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7. 新しい出会い

「おぉ、盛況だなぁ!」

「すごいわ……思っていたよりも参加者が多いのね」


 連日通っている賭博場の一角は、今夜の目玉となるトーナメントの参加者で溢れかえっていた。いつもとは様相を異にし、独特の緊張感と熱気に包まれている。

 受付を済ませたシェリーは、その様子をチャドと共に眺める。ここ数日で顔見知りになった常連が大勢参加しているようだが、今夜初めて見かける顔も少なくない。今回のトーナメントは参加費が高額なためか、腕に自信がありそうな錚々たる顔ぶれが揃っている。

 そんな活気を見せる会場で、今日のシェリーは闘志にみなぎっていた。

 

 昨晩、シェリーとの会話を終えたベルハルトは、父から資料を預かると早々に伯爵邸を去って行った。

 彼を見送った後、シェリーは夢見心地で自室へ戻り、夢も見ないほどに熟睡した。連日気を張り続けて、自分でも気づかないうちに疲れが溜まっていたのだろう。ベルハルトと会えたことで、気持ちがほぐれて快眠できた。おかげで今日の体調は万全だ。

 養った英気を原動力に、今夜全ての決着をつけようとシェリーは意気込んでいた。

 

 ふと隣を見ると、会場を見渡していたチャドがそわそわしている。


「昔を思い出して血が騒ぐな……」

「せっかくだから、チャドもエントリーしたら良いのに」

「いや、私はもうギャンブルは卒業したんだ」


 そう言いつつも、彼の視線はシェリーが抱えるチップに注がれている。受付で参加費と引き換えに受け取ったものだ。

 今回のトーナメントでは、参加者全員が同じチップ数でゲームを開始する。チップを使い果たした者から敗退していき、最終的に残った者が賞金を総取りするという形式だ。

 当日でも参加費さえ払えば誰でも挑戦できるため、チャドにも勧めてみたのだが、どうやら彼には彼の信条があるようだ。これ以上誘惑するのも悪いだろう。

 シェリーは近くの柱時計をちらりと見た。まだ時間に余裕がある。建物内部や参加者の様子を見て回るのもいいかもしれない。チャドを誘おうかと思ったが、彼は旧知のギャンブル仲間と再会したようで、昔話に花を咲かせていた。


(邪魔しちゃ悪いわね。様子見がてら、どこかで休憩してこようかしら)


 シェリーは彼に一言声をかけると、休憩室を目指して会場を後にした。


 夜の帳が下りる回廊をシャンデリアの灯りが照らしている。その中を行き交うのは、非日常な高揚感に包まれた紳士淑女だ。彼らの興味は今夜の行方に向けられていて、シェリーを目に留める者は誰もいない。人の間を縫うように進んでいると、それほど時間もかからず目的の場所にたどり着いた。

 格調高い扉を開けるとそこには、休憩室と呼ぶには贅沢すぎる空間が広がっていた。

 重厚感のある豪華な装飾があらゆるところに施されている。賭博場以外の様子を初めて目にしたシェリーは、思わず感嘆した。以前は劇場として使用されていたこの建物は、メインホールのみを賭博場に改装し、他は当時の状態を維持しているという。ゲームに集中する日々で気にかけたことがなかったが、まるで王宮のような壮麗さだ。

 しばらく内装を眺め歩いていると、そっと肩を叩かれた。


「こんばんは。こういった場所は初めてですか?」

 

 話しかけてきたのは、黒髪の優しげな青年だった。純白のシャツと濡羽色のコートを纏った全身白黒の彼は、その顔にふんわりとした微笑みを浮かべている。

 どうやら、物珍しげに見て回っていたシェリーを案じて声をかけてくれたようだ。


「お恥ずかしながら、ただの散歩中で……トーナメントが始まるまでうろついたのです」

「あぁ、そうだったんですか。観戦のご予定ですか?」

「いえ、プレイヤーとして参加します」


 それを聞いた青年は、目をぱちくりとさせた。驚くのも無理はない。まるで観光客のような異邦人がトーナメント参加者だとは誰も思わないだろう。


「これは驚いた……あなたのような可憐なお嬢さんが」

「私、この国に遊びに来てから、すっかりポーカーに心奪われてしまって……帰国する前にどうしても、トーナメントに参加してみたいと思ったのです」

「なるほど。こういった催し物は、他国ではあまり開かれていないですもんね」


 親切にしてくれる青年を騙すのは心苦しいが、身元がバレるわけにもいかない。板についてきたベルーシェの演技で、その場を凌ぐことにする。

 隣国ネバラの話や、ベルーシェの親戚であるチャドの話を、青年は興味深そうに聞いてくれた。


「実はボクも、このトーナメントに参加するんです。新参者で緊張していたんですが、あなたと話せて肩の力が抜けました。ライバルになっちゃいますけど、お互いがんばりましょうね!」


 青年が白い歯を見せ、くしゃりと笑う。その朗らかな様子に、シェリーもつられて笑みがこぼれた。偶然の出会いではあったが、初対面とは思えないほど親しみを感じさせる彼に、シェリーは握手を求めて手を差し出す。


「私はベルーシェと言います。お互い、精一杯がんばりましょう」

「ボクはロウって言います。あなたとは、また会えたらいいな」


 二人は互いの健闘を祈り、握手を交わした。

 まもなくトーナメントが始まる。シェリーは、ロウに手を振り別れを告げた。


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