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3. 幼馴染と恋心 sideベルハルト

 王太子イライアスの婚礼が近づく王宮では、人々が慌ただしく行き交っている。

 次期宰相候補であるベルハルトも例に漏れず、執務室や会議場を往復する忙しない日々を送っていた。


「クロバスが追っている件の進捗はどうなっている?」


 雑然とした執務室で、束の間の休息を取っていたベルハルトに、イライアスが声をかける。

 連日の目まぐるしい忙しさの原因は、王太子の婚礼準備だけではなかった。第二王子のクロバス率いる特殊部隊が秘密裏な任務にあたっていて、今回はその作戦の補佐も任命されていたからだ。

 イライアスとクロバス、両者に厚い信頼を寄せられ、忙殺される日々はそう珍しくもないが、数週間王宮から出られないほどというのは久しぶりだ。


「どうやら、賭博場に出入りしているところまでは掴めたのですが、情報が錯綜しているようで調査が難航しています。なかなか尻尾を出さないので、慎重にあぶり出す作戦を用意しているところですね」

「取り逃すと、捕まえるのが難しくなるからな。負担を強いて悪いが、引き続き頼む」


 軽く相槌を打つと同時に、タイミング良く紅茶が運ばれてくる。偶然にもそれはパゴ産のもので、先週のシェリーとのお茶会を彷彿とさせた。


 宮殿の客室に寝泊まりするようになって早一週間。

 今後もしばらくシェリーの顔を見られないのかと思うと、どういうわけか少し寂しい気持ちになる。いつも笑顔で走り寄ってくる愛くるしい姿に、癒やしの効果があるからだろうか。

 隣に座っているのが、泣く子も黙る厳ついイライアスなだけに、尚更あの安らぎが恋しくなる。


「そういえば、来週は王宮での夜会があるな。エスコートする相手は、もう決まっているのか?」

「いえ、今回は同伴なしで参加する予定です。そろそろ結婚も視野に入れて、相手は慎重に選ばなければならないので」

「シェリー嬢と結婚するのではないのか?」


 シェリーの片思いは、ベルハルトと長い付き合いであるイライアスにも知られている。彼は昔から、二人が結ばれることを信じて疑っていないようだった。


「――彼女は妹のような存在なので、結婚相手としては見ていません」

「ハッ、さすがは色男。一途で純情な相手まで弄ぶとは恐ろしいな」


 弄ぶなどと人聞きが悪い。

 くつくつと笑うイライアスを横目に、今まで知り合った令嬢のリストを思い浮かべる。将来の侯爵夫人となるにふさわしい相手を精査するには、時間がかかるだろう。

 思えばこれまで、シェリー以外の女性と長く関係を築いたことがない。付き合った人数はそれなりにいるが、どれも上辺だけの短い関係に終わった。どれほど魅力的な相手でも、恋人より先の関係に進めたいと思ったことは一度もない。


(……僕は、まともな結婚ができるのか?)


 不意に将来への不安に襲われる。たとえ政略結婚を選ぶことになるとしても、相手を愛し幸せな家庭を築くことができるのだろうか。

 ――その時、ふと脳裏に浮かんだ幼馴染の顔に心臓が跳ねた。


(いやいや、どうして)


 軽く頭を振って、その姿をかき消す。どうやら自分は相当疲れているようだ。これは早々に仕事を片付け、休みをもらわなければいけないと、脳内でこの先の予定を再調整し始める。休みを確保したら、癒しを補給しにシェリーに会いに行こう。

 彼女との穏やかな時間に思いを馳せていると、イライアスがしみじみと話しかけてきた。


「愛する者との結婚生活はいいものだぞ」

「まだ挙式してもいないのに、適当なことを言わないでください」


 せっかく意気込んだところに、水を差されてげんなりする。隙きあらば惚気話を仕掛けてくる主君には、その話に付き合う分の特別手当を支給してもらいたいと常日頃思っている。

 隣国の王女との婚約以降、イライアスの機嫌はすこぶる良い。知己の二人には、元々それぞれに政略結婚の婚約者がいたはずだが、王女に懸想していたイライアスがいつの間にやら彼女を掻っ攫い、丸く収めてしまっていた。

 ベルハルトに全力で愛を伝え続けるシェリーには共感するところがあるのか、はたまた単なる色ボケなのか、事あるごとに幸せな結婚とはなにかを説いてくる。


「おまえも早く気づければいいな」


 生暖かい目でこちらを見守るイライアスを一瞥し、この後の会議で使う資料を小脇に抱える。


「それでは僕は会議場へ向かいます。クロバス殿下へ何か言付けはありますか?」

「ああ、そうか。あいつも調査でしばらく王宮に戻らなくなるのか……では、来週の夜会は『キース伯爵』以外で頼むと伝えてくれ」

「……なにか思惑でも?」

「例の賭博場に関する件だ。夜会で少し探りを入れたいが、顔が割れてるキースだと不便でな。接触対象はガヴェル子爵だ」


 『キース伯爵』とは、クロバスの変装のひとつだ。

 特殊部隊に属する者は任務の特性上、いくつもの顔をもっている。クロバスの場合、王族の立場として参加しない夜会では、キースの姿をとることが多い。しかし今回探りを入れるガヴェル子爵には、その姿だと警戒される恐れがあるようだ。

 暗躍が趣味といっても過言ではないクロバスには、ベルハルトはもちろん、部下やイライアスでさえも把握しきれていないほどの仮の姿がある。よって、今回はそのうちのどれか、もしくは新たな顔で参加してもらう腹積もりなのだろう。


「承知しました。ガヴェル子爵との接触も作戦に織り込みましょう」

「頼んだ」


 執務室を後にし、会議場へ向かう。これから参加するのは、眠気を誘う午後一の会議だ。徹夜で疲労が滲む顔を見せないように、気を引き締めなければならない。

 新鮮な空気を吸っておこうと、中庭に続く回廊を渡っている途中にクロバスと遭遇した。窓から差し込む光の中を悠々と歩くその姿は、この国の頂点に立つ王族の威厳と気品に満ちている。すれ違う人々が遠目に様子をうかがう中、ベルハルトは臆することなく正面から王子に近づいた。

 クロバスがにっこりと笑う。


「やあやあ、ベルハルト。今日も元気そうでなにより。目の下の隈が色っぽいね」

「殿下には及びませんよ」


 長年の付き合いのため、飄々としたクロバスの軽口にも慣れたものだ。おざなりな返事をし、会議が終わったら時間をつくってほしい旨を簡潔に伝える。

 金髪碧眼の麗しい王子と、魅力溢れる美丈夫な側近。二人が揃うと瞬く間に場が華やぎ、嫌でも注目を浴びてしまう。そのため、人目のある場所ではお互い最低限の会話にとどめ、個室で話し合うのが常だった。

 クロバスはベルハルトの言葉を聞くと、すぐ後ろで控えている侍従に午後の予定を確認した。


「ちょうど時間が空いているようだから、今日はオレの部屋でアフタヌーンティーでもしよっか。ついでに、先日きみが美味しいと言っていたアップルパイを取り寄せちゃおう!」

 

 クロバスは口笛でも吹きそうな様子でそれだけ告げると、颯爽と去っていった。

 追い打ちのようにまたもやシェリーを連想させる精神攻撃を食らい、ベルハルトは思わず天を仰いだのだった。

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