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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編

旅人は見た

作者: 猫宮蒼



 その町にはたまたま旅の途中で立ち寄ったに過ぎない。

 特に何の目的もなく、けれども物資をそろそろ補給するべきではないか、そう思ってリーザは何となく目についた町へ足を踏み入れた。


 そして、その町が丁度何かの祭りをやっていた、というのも本当にたまたまであった。


 町全体の空気が明らかに浮かれている。一体何のお祭りだろう。

 そう思いながらもリーザは最初に必要な物を買って、それからぶらぶらと町の中を散歩するように歩き、途中目についた露店で美味しそうな食べ物を買う。

 ちまちまと齧りながら、再び移動を開始して。


「……これ結局何のお祭りなんだろう?」


 食べ終わって手に残ったゴミを魔法で消滅させてから、リーザは誰にともなく呟いた。



 例えば国を挙げてのお祭りだとか、その土地特有のお祭りだとかはそれなりにある。

 例えば国王の生誕祭だとかは国を挙げてのものになるし、王族の結婚式なんてのもそれだ。

 土地特有のものは色々あるので一言で説明はできないが、それでも例えばその土地を守護してくれる神様に向けての感謝の気持ちを、だとかのお祭りはよくある。

 田舎へ行けば行く程皆で集まってどんちゃん騒ぎをする口実のためか、些細な出来事を祝うものは多い。


 けれどもそういった田舎であっても、何のお祭りであるのか、というのは意外とわかりやすかったりするのだ。神を模した像が飾り付けられているだとか、そうでなくとも村の中を飾りつけたりだとか、村全体を、といかずともお祭り会場にする広場だけは飾り付けてあるなんてのは、割とどこも一緒だったりする。


 この町も全体的に飾られているけれど、しかしそれでも一体何のお祭りなのかがわからない。

 住人は皆浮かれたようにしているし、楽しいっていう雰囲気は伝わってくるけれど、根本的な部分がわからずリーザはちょっとした違和感を覚えた。


 もうちょっと何かわかりやすいものはないだろうか、と思ってあちこち移動してみたけれどやはりよくわからない。でも皆このお祝いを全力で楽しんでる感じはするし、なんだろう、この町ができた日のお祝いとかそういう記念日なのかしら? でもそしたらもっとわかりやすくてもおかしくはないはずだ。


 なんだかんだ結局町の中をたっぷり移動した結果、リーザは疲れてくたくたになってしまったので、改めて適当に目についたお店に入る事にした。

 店といっても格式ばった感じじゃない。広場に展開された大きな屋台のような――それこそ大衆食堂に近い雰囲気のそこなら、外から来た旅人が紛れてもそこまで見られる事もないだろうと思っての事だ。


 露店で適当に食べる物を買ったとはいえ、とっくにそんなの消化しきってしまった。だからこそリーザは改めて料理を注文する。

 注文したのはパエリアだ。

 食べ進めている途中、ふと目にゴミが入ったような感覚がして何度か瞬きしてどうにかおさまったので、再び食事を再開しようとした――のだが。


「あら」


 パエリアの上に、小さくはあるが毛が落ちていた。

 それをそっと摘み上げ、リーザは少し考えた末にそれをそっと皿の端によける。

 そうして再び食事を再開した。


「あらお嬢ちゃん、どうしたの? もしかして食事にゴミでも入ってた?」

 そう声をかけてきたのは、すぐ隣のテーブルで食事を済ませ談笑していたおばちゃんだった。一緒の席についていた友人だろう別のおばちゃんたちもこっちを見ている。


「あぁ、いえ。目にゴミが入った気がして。多分その拍子にまつ毛が抜けて落ちたんだと」


 実際さっきまでは落ちてなかったはずだし、何よりまつ毛の色はリーザのものと一致している。それに上に落ちていたのだ。であれば今しがたリーザのまつ毛が抜け落ちた可能性は高い。

 これが料理の中から出てきました、であればリーザのではないと言えるが、今の時点ではどちらかといえばリーザのだろう、とリーザ自身思っている。


 これがリーザのじゃないもっと長い髪の毛だとかが出てきたならば、それこそ店に文句というか注意の一つはしたかもしれないが、多分自分のだと思う、という状況ならわざわざ言うほどでもない。


