8. 順調なスタート
再び戻った会場では、まもなく開会の挨拶が始まろうとしていた。シェリーが会場を離れている間に、さらに人が増えたようだ。参加者の付き添いや、観戦目的と思われる人々も集まっている。
シェリーはチャドと合流するため、彼と別れた柱時計の場所へ向かった。そこで落ち合うことを伝えていたからだ。
「ベルーシェ、こちらだ! そろそろ始まるぞ!」
ざわざわと騒がしい人混みの中から、よく通る呼び声が聞こえた。どうやらチャドが、先に姿を見つけてくれたらしい。背伸びをして声の方向を確かめると、彼がこちらに向かって大きく手を振る姿が見える。
シェリーはそこへ駆け足で近寄った。
「チャド、聞いて! 私、ライバルができたの!」
周囲の喧騒に負けないように、普段よりも声を張る。予想よりも大声になってしまったのは、胸が弾んでいたからかもしれない。シェリーは、人生で初めてできたライバルの存在に浮かれていた。
「ライバル? 誰かに喧嘩でもふっかけられたか?」
「いいえ、声をかけられて仲良くなったの。とても親切なライバルだったのよ」
いかに友好的なライバルであったかを、身振り手振りで説明する。
ライバルという単語を連呼するその様子に、チャドはまるで我が子を見守るような温かい眼差しを注いだ。ベルハルト関連以外で、これほどシェリーがはしゃいでいる姿は珍しい。その様子が伝わったのか、場に居合わせた赤の他人である老紳士も、相好を崩してシェリーの話を聞いていた。
トーナメント開始までの束の間、その一角は和やかな空気に包まれていた。
その後しばらく雑談に興じていると、会場内にある大階段の踊り場に、賭博場の支配人が現れた。
丸々とした両手をこすり合わせて、人好きのする笑みを浮かべている。
会場の視線が彼に集まる中、開会の挨拶が始まった。
「皆様、今夜のポーカートーナメントにご参加いただきありがとうございます! おかげさまで過去最高の参加者数、過去最高の賞金額となりました。皆様と共に、夢溢れる熱い夜を過ごせることが楽しみでなりません。ゲームの準備も万全ですので、この後は受付でお伝えした各番号のテーブルへご移動ください。用意はよろしいでしょうか?――それでは皆様、素敵な夜を!」
拍手の音が響く中、会場に集まっていた人々が一斉に動き出す。シェリーもその流れに乗り、教えられた番号のテーブルへ向かった。
シェリーが目的のテーブルにたどり着いたときには、すでに同席者が揃っていた。
今回のトーナメントでは、ひとつのテーブルのプレイヤー数は六人となっている。このテーブルにいる参加者は、シェリーを除いて全員男性だ。
若い女性プレイヤーが珍しいためか、あるいは異邦人の容姿が目立つためか、彼らはちらちらとシェリーに視線を送っている。
「今夜はどうぞよろしくお願いします」
簡素なドレスの裾を軽く持ち上げ、ふわりと笑う。
皆に挨拶をして着席したシェリーは、早速チップをテーブルに置いた。
◆
「あなたは神に愛されてるなぁ……」
シェリーの隣に座っている男が、しみじみと呟いた。
トーナメント開始から二時間が経過した現在。シェリーのチップ数は、今や何倍にも膨れ上がっていた。
運が味方しているとしか思えないようなゲームが続き、同席者たちは彼女の強運ぶりに困惑している。その顔ぶれは、トーナメント開始当初とがらりと変わっていた。敗退者の席を埋めるために、テーブル間で人の移動調整がされたからだ。
ひとり、またひとりと周りが次々に敗退していく中、シェリーは脇目もふらずゲームに集中していた。
「ベルーシェ、休憩にしよう」
一区切りついた様子を見て取り、チャドが移動を促した。いつものように、二人でゲームの振り返りをするためだ。
「最後のハンドだけど、ターンのベットを引き出すために、あえてチェックで回したの。良い判断だったと思うけれど、チャドの意見も聞きたいわ」
――あの場面の、あの状況の、あの判断は果たして正しかったのか。
ゲーム終了後に自分の思考を整理し、チャドの見解を聞く。
神様の後押しを無駄にしないように、運以外の部分で負ける要因をつくらないことを、シェリーは徹底していた。
チャドと二人、例の休憩室で話し合う。長めの全体休憩を挟むことがアナウンスされたため、部屋は大勢の人で埋まっていた。
「べルーシェさん! 順調ですか?」
と、そこへロウがやって来た。
人混みの中、どのようにしてシェリーを見つけたのかはわからないが、真っ直ぐに二人のもとへ駆け寄って来る。
「ロウさん! 私はとても順調ですよ。ロウさんはいかがです?」
「ボクも幸運なことにまだ残ってます。もし良ければ、一緒に散歩でも――と、失礼。挨拶が遅れました」
そう言うと、ロウはチャドに目を向ける。気づいたシェリーは、初対面の二人を紹介した。
「こちらはチャド。すでにお話しした、私の親戚です。そしてこちらは、ロウさん。トーナメント開始前に、私に親切にしてくださった方よ」
「チャドです、初めまして。噂のライバルと会えて光栄だな。べルーシェがずっと、あなたのことを話していたのですよ」
「チャ、チャド! その話は……!」
ライバルについて語り過ぎた自覚のあるシェリーは、慌ててチャドを止めるが間に合わない。
しっかりと聞こえてしまったロウは破顔した。
「本当ですか? 嬉しいな。実はボクもべルーシェさんのことが忘れられなくて……改めて、散歩にお誘いしてもよろしいですか?」
「親睦を深めてきたらどうだ、べルーシェ。息抜きも大事だよ」
チャドに背中を押されたシェリーは、戸惑いつつもロウと共に散歩に行くことにした。近くには中庭もあるため、そこで戦況を報告し合うのもいいかもしれない。
ロウのエスコートを受けながら、二人は休憩室を後にした。