を冷やせ。精神の水底に沈め。
何を憤る?
――憤る理由は分かりきっている。
自分が思う以上に少女たちが、「大切」になっていたからだ。
「大切」を侵害されて――心を怒りに染めた。
偽善的に振舞って、自分の本心を隠した。
利己的で、独善的で、度し難いほど身勝手で。
醜い保身のための怒りだ。
「嗚呼」
「リーベス?」
なんて度し難い。
なんて愚か。
どれだけ自身に侮蔑すればいいのだろうか。
落胆、失望、汚辱。
自身への嫌悪がふつふつと湧いてくる。
「俺にできることは……、」
彼女たちを無事に生かして返す事だけだ。
ただそれだけを自身に銘じて、彼は群青の空を仰いだ。
「リーベス!」
ネネが黒い毛玉を抱えて走ってくる。
「なんだついて来てたのか?」
「みたい!」
「にゃ!」
ネネの腕の中から顔を出すリン。
彼女はリーベスの下に駆け寄ると、彼の膝の上に座った。
「おいおい」
「だめ?」
見上げて訊いてくる。
「いや、構わんよ」
イマ、リーベス達は自由時間だ。
次の哨戒任務が行われるまで、取り敢えず空いている。
「子供の相手も少し慣れてきたかもな」
「ふーん!」
「なんでお前が胸を張るんだ?」
自慢気に胸を張るネネにツッコミを入れる。
「クーフェはどうしている?」
「うーんとね。なんか砂鯨見たいんだって!」
「そうか」
今は砂鯨の繫殖期だ。
もしかしたら砂鯨の交尾が見れるかもしれない。
「……」
可笑しな感覚だ。
出る時はあれ程悲壮な覚悟をしているのに、今はこうして暇をつぶしている。
「そう言えば知ってる⁉」
「ん?」
「なんかね! 男の人は女の子と何かするとおまたから茸が生えてくるんだって!」
「ぶっ⁉」
いきなり何を言うのかと、吹き出してしまう。
「なんかねせーびょーって言うんだって!」
「……忘れなさい」
「えー」
「いいから忘れなさい!」
恐らく軍人の世迷言を聞いたのだろう。
やはり最前線だけあって、ここの兵士たちは上品とは言い難い。
やはり子供にとって良くない環境だ、即刻帰れるようにしよう。
リーベスは強く誓うのだった。
――『それ』は完全になりたいと思った。
そのために総てを惑わす力を得た。
其れは進化の過程であり結果であった。
その事実に『それ』は絶望した。
より堅固く。
より高速く。
より強靭く。
――その願いは自身の進化により打ち崩された。
これ以上は改善できない。
それは自身の存在の定義を揺るがした。
『それ』は子をなす事が出来なかった。
自身が完全になるという進化が欲しかったからだ。系譜を持たずただ一個の『最善』へと至る事こそ至上であり、渇望であった。
故にその望みが潰えたことは、『それ』にとって許し難き絶望であった。
その怒りの咆哮は三日三晩続き、とある都市を滅ぼした。
しかし『それ』は考えを改めた。
『それ』は今の自分が『最善』であると考えたのだ。今の自分こそ頂であり、描いた己なのだと。
そう考えれば悪くない気分だった。
――『それ』の考えが覆ったのは、同族が討たれからだ。
『それ』と同様に至上の頂に居た筈の同族は、大地を焼くだけにとどまり、討ち滅ぼされた。
同族の死に、『それ』はまた咆哮を上げた。
やはりまだ足りない。
そう確信するには十分だった。
完全無欠にはほど遠いのだと、それは確信した。
そして『それ』は警戒した。同族を討ち滅ぼす種族を。
それは一個の個体としてはあまりに脆弱。しかして、集団となれば超絶なる力を発揮する。其処に答えがると『それ』は考える。
相対する考えだが、煮詰まった今の状況ならばそれが答えなのやも知れなかった。
『それ』は自身を分けた。
一個にして『最善』へと至る考えを改めた。
群れとなり、至上へと到達する。
『一個の群れ』となった。当然『それ』の一個の生存能力は著しく減退した。
しかし、殲滅能力は大きく上昇し――何より、低俗な生物になったことで『それ』は再び進化を始めた。
『それ』は一個にして! 系譜を作ったのだ!
だが『まだ足りない』。
これで満足なぞ出来る筈が無い。まだ進化には先がある。一個の種族となり滅びる事が無くなった『それ』は貪欲に他を貪った。
元来の性質を無視して、同種や、同族を討った種族以外を食らい始めたのだ。
進化の影響か『それ』は飢えている。
発達する自己に強烈な飢えを宿してしまった。
増殖する思考の中で、原初の想いと、根源的欲求が重なり『それ』は極めて狡猾でありながら、衝動のままに他を滅ぼす怪物へとなり下がった。
そして――その歯牙は砂漠の中のとある基地に向かった。
――【変色の獣】は猛き咆哮を上げる。
折り重なる砲声は、天蓋を震わせた。