「そお? 自分のかもしれないっていうならとやかく言わないけど、でも自分のじゃない、ってなったら遠慮なく言うんだよ?」

「はい、それは勿論」

 心配そうな声音で言ってくるおばちゃんにそう返して、リーザは黙々と食事を続ける。

 といっても、既に半分以上は食べ終わっているので食べきるまでにそう時間はかからなかった。


 食べ終わればいつまでも席を占領しているわけにもいかないと思い、速やかにリーザは席を立とうとした――のだが。


「おいここの料理は一体どうなってんだよ!? こんなのが中から出てきたぞ!?」

 離れた席からそんな怒声が響く。

 見れば、リーザと同じく旅人だろうか。軽装と言えるものの武装している男がいた。


 ざわ、と周囲の空間が騒めいて、途端水を打ったように静まり返る。


 男が手にしているのはどうやら髪の毛のようだった。

 慌ててこの店の従業員だろうか、気の弱そうな青年が出てきて、ぺこぺこと頭を下げている。

 けれどもそれでは男の気は治まらなかったのだろう。なおもぎゃあぎゃあと文句を言い募っている。

 新しいのをお持ちします、と言えばまたこんなのが入ってたらたまったもんじゃねぇ! かわりはいらねぇからこの料理の代金は無しだ! いいな! なんて言っている。

 ちら、とリーザが見た限り、既に皿の上の料理の大半は食べ終わったも同然で、ではあの髪の毛は最後の最後で出てきたのだろうな、とは思うものの。


 そりゃあ気分はよろしくないとは思うけど、だったらそっと伝えるなりして次は気を付けろよ、でいいのでは、とリーザは思う。


 周囲の反応からどうやら口の中に入れた後で出てきてしまったとかでもなさそうだし、ああまで騒ぎ立てなくとも……と。

 けれども男の立場になれば気持ちはわからなくもないのだ。折角いい気分で食事をしていたら最後の最後でこんなものが、となればまぁ、気持ちが悪いと思うのも無理はない。


 しかしだからといってあの態度はどうなんだろう。


 気の弱そうな従業員らしき青年は尚もぺこぺこと頭を下げ、ほぼ空になった食器とその髪の毛を回収したのだろう。そのまま引っ込んでいった。

 食事代がタダになった事で一応の気は済んだのか、男はそのまま席を立つとこちらを見ていた周囲に「見世物じゃねぇんだよ」と凄んで立ち去っていく。



 何あの態度、とリーザは思う。

 確かに料理に髪の毛が入っていた、となれば気分はよくない。

 でも、だからって周囲にそのイヤな気持ちを振りまくのはどうかと思う。

 勿論こんな料理があるからお前らも気を付けろよ、という意味であったのかもしれないが、それにしたってやり方に問題がある。

 少なくとも他に何の問題もなく食事をしていた周囲の客は、間違いなくあの男のせいでイヤなものになったのは間違いないのだから。

 せめて、お騒がせしてすいません、とでも言って立ち去ればまだ周囲の感情もマシだっただろうに。



「あら、大丈夫かしらあの人」

「そうねぇ、もしかしたら今日中に死ぬかもしれないわねぇ」


 くすくす、と笑い混じりに聞こえた言葉は、隣のテーブルからだった。


 席を立とうとしていたリーザだったがふと気になって、


「あの、それどういう意味ですか……?」


 思わずそう聞いてしまう。


「あらやだ。だってあの料理に入ってた髪の毛、あれ真っ赤だったでしょお?

 でもこのお店の料理を作ってる人達にあんな真っ赤な髪の人、いないのよねぇ」


 先程頭を下げていた従業員はそういえば茶色だった。

 厨房で料理をしている者たちの髪の色がどうかは今日この町に来たリーザにはわからないが、このおばちゃんたちは知っているのだろう。


 というか、おばちゃんたちの髪の色も茶色だったり黒だったりが多い。

 聞けばこの辺りは昔から平民はそういう色が多く、貴族は金髪碧眼が多いのだとか。たまに銀髪の者もいるらしいが、そういった色合いが平民に出る事はほとんどないらしい。


 へぇ土地柄……とリーザは感心したものの、けど、それでは。


「さっきのは、あの男の人の自作自演……?」


 それは実質食い逃げじゃないだろうか。むしろ店が悪いと仕向けてやらかしているので、余計に性質が悪く思える。パエリアしか注文していないリーザだが、それでも料理は美味しかった。

