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6. 誤解の始まり

 調度品が売り払われて殺風景となった伯爵邸の書斎では、シェリーが今日の戦果を父に報告していた。

 高レートテーブルに移行して一週間、慎重に進めていたシェリーは未だ『ビッグポット』、すなわち大きな賞金プールを獲得するには至っていなかった。

 父に頼んで可能な限り返済期限を延ばしてもらってはいるが、今の収入ペースでは期限までに間に合わない。


「――というわけで、明日開催されるポーカートーナメントに参加してきます」

「だ、大丈夫なのか? 怪しい集会じゃないだろうな?」

「貴族や資産家向けの安心安全の催し物ですからご心配なく」


 チャドに聞いた話によると、優勝者の賞金は一億ゴールドにも上るという。優勝できれば、一気に返済額を補うことができる絶好のチャンスだ。

 父はギャンブルに打ち込む娘を未だ案じているため浮かない顔で報告を聞いていたが、代案を示すことができずに計画をしぶしぶ受け入れた。


「ところで、お姉様は今どちらに? カツラの手入れの相談をしたいのですが……」


 ベルーシェ用のカツラは、連日使用していたためか、綻びが目立ってきてしまった。

 シェリーとは別人であることを印象付けられるように、直毛のカツラを用意したものの、地毛がふわふわとしたウェーブヘアのシェリーは、手入れの仕方を知らなかった。

 給金を支払えず使用人に暇を出している今、身支度に関して頼れるのは同性の姉だけだ。

 さきほど賭博場から帰宅してすぐに姉の部屋に寄ったが、どうやら外出しているようだった。父ならば知っているかと思い尋ねるも、顔色を悪くして口ごもっている。


「お姉様に何かあったのですか?」

「いや、その……夜会に……引き止められなくて……」

「夜会?」


 聞き返そうとしたその時、廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。

 姉の足音にしては乱暴なそれに、父と二人で扉を見つめ身構える。その音が書斎の前で止まるや否や、力強いノックの音が響いた。


「夜分遅くに申し訳ありません、ベルハルトです。借金の件を話し合いに参りました」


 シェリーは自分の耳を疑った。


(ベルハルト様がなぜここに?)


 驚き固まるシェリーの後ろで、父がいち早く反応し入室の許可を出す。

 扉を開けてポリーと共に入ってきたベルハルトは、居合わせたシェリーを見つけるとピタリと足を止め、体をこわばらせた。その様子を捉えたポリーもまた顔を引きつらせている。

 一瞬の静寂のあと、彼はごくりと唾を飲み込み、口を開いた。


「……ちょうどよかった。シェリーにも同席してほしい」


 書斎から応接室へと場所を移し、伯爵一家とベルハルトは、テーブルを囲み顔を突き合わせた。

 ポリーから大まかな事情を聞いたと言うベルハルトは、父が用意した書類と帳簿に目を通しながら、気になった事項を次々と確認していく。投資の話や借金の契約の中に、法律に抵触している部分がないかを洗い出しているようだ。

 その間、黙って彼らの様子をうかがっていたシェリーは気が気でなかった。


(ベルハルト様は、私のギャンブルのこともすでにご存知なのかしら?)


 彼には心労をかけたくなかったため、借金やギャンブルの話はできる限り隠していてほしいと、父と姉には念入りに頼んでいた。それでも結局、借金のことは知られてしまったわけだが、他はどこまで把握されているかわからない。

 さり気なく姉を部屋から連れ出し確認してみようかと考えていると、父が恐る恐る口を開いた。


「何か手立てはありそうかい?」


 ベルハルトは紙をめくっていた手を止めると、小さく息を吐く。


「すみません……書面の内容だけで追い詰めることは難しいでしょう。ざっと目を通した限り、どうやら相手は巧妙な手口を使う連中のようです」

「――そうか……」

「調査をするので時間をください。他にも被害者がいるはずですから、早急に隊を組んで対処します。返済期限までに証拠をつかめるよう尽力しますので、どうか早まった決断は――」


 そこでいったん口をつぐむと、ベルハルトはシェリーに鋭い視線を送った。


(こ、これは……確実にバレているわ……)


 たらりと冷や汗が流れ落ちる。彼と目が合わせられない。


「……伯爵、シェリーと二人で話す時間をいただけますか」

「あ、ああ。構わないが……」


 ベルハルトは席を立ち、扉へ向かった。その後を、身を縮こまらせながらシェリーが追う。

 ギャンブルという早まった決断をしたシェリーを咎めるつもりだろうかと、びくびくしながらついて行くと、彼の足が階段の踊り場で止まった。


「どうして僕に相談しなかった?」


 いつになく厳しい声色に、空気がぴんと張り詰める。


「……ベルハルト様にご迷惑をおかけしたくなかったから」

「それほど僕は頼りない?」

「まさかッ、ベルハルト様は世界で一番頼もしいお方だわ! 世界一です!」

「――ッ、それならどうして今まで話してくれなかったんだ! きみがこんな状況に追い詰められるまで……!」


 ベルハルトが声を荒げた。滅多にないその様子にシェリーは戸惑い、続ける言葉が見つからない。それほど彼を心配させてしまったのだろうか。

 取り乱してしまった心を落ち着けるように、ベルハルトは眉間を押さえ、ゆっくりと深呼吸をする。


「……すまない。こんな、責めるようなことを言いたかったわけでは……僕はただシェリーの幸せを願っていて……」

「ベルハルト様……」


(どうしよう、そんな場合ではないのに嬉しすぎてニヤけてしまいそう……ギャンブルに手を染める幼馴染相手に、これほど情をかけてくださるなんて――)


 感動で胸が熱くなったシェリーは、彼を安心させるために真摯に言葉を伝える。


「ご安心なさって。この道を選んだのは自らの意志ですから。きっと近日中に良い報告ができると思います。そうしたら、期限までに焦って調査を進める必要もなくなるでしょう。お忙しいベルハルト様に、これ以上ご負担はおかけしません」


 それを聞いたベルハルトの顔が、くしゃりと歪んだ。ひどく苦しそうな表情をする彼にシェリーの心が痛む。

 心配してくれている彼のためにも、一刻も早く大金を稼いで返済しなければ――。

 

「シェリー……借金のことは僕が必ず何とかするから、きみが不本意な結婚をする必要はないよ。だから考え直してほしい、お願いだ」


(……なんのこと?)


 突然結婚について話し出したベルハルトに困惑する。理由はわからないが、シェリーがどこかへ嫁ぐつもりだと思われているらしい。彼以外との結婚など、露ほども考えたことがないのに。

 ――というよりギャンブルの話はどこへ?


 話の齟齬に違和感を覚えたが、深く考える間もなくそれは一瞬で吹き飛んだ。ベルハルトが突然シェリーの手を取り、ぎゅっと握りしめたからだ。

 心臓がバクバクと飛び跳ねる。

 エスコートやダンス以外で、彼から手を繋いでくれるのは幼少期以来だ。さきほどから続く嬉しい言葉と態度の数々に、自分は夢でも見ているのではないかと心配になってくる。夢ならこのまま覚めなければいいのに。


 真っ赤になってしまった顔を隠すために、シェリーは慌ててうつむく。

 ベルハルトの視線と、それに込められた思いに、気づく余裕は彼女になかった。


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