『レイン』
レオニダスがリーベス一行を案内する。
久方ぶりに見る基地内は、目ぼしい変化もなく、過去の形のまま存在を保っている。
「てめえらにはこれからうちのボスに会ってもらう」
「……、そりゃあ案内してくれなきゃ困るからな」
おそらく彼は今回の件の詳細を知るまい。
責任者に出張ってもらわないと、話にならない。
「うちのボスは肝要だからな、安心して良いと思うぞ?」
「うう……」
「嫌われてしまった……」
クーフェにニヤリと笑いかける。
彼の鋭い牙が覗けて、クーフェはリーベスの背に顔を隠した。
「顔が怖いのが悪い」
「生まれつきだ」
「だったら自分の生まれを呪いな」
「えげつないこと言うな……」
「優しく慰めて欲しいのか?」
「まさかゾッとする」
話していると一際大きい扉が見えた。
「相変わらず、趣味の悪いことだよな」
「てめえが居た時からここは変わらないのか?」
「――何も変わってないよ」
レオニダスが扉を開けると、部屋の主が手を組んで歓迎するように笑った。
「ようこそ〝トゥーゲント・ヘルト〟へ。私が此処の責任者――レイン・ベーゲだ。君らの到来を心待ちにしていたよ」
黒縁メガネをかけた人のよさそうな青年だった。
かなり若い。
このような人間が、南部の最前線を任されるとはよほど優秀なのか?
「ふふ。君今似合わないと思っただろう?」
「……」
「私としてもなかなか不相応に苦しんでいるんだけどね、こう見えて私は公の僕だ我儘を口にできないんだ」
ペラペラと語るレイン。
その軽薄な印象とは裏腹に、レインからは強者の風格が漂っている。
「よく言うぜ……」
血の匂い……。
彼からは血の匂いがする。
死屍累々を築き、血河を越える――英傑のニオイ。
「レイン中将……早速だが、用件を聞かしてくれ」
「うん、用は君ではなく、後ろのお嬢さんだけどね」
「……」
「だけど彼女らはあくまで兵器、君に話を通すのが筋かな?」
「兵器其れはどういう……?」
レインの言葉の意味がわからず、レオニダスが困惑している。
「ああ、そうか、知らないんだね……彼女たちは人間種ではない。勿論亜人でもない」
「亜人でも、人間種でもない……?」
「うん。彼女たちは君一応は知っている〝妖精兵器〟だよ」
「……‼」
〝妖精兵器〟‼ 軍が擁する一騎当千の戦略兵器! それがこの子娘たちだと?
「閣下、それは……」
「君の憤慨は尤もだけれど如何やらここは戦場で、私と君は軍人だ吞み込むといい」
「……っ」
「それが出来ないのなら、君は目と鼻と口に栓をすべきだ」
レオニダスは何も言わず敬礼をした。
懐にドロドロ沈殿する怒りを隠すように。
「……さてと。では君達にも自己紹介をしてほしいかな」
「ネネ!」
「クーフェです……」
「ステラです」
警戒しながら、それぞれ名乗る。
「……リーベス」
「ほほう!」
リーベスの名を聞いたレインは興奮したように机をたたいた。
「君があの〝英雄〟の子か! 〝剣〟のリーベス‼ ……嗚呼いいね、『ヴィクトル』の血脈は生きているんだね」
「……っ‼」
『ヴィクトル』――十年前の『怪獣協奏曲』を食い止め、【災害級】を殺し、フェスト軍国を救った大英雄。
彼の目標にして、渇望の対象。
「……そんなことはいい、要件の話だ」
「そうだね、私は何時も話が逸れてしまう。悪い癖さ」
「悪癖を自覚しているなら、正す努力をしてみては?」
「それを君が言うのかい? 私よりもよほど悪癖だろうに」
「……ち」
舌戦では分が悪い。
この男には余り近付かない方がよさそうだ。
「では、本題」
レインが席を立った。
「――【災害級】が観測された」
【災害級】の観測――その言葉の意味は、絶望以外にないだろう。知っていたレオニダス以外、言葉を失っていた。
「観測された【災害級】は観測手を殺害し、忽然と消息を絶った」
「消息を絶った? つまり位置は分からないと」
「そうなるね、もしかしたら気まぐれに【生存権内】に侵入して、気まぐれに帰ってくれたかもしれない」
「酷い希望的観測だな」
「同感だねぇ」
レインが言った通りならば、観測手には悪いがハッピーエンドだ。
何の問題も無い。
しかし仮に【災害級】が【生存権内】に潜伏しているならば、話はさらに拗れる事に為る。