 それを、自分が金を払いたくないという理由あたりで周囲にイヤな雰囲気振りまいてまであんなことをするなんて……と、料理の中に髪の毛とか不幸だったなぁ、なんてちょっと同情していた気持ちは一気に消失した。


「そうでしょうね。でも、まさかねぇ、今この状況であんなことやるなんて、いくらこの町の外から来たであろう人だとしても、ちょっと情報収集が足りなかったみたい」

「そうよね、知ってたらあんな真似しようなんて思わないわよねぇ」

「そりゃそうよ。誰だって命は惜しいもの」

「おほほほほほ」


 おばちゃんたちの声が周囲にも聞こえたのか、さっきまで雰囲気最悪だったはずのそこは、何故だか一転して笑いが溢れた。あははは、くすくす、うふふふ……そんな、傍から聞けばただの笑い声のはずなのに、何故だろう。妙な薄ら寒さを感じるのは。


 リーザの髪の色はやや青みがかっている。だからこそ、さっきパエリアの上に落ちたまつ毛だろうやつは自分のではないか、と思ったのだ。周囲に似た髪色の人間が他にいるならまだしも、少なくとも店内にはそういった色の人は誰もいなかったので。

 そこをちょっと見まわして落ち着いて考えれば、あの男の髪の色だってある意味珍しいものだ。

 それなら、もしかしたら、とちょっと落ち着いて考える事ができたかもしれない。

 いや、それはないか。どうやら最初から難癖付けてただ飯にありつこうという考えのようだったし。


「あの、私今日この町に来たのでこのお祭りが何のお祭りかってよくわからないんですけど、一体これ、何のお祭りなんですか……?」


 改めて他の誰かに質問しようにも、いきなり見知らぬ旅人に声をかけられるよりは、既に多少顔見知り状態になっている隣のおばちゃんたちに聞いた方が確実だろう。

 今ならまだ、質問しても許される雰囲気がした。


「あぁ、貴方も見かけない顔だと思ってたけど、やっぱり旅人さんなのね。

 あのね、このお祭りはね、この町の領主の息子が死んだお祭りなのよ」

「……え?」

「近々あの領主も別の人にすげ変わるみたいでね。だからこんな風に大っぴらにお祭りやっても何も言えないのよ。うふふ、いい気味」

「そう、今日はあの迷惑なお坊ちゃんが死んで清々したお葬式パーティーなの」


 そんなおばちゃんたちの言葉を皮切りに、周囲の客たちも再び先程までの活気を取り戻したかのように会話を楽しんだり改めて注文したりしている。


 え?

 お葬式パーティー?

 人が死んで、それを喜んだ挙句お祭りしちゃってるの……?

 え? どういう事?


 リーザの頭の中は疑問符で一杯である。


「そんなに嫌われてる人だったんですか……?」


「そりゃそうよぉ。好きな人いないんじゃない? この町の住人達の中で」

「何せいーっつも偉そうにふんぞり返ってたからねぇ」

「貴族だからって言っても限度はあるのよ」


 おばちゃんたちも会話に飢えていたのか、何も知らないリーザは丁度いいカモに思えたのかもしれない。

 聞いて聞いてとばかりに話し始める。


 その内容はこうだ。


 この町の領主の息子は己が貴族である事を鼻にかけ、この町で俺が最高権力者だとばかりに振舞っていたのだとか。

 実際領主の息子だし、町の人たちは無碍にはできない。

 他にも数名、この町で暮らしていた貴族はいないわけではなかったが、彼の横暴さに嫌気が差したのか気付けばそっと別の町に引っ越していったようだ。

 この町じゃなくても仕事はできるわけだし、そういう意味では逃げるが勝ちだったのだろう。むしろその仕事を理由に引っ越した、と言っても過言ではなかった。


 そうしてこの町唯一の貴族となってしまった領主の息子はますます増長し手が付けられなくなってしまった。


 店に行けば領主の息子である事を笠に品物を持ち去り――代金は後日領主からと言われたが未だ支払われていない店もあるらしい。

 飲食店ではそれこそ好き勝手に振舞う始末。店のメニューにない品まで用意しろとのたまい、用意できなきゃ代わりの料理を出させるものの、料金を払わないなんてザラだったようだ。


