未来人との出会い
結局、当日になってもその少年のことは思い出せずにいた。実際、俺もずっと売り場にいた訳ではないし、その間に買っていたなら知らなくてもおかしくない。そう思うと考えるだけ無駄な気がして諦めてしまっていた自分もいた。そんなことを考えながら、久々に会う先輩と今日新しく会う少年との会話をシミュレーションしていたら、史上最速で学校に着いてしまった。待ち合わせの時間まで少しあったが、その時間を部室で過ごそうとは到底思えなかったので、飲み物を飼っては意味もなく遠回りして部室へ向かった。
俺が音もなくふらっと部室に入ると、元から中にいた先輩は声も出さず目を見開いて驚いていた様子だった。そしてようやく俺を俺だと認識し、
「久しぶりですね、元気してましたか?」
と定型文かのごとく、抑揚なく身の上を心配してくれた。傍からみるととても冷たい人に見える態度も、一緒にいる時間がある程度長くなると、その不器用な優しさに気付く。変わらない先輩に安心しながら、
「なかなかサークル出られなくてすいません。身体はこの通りちゃんと元気です」
と定型文返しをしてみせた。先輩は「なら良かったです」とかすかに微笑んでみせると「彼ももうすぐ着くはずです」と続けた。
「中学生の子だとは書いてありましたけど、どんな子だったんですか?」と俺が聞くと、
「青少年、って感じの子でしたよ。私も最初は女性かと思ったくらいにはね」と答えた。
「へぇ~―――。そこまで言われるとなんか気になってきます。」
と半分嘘半分本当のから返事をしていると、それを察したように、先輩が見た目以外の特徴を話してくれた。
「なんでもあなたの小説に感銘を受けたとかで、その熱量と言ったら―――」
これから回想話が盛り上がりそうだったその時。ドンドンという強いノック音とともに大きな声が部室の外に響いた。
「遅れちゃってすいませーん!先日来た揚羽ですー!入って良いですか!」
本来そこに起こるはずのない無邪気な声に、脳が一瞬バグりかける。大学の、しかも休日となればなおさらだった。それは先輩も同じことだったようだが、先輩はすぐに普段の声色で「どうぞ」と異質な来客を迎え入れた。
派手な声量とは裏腹に、丁寧に扉が開かれ少年の姿が現れた。先輩の言っていたとおり、整った顔立ちに、どこか中性的な雰囲気をまとっていた。将来絶対イケメンになる感じの子、といえば一番わかり易いかもしれない。しかし身にまとっている服装や、所作などには少し大人びたものを感じた。なんというか、所々に賢さ、みたいなものが備わっているような気がしてそれもまたギャップを感じさせる。
「お久しぶりです、牛頭さん。こんな機会をいただけて本当に感謝してもしきれません。あ、これつまらないものですがどうぞ!」
子供っぽさと大人の風格を反復横跳びしている少年を前に、俺はまたもや頭を抱える。どっちが本当の君なんだ。この違和感に少しだけ慣れている先輩が、丁寧にお礼を言いながら俺を紹介してくれた。
「彼が、会いたがっていた有栖川くんですよ」
そう言いながら、俺にも挨拶をするようにほらほらと手を向ける。
「あ、どうも―――。有栖川照也です。連絡するまで時間かかっちゃってごめ―――」
「お会いしたかったです!これがあの方の無名時代―――!いや、無名時代だなんて失礼な言い方ですよね、申し訳ありません!」
いつも通りのテンションな俺を置き去りに異様なハイテンションで彼がまくしたてる。
「僕、揚羽しっぺいって言います。気軽に揚羽とでもお呼びください。なんと言えば信じてもらえるのか、わからないんですけど。とにかく僕―――」
豆鉄砲を食らっている俺に更なる追い打ちをかけるがごとく、少年は息を整えてこう続ける。
「僕、未来のあなたの大ファンなんです!」
初めは意味が分からなかった。正確には今もよく分かっていない。あの後、同じく面食らっていた先輩が、気を利かせてその場をあとにしようとしていたので、こちらとしてもそれは部室好きの先輩に申し訳ない気がして、二人でファミレスに来た。周りから見て俺たちの絵面はおかしくないだろうか。女子だったらこれまた怪しかったが、首を回して見た感じ、どうやら兄弟くらいにしか思われていないっぽい。というかそう信じる。
道中もずっと彼の口からマシンガンのように放たれる俺への賞賛の言葉に、脳みそが耳から出そうになっていた。基本的には前作の良かった点などを羅列していたのだが、褒められ慣れていない俺はそれを聞くだけで精一杯だった。それよりも俺には気になることがあるのに、その隙さえ与えてくれないのには正直参ってしまった。
そして今。適当なメニューを注文し終わって一段落ついているこの瞬間に、俺は滑り込むように己が一番の疑問をぶつける。
「ところで、ずっと引っかかってたんだけど、未来の俺っていうのは―――?」
「あぁ、そうですよね。有栖川さんからすると、それが違和感ですよね」
一度顎に手を当て「うーん」と悩むそぶりをすると、啖呵を切ったように、