「聞くに【災害級】は人以上の理知を具えているという。となれば彼の災厄は何かしらの意図をもって【生存権内】を侵犯したことになる。怖ろしいことだよねぇ」
「……っ」
滔々とぬかす。
「肝心なことを聞いていないぞ?」
「おや何の事かな?」
「……まず観測された【災害級】は? そして〝妖精兵器〟の運用目的」
「おお、確かに伝えていなかったね。観測された【災害級】は【変色の獣】」
【変色の獣】……旧世界を滅ぼしたこと以外解っていない【災害級】。
何が目的か全く分からない。
「いや、もともと【災害級】を生物として捉えているのが間違いなのか? 意図を考えるの無駄だ。確かに【災害級】には理知がある。だがそれは彼等の主観が人間に近いわけでは無い。彼らは超越者特有の倫理観かもしれない」
「そうだねー、意図なんて本当に無いかもしれないし」
どれだけ彼らが高い理知を具えようと、彼が獣であることは変わらない。
何よりも現存・遺失した文献を紐解いても矢張彼は最悪の怪物だ。
「それで、〝妖精兵器〟の運用なのだけれど……まあ単純に、育成と特攻かな」
「……‼」
「どうして、幼女と手練れの少女を上層部は寄こしたと思う?」
「……っ、技術の後継と、敵の撃破」
〝妖精兵器〟には、禁じ手がある。
彼女たちが纏う羽は魔力で出来ている。その魔力で構成された羽を加速路に魔力を循環・加速し、臨界を迎え、周囲数キロを吹き飛ばす大爆発を起こす。
「其方の少女――ステラ女史は臨界点間近なのは定期メンテで判っている。此処で彼女に派手に散ってもらおうと上層部は考えたわけだ」
「……っ‼」
「……っ⁉」
ステラは驚愕して目を見開き、リーベスは怒りの形相で鬼気を放った。
ネネとクーフェは何が何だか解っていない様子だった。
「さて、ここで大変だ。私はこう見えて公の僕だ。そして社会人として私は上層部の意向を酌まないといけない――そこで率直な意見を聞きたいな」
ステラを指さして嗤って訊いてくる。
「聞きたいですか?」
何を……、ステラが困惑していた。
「君さ、私達のために死んでくれる?」
「……」
「な⁉ ふざけるなよ! そんなことが赦されるわけないだろう⁉」
レインにつかみかかり、怒鳴るリーベス。
「何故? 彼女たちは兵器で、軍の所有物。軍の資産であり、軍の資産を護るために運用される。此処で言う所の軍の資産は、もちろん我々軍人さ」
「……っ」
「そして我ら軍人は、国の資産、詰まる所国民とそれに繋がる施設及び文化を護るために死ぬ。これは役割分担でしかない」
リーベスとてそんなことは分かっている。
彼女たちはそのために生み出されたのだ。
――それでも許せないと思う。
兵器として製造するならば、心を付随する必要なぞなかった。
残酷すぎる。
余りにも残酷すぎる。
非道を極めすぎている。
「――――」
ステラは拳を握り締めた。
深く空気をすい……呼気を吐き出した。
「私は死ねます……」
「な……っ⁉」
決然と宣言する。
「ほう……怖くは無いのかい?」
「怖い、ですか?」
「そう、君は死ぬことが怖くないのかい? 別に死を遠く感じているワケでは無いだろう? 何せ君は既に〈モンスター〉と戦っている」
どれだけ死に疎く、生を緩慢に感じようと……直に死を感じれば恐怖は心に蔓延する。
それを知ってなお戦いに赴けるものは少ない。
「恐怖は在ります。戦いは痛くて、怖くて、悲しいコトばかりですけど、誰かのために戦うのは嬉しいです」
「……、悔しくないのかい? 君は身勝手な人間のために、死を強制されているのに」
「……ありません」
「そうか――」
レインはメガネをかけなおす。
「――だが、私は悔しい。納得いっていないし、納得する必要も無いと思っている」
「え?」
「は?」
先刻までと正反対の意見を口にする。
「あくまで私が口にしたのは一般論だ。しかしここは南部、一般論なんて関係ないし、私たちが口を噤めば上層部には伝わらない――如何レオ君? 上層部に告げ口する?」
「真坂、オレは今目も口も鼻も耳も塞いでいるのでわかりません」
「だそうだ、問題ないね」
レインの軽薄な印象とは異なり、彼の声音は誠実に感じた。
「人が悪い……、何故あのような振る舞いを?」
「ただ意地悪がしたかったわけじゃないよ? 君らのコトをそういう風に思うやつも、使うやつも出てくる。気をつけておいて欲しい」