 領主の息子一人だけがそういう振舞いであるならまだしも、彼の取り巻き――こちらは貴族ではなく、町の中でもチンピラに近いタイプの連中だ――もいるせいで余計に手に負えなくなっているらしい。

 そいつらはお坊ちゃんの護衛だ、なんて言って常に町の中では一緒に行動しているものの、領主の息子が屋敷に帰った後は酒場などで、俺たちに逆らうようなら次は坊ちゃんをここに差し向けるぞ、なんて言っていたらしい。

 虎の威を借るなんとやら、と言いたいが領主の息子も領主の威を借りてるわけだし、そうなるとしっかりしろ領主、となってしまう。

 しかしどうやら領主は領主で幼い頃に母を亡くした息子は寂しいだけなんだとかのたまっていたらしく。

 そのせいで町の住人たちは常に迷惑をこうむっていた、というわけだ。


 そしてある日、彼らは新たな遊び――という名の嫌がらせを思いついた。


 それは飲食店で出された食事の中から、髪の毛が入っていたなんていう言いがかりをつける事。

 その髪の色は領主の息子と同じく金色であるため、町の住人のものではない。

 けれども、俺の言う事が嘘だというのか、なんて言う息子と、確かに料理の中から出てきたぜ、なんていう取り巻きのチンピラどもの勢いに町の住人は勝てなかったのだ。


 そうして次にやったのは、あの店衛生面が最悪なんだぜ、という悪評流し。

 いくら真相を知っていたとしても、そこに足を運ぼうとする他の客相手に息子一味があんな店行くとか正気か? なんて絡んでくるので結局遠のく客足。

 そうして潰された店は数知れず。

 飲食店だけが被害に遭っているならまだしも、減少しほとんどなくなりかけてしまった後は、それ以外の店も標的にされた。料理がないので勿論髪の毛が~なんて言いがかりではないものの、あの手この手で難癖をつけて店の人間が右往左往する様を、領主の息子とその取り巻きたちは楽しい見世物だとばかりに笑っていた。


 何度も領主になんとかしてほしいと陳情したものの、息子が関わると途端に脳内ぽんこつになるのか息子は町の住人と触れ合っているだけなのだとかおほざきあそばされる領主に、いよいよ町の住人たちの我慢も限界になっていた。

 まぁそうだろう。リーザだってそんな状況になればブチ切れる。町の人間がこぞって領主の家に押しかけて火を放たなかっただけでも充分我慢していると言えるくらいだ。

 むしろ偶然の事故を装って領主の息子を殺す算段を企てたっておかしくはない。


 ある日、名乗りをあげたのはこの町の住人である一人の娘だった。

 彼女は将来この町で喫茶店をやるの! と幼い頃から常々語っており、いよいよ店をやる目途が立っていたところだったのだ。だがその夢が叶うという間近であったものの、当然町の住人の反応は芳しくない。

 やめておきなよ、あのばか息子にいいように遊ばれて終わりだよ、折角店を出したってすぐに潰されてしまうさ……周囲は娘が店をやるのを止めた。それは娘の邪魔をしようというよりは、娘のためを思ってだ。

 だって新しくオープンする店なんて、どう考えても領主の息子とその取り巻きの新しい玩具になる以外の道が見えないではないか。

 折角の夢が無惨に潰されるのを目の当たりにするには、あまりにも酷な話である。


 この娘が住人たちにとってイヤな娘であったなら放置しただろうけれど、そうではないのだ。だからこそ、思いとどまってくれと必死に止めた。娘には両親がいたが、娘は遅くにできた子であったため両親は既に年老いて、彼女をどうにか止めようとしても若さゆえの勢いについていけなかったらしい。