「実は僕、二年後の未来から来たんです。今どうやったら信じてもらえるか考えたんですけど、思いつきませんでした。というか正直、どういう原理で、なぜ僕がこの時代に飛ばされたのかいまいち分かっていないんです」
俺もまだ当然信じてはいないが、本人が嘘をついている様子がないのもまた事実だ。とりあえず適当に「それで?」と続きを促す。
「あっちでの最後の記憶は、いつも通りの寝室でした。眠りにつこうと目を閉じたら、なにやら道路の真ん中に僕が突っ立ってたんです。訳も分からず歩いていると、なんだか謎の違和感があったんですよ。それでケータイを見てみると、あら不思議、二年前の日付になってたんです!」
矛盾を見つけようと思ってたけど、まず話がぶっ飛んでてそれどころじゃないな。
「待て、某タイムマシン作品だと、この時間軸には正規の揚羽くんと―――」
割り込むように「揚羽と呼んでください」とギラギラした目で訴えてきた。わかった、わかったよ。
「その―――この時代の揚羽と、未来から来た今目の前にいる揚羽がいるわけだろ?この時間軸で過去の自分は確認したのか?」
「はい、僕も立たされていた場所からなんとか家にたどり着いたんですけど、その時丁度この時間軸の僕が出てくるところだったんですよ。あのときは流石にヒヤッとしましたね」
なるほど。筋が通っている気がする。ならば次はどこを責めるべきか。本来あり得ないことだし、そこら中に粗は転がっているはずだ。その後もタイムスリップをしたときに起こりうる矛盾について色々聞きまくった。しかし本人以外の意思でこんな状況になっている、という事実がある以上、それは僕にもわからないといわれてしまえば、それ以上は超常現象のせいとなってしまい、話が進まなくなってしまうのである。
ともなれば、最後にとっておいたメインディッシュといこう。二年後の自分を知っていると豪語する人間が目の前に現れたら、未来の姿を詳しく聞きたいのは当然だろう。
「なるほど。大体は分かった。いったん俺は揚羽のことを信じるよ」
同意を示すように揚羽が「うんうん」と頷いている。
「なら一つ、ずぅっと気になっていたことを聞かせてもらおう。俺は二年後、どうなっているんだ?なぜ君にそこまで崇拝されている?」
そう聞きながら、俺の頭は妄想モードに入っていた。この少年の心酔具合は、近所の少しすごい兄ちゃんに向けられるレベルのものではない。つまり、俺の名が国中にとどろいている可能性もあるわけだ。今やっていることから考えると―――小説の大賞受賞者みたいなレベルか。なんなら映画を一本持っているのかもしれない。もしそうなら逆算すると、もうそろそろシンデレラストーリーが始まるのか。揚羽の返答を待つ俺の心臓が、指数関数的に鼓動を強めていくのが分かる。
そうして答えを待っていると、なかなか返答がこないことに気がついた。待ち遠しい時は普段の何倍もの長さに感じるものだが、流石に長過ぎやしないか。すると揚羽は「うーん」と頭を悩ませた様子で首をかしげながら、
「有栖川さん、バタフライエフェクトって知ってます?」と説明口調で言った。
「聞いたことはあるけど―――なんで?」
「バタフライエフェクトっていうのは、ある小さな行動が未来に大きな影響をもたらしてしまうことを言うんです。つまり、今僕があなたの未来を告げると、その時点で過去に大きな転換点を作ってしまうんです」
「ふむふむ」
「そうすると、その転換点をきっかけとして、僕の時間軸とは異なることが起きすぎて、崇拝していた未来のあなたにならない可能性があるんです」
なるほどなるほど。要するに自分の発言のせいで、俺の輝かしい未来を変えてしまうかもと日和っているわけだな。
「ならば揚羽くんは確率収束論や因果律という言葉を知っているかい」
「収束とか発散については多少―――でもその程度です」
なんで中学生がそんな難しいこと知ってるんだ。もう新人類はそこまで迫っているのか。軽く咳払いをして気をとりなおす。
「なら説明しよう。確率収束論とは、どんな物事が起こる確率も、広い目で見ればすべて一つの結果に収束するということなんだよ」
「なるほどです」
「そして因果律とは、―――まぁそれと似たようなものだ」
思い返してみれば因果律もバタフライエフェクトと同じくらいの認知度だった。聞いたことあるが、説明はできない。でも多分同じようなものだ。そんな気がする。
「何が言いたいかというとね、今ここで揚羽がネタバレしても、俺はきっとその未来にたどり着いてみせるということだ。だから、ね。言っても問題ないんじゃないかな」
半ば焦ってまくしたててしまった。でもここまできて聞けないのも、なんだか不完全燃焼な感じがして嫌だ。すると、何か吹っ切れたような揚羽が結論を述べた。
「そこまで言うなら―――信じます。二年後の有栖川さんはですね―――国を揺るがす大犯罪者となっているんです」
国を揺るがすほどの大スター、といったか。それにしては文字数や響きが違う気がする。
「あ―――え?」あっけにとられていると、追い打ちをかけるように、
「有栖川照也は、日本一偉大で、僕らのヒーローで、世界一かっこいいヴィランの名前です」
と告げられた。俺の頭は真っ白になった。