 それに、お店で一杯稼いでお父さんとお母さんを楽させるの! とか、お客さんに喜んでもらえるお店にしたいの! とか言う娘に流石にきつく言うのは気持ち的にもキツイ。

 綺麗事を、と切って捨てる事ができれば良かったが、娘はこの日のために色々な勉強をしていた。ただの綺麗事では終わらせないという気概があった。


 風向きが変わったのは、彼女に協力者がいるから、と言われた時だ。

 その協力者とやらが何なのかよくわからなかったけれど、しかし娘はいよいよ店を開店させてしまった。


 やや小さくはあるが、それでも落ち着いた雰囲気の、それでいてどこか年頃の娘が好みそうな可愛らしい空気もある喫茶店。年頃の男性が一人で入るには一瞬ためらうかもしれないけれど、いざ足を踏み入れればきっと落ち着いた空間でのんびり食事ができるだろうな、と思えるようなお店は早速領主の息子に目を付けられた。


 あぁやっぱり……! と住人たちの大半はハラハラして見守っていた。開店当日、やはり心配になって大半の住人は客としてやって来ていたのだ。

 いっそ住人達が客として居座り続けて領主の息子たちをガードできれば良かったのだが、ぼんくら息子は権力を笠に強引に店に入り込んで気の弱そうな住人を席から強制的に追い立てて、自分たちがそこにおさまったのだ。


 それを勿論娘は注意したものの、聞く耳を持っているはずもない。

 むしろ面白そうに揶揄って、娘の神経を逆なでしようとしているようにしか見えなかった。


 その後はメニューを注文し、運ばれてきた料理を食べ始め、そして途中で領主の息子が叫ぶのだ。それこそ、今までのように。


 料理に髪の毛が入っていたぞ、と。


 オープン初日だから忙しかったのか? けどそれにしたって料理に髪の毛はないだろう。ちゃんと衛生管理はしているのか?


 こういった事をそれはもうねちねちとやらかして、娘は平身低頭謝り倒す事になる。

 領主の息子が手にしていた料理に入っていた髪の毛は、金色だった。娘の髪は黒。そして他の従業員にも金色の髪を持つ者はいない。

 明らかな自作自演に、けれども領主の息子は自分が貴族である限り、平民である彼らが自分に歯向かう事はないと知っている。だからこそ、露骨な証拠を手ににやにやと笑っていられたのだ。


 風向きが変わったのは、娘が謝り倒した後だ。


 申し訳ございません。従業員の教育を徹底的にいたします。

 つきましては、そちらの髪の毛を回収させていただいてもよろしいでしょうか?

 はい、犯人にはきつく、厳重に、注意をしておきますので。


 そう、言ったのだとか。

 けれども領主の息子はその言葉に笑いを隠しきれないまま、一体どうするのかとその髪の毛を渡してしまった。

 罰するにしても、誰をという話である。


 金色の髪の従業員はいない。

 犯人は明らかに目の前にいるけれど、領主の息子相手に平民が果たして何をできるというのか。

 別の髪の色の従業員一人を犯人に仕立て上げて、それで留飲を下げてもらおうとでもいうのだろうか。

 恐らく領主の息子はそう考えたのだろう。


 茶番でしかない見世物。

 それを期待して、それはもう醜悪な笑みを浮かべていたのだとか。


 その髪を受け取った娘は、従業員の一人に声をかけた。

 黒い髪の青年である。

 一見すると大人しそうで、あまり人の輪の中に入るのが得意ではなさそうな男が出てきたことで、領主の息子は一層笑みを深めた。それは取り巻きのチンピラたちも同じくだ。


 こいつに全ての罪を着せるつもりなのだろう、と思ったらしきぼんくら共は一連の流れを見守る事にした。

 手ぬるいやり方なら、自分たちが直々に出ていこうとでも思ったのかもしれない。


 その髪の毛を受け取った青年は、何やら草で編まれた物の中にその髪の毛を埋め込んだ。

 一体何をするつもりなのか。

 周囲で見守っていた住人たちも固唾を飲んでじっとしている。


「応報を」


 青年はそう一言発すると、その草で編んだ何かに釘を刺しコンと金槌でより深く打ち込んだ。


 突如――


「がはっ!?」


 領主の息子が胸を押さえ倒れ込んだ。口から血を吐きながら。


 料理に髪の毛なんて、えぇ、本当に困ったものですよね。今後こんな事がないようにきっちりとお願いします。

 娘の言葉に青年は深く頷いて、更に釘を深く打ち込もうと金槌をコンコン振り下ろす。

 そのたびに領主の息子はまるで見えない何かに殴られでもしたようにのたうちまわり、痛みに藻掻き苦しんでいる。不思議な事に口から吐き出されるのは血だけで、つい先程食べたはずの料理は一切出てこなかったのだとか。


 最終的に草で編まれたらしき物体がボロボロになったあたりで、領主の息子は息絶えていた。

 どう見ても青年がやらかしたようにしか見えないが、けれども青年がした事は直接的な殺人ではない。彼は直接領主の息子には触れてすらいないのだから。

 けれども、領主の息子の死にこの青年が関わっている事だけは、あまり頭のよろしくないチンピラ連中でも理解できたのだろう。慌てて逃げ出そうとしたが――


 彼らとて、疎まれていたのだ。

 町の住人たちに。


 そう簡単に逃げられるはずはなかった。


 むしろ数で圧倒されてあっという間にもみくちゃにされて、髪の毛をむしり取られ、その毟られた髪は青年へと渡される。

 そうして新しく取り出した別の草を編んだらしき代物に髪を埋め込んで――


 今まで領主の息子を利用して好き放題やっていたチンピラ連中が、この後どうなるか、流石に理解できたのだろう。どうにか止めようとしたものの、それを許す住人たちではなく。


「応報を」


 再びそう言って金槌を振り下ろし――



 そして町は平和になったというわけだ。


「え、あの、それホントに大丈夫なやつです?」


 リーザは話を聞いて、流石にちょっと心配になった。


「大丈夫よぉ、あのね、協力者の彼はね、教会に勤めてる司祭様でね。なんでもその魔法は悪人には今までの報いを、善人ならそれに見合った何かが起きるらしいから。

 あのぼんくらを放置してた領主だって充分に悪いからね。息子のやらかしは償いきれなかったみたいで、あいつが死んだ後はその向かう先は親に――って事で、何か色々とバレたら不味い事が露見した結果、領主の地位を剥奪される事も決まったし、新たにやってくる領主は評判のいい人みたいだからね。

 この町の未来は安泰さね」


 あっはっは、と快活に笑うおばちゃんたちの様子から、嘘は言っていなさそうだ。


 まぁ、領主の息子のせいで町の店がどんどん廃れる一方でしかなかったのであれば、町の住人たちからすれば生活もままならなくなるだろうし、当然と言えば当然に思えなくもない。


 他に何か方法が、とか言うつもりはない。

 恐らく思いつく限りの事は既にこの町の人たちだってやったのだろうし。

 司祭様とやらが従業員に扮して潜んでいたのは、恐らくは娘から相談を受けての事だろう。

 今まで司祭様がそんな魔法を使える事なんて知らなかった者が大半だったらしいし。知っていたらもっと早い段階で相談していた可能性はある。


 まぁ、今まで迷惑をこうむっていた住人からすれば、領主の息子という最大の癌が消えて、ついでにそれにこびりついてた他の付属品もなくなったのだからそりゃ喜ばしくもなろう。


 連中の態度からして、司祭様とやらを仮に把握できていたとして、果たして直前で悔い改めただろうか?

 無理だろうな、とリーザは思う。

 そもそもそんな連中が教会に行ってお祈りなんてする事はないだろうし、仮に司祭様が司祭様とわかる姿で現れたとしてそんな魔法が使えるなんて知らないのであれば、彼らは確実に侮ったまま。そうなれば結果は見えている。


「なんのお祭りなんだろうな~とは思ってたから、疑問が解決してすっきりです。

 これから先、この町がもっと良くなるといいですね」

「ありがとう。あたしたちにできる事なんてたかが知れてるけど、それでも頑張るわよぉ」


 にかっと笑うおばちゃんに軽く会釈をしてから立ち上がる。

 とっくにパエリアは食べ終わっていたわけだし、おばちゃんたちとの話も終わった。これ以上居座ったら店に迷惑になるかもしれない。



 しかしまぁ、思っていた以上にお葬式パーティーだった。


 人が死んでそれを喜んでお祭りにするなんて、精々敵国の王が死んで領土が増えたとかそういう時くらいかと思っていたが、こういうパターンがあるんだなぁ……と声には出さずにしみじみ思う。


 死んで悲しまれるどころかこんな風に大勢に喜ばれるなんて、自分ならごめんだなと思う。

 いや、葬式でしんみりされるのはイヤだから、精々皆楽しんでってくれ、って感じで自分を中心に同窓会みたいなノリで知り合い一同で歓談してもらう、とか遺言にしてあるならまだしも。

 やっぱりある程度は真っ当な生き方しないとなぁ、なんて改めて実感する。


 一度きりの人生なんだからそりゃあ自由に生きたいと思う事が悪いわけじゃない。けれども、自分の自由を優先するあまり周囲に敵を作るような生き方はよろしくない。領主の息子は自分に敵などいない、と思い込んでいたようだが、実際彼は町の住人ほぼ全てを敵に回し、その結果がこれだ。



 とりあえず今日の所は疲れてしまったので、まだ明るいけれど宿をとって休もうと決める。

 先程何のお祭りなんだろうな~とあちこちうろうろしていたので、宿の場所は把握していた。


「ぐ……」


 その途中で。


 道の真ん中に誰かが倒れているのが見えた。

 苦しそうに呻いている。うつ伏せに倒れ、片方の手は喉か胸のあたりにやっているのか見えなかったが、もう片方の手は助けを求めるように伸ばされている。

 しかしその伸ばした腕の先に誰がいるでもない。


 本来ならば、大丈夫!? と声をかけて駆け寄って助けるべきなのだろう。


 けれどもその倒れている男が。


 つい先程リーザが食事をしていた場所で、恐らくは自分の髪の毛だろう物を使って料理に髪の毛が! なんて言って料金すら踏み倒した男であるのなら。


 助ける必要性はないだろう、と思うのだ。


 それに、あの時確か店の従業員はその髪を回収していた。

 あの時はなんとも思わなかったけれど、おばちゃんたちの話を聞いた今となっては何が起きているのか、はっきりとわかる。

 あの後すぐにでも髪の毛を持って司祭様の元へ従業員の誰かが駆け込んだに違いないのだ。

 そうして、領主の息子と同じような事を仕出かした相手に遠慮は無用とばかりに司祭様は魔法を発動させたのだろう。


 それがこの結果だ。


 何もなかった、そんな風に見ないふりをして男の横を通り過ぎようとすれば、男は苦しみながらもリーザの存在に気付いたのだろう。


「た、たすけ……」


 仮に、とリーザは想像する。

 もしあの料理に入っていた髪の毛とやらがこの男のものではなかったとして。

 従業員の誰かのものだったとして、それを司祭様の元へ持っていき魔法を使ったとして。


 その従業員とて入れようと思って入れたわけではないのなら、入っていたという事実に気付いた時点で悔い改めるくらいはしただろう。であれば、流石に死ぬような事にまではならないはずだ。

 であれば助かる方法がないわけじゃない。


 伸ばされた手を避けるようにして、リーザは男を見下ろした。


 時間にして数秒というほどでもないくらいの一瞬。

 その一瞬後に、にこ! と笑みを浮かべ告げる。


「悔い改めるといいですよ」


 とはいえ、そうなる前に恐らくは死ぬと思うのだけれど。

 一度の過ちならそうはならないだろう。けれども、きっと過去、今まで色んな所で似たような事をしてきたに違いない。だからこそ、こんな所で倒れている。


 それに先程この男は自分で言っていたではないか。

 見世物ではない、と。


 では、見ないようにするべきだ。


 男が知ればそういう意味じゃない、とでも言いそうなものだが、しかし男がリーザの思考を読めるはずもなく。

 ひょいと手を躱したリーザの足音が遠ざかる事に気が付いて、男はどうにか呼び止めようとしたのだが。


「がっ、は……」


 ごぼり、と盛大な血を吐いたのが、男にとっての最期の記憶だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです! 確かに小賢しい悪人なら「頭を丸めれば!」とか言って、スキンヘッドで領主の息子リターンズにチャレンジしそうですが。 その場合、どの街にも一軒はある性風俗のお店で別の毛を回収…
[一言] すべての町に一人は居て欲しい司祭さん
2023/01/07 18:56 退会済み
管理
[良い点] 猫宮さんにしてはあっさりとした文章量で読みやすく、それでいて猫宮さんらしいくどい独白。 内容に関しては、その祭参加してえ!ってなるくらい楽しげなのが伝わってくる。 日本古来から伝わる伝統…
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