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2. 幼馴染と恋心 sideポリー

 帰宅後、同じく借金の話を聞かされた姉のポリーは、部屋に閉じこもり涙に暮れていた。

 平民になるなんてとんでもない。しかし、愛のない結婚に幸せな未来など望めない。

 父の話も半ばに自室に戻り、自身の境遇を嘆き悲しんでいるとノックの音が聞こえた。この独特なリズムはシェリーだろう。入室許可の返事と同時に飛び込んできた相手は案の定であった。


「お姉様! ……泣いていらしたの?」


 ポリーがうずくまるベッドに駆け寄り腰を下ろす妹の顔には、現状を悲観するような色は見えない。むしろ心なしか、胸を張っているようにさえ見える。


「大丈夫よ、お姉様。私が全額返済するから、なにも心配いらないわ」

「……なにを言っているの?」


 いつもうんざりするほど前向きなシェリーであるが、今回ばかりはどうしようもないのではないか。身売り以外に貴族令嬢が大金を稼げるような手段など思い浮かばない。

 考えていたことが顔に出ていたのか、シェリーはにっこり笑うと今後の計画を話し出した。


「以前、知り合いが教えてくださったのだけど、貴族や資産家が集まる合法の賭博場があるらしいの。そこで私のお小遣いを元手に、一攫千金を目指すわ」


 とんでもないことを言い出した妹に、開いた口が塞がらない。


「お小遣いを元手にって、そんな計画……」

「ええ、そうよね。お姉様の言いたいことはわかっているわ。一時的にとはいえ、ベルハルト様へのプレゼント資金がなくなるのは痛手よね」

「全然わかってないじゃない」


 妹の脳内はベルハルトのことしかないのだろうか。

 荒唐無稽な話で呆れてしまうが、しかし今の会話でひとつ思い至ったことがある。

 もうすぐ二十九歳の誕生日を迎えるベルハルトは、家督相続のため今年こそ結婚をと急かされていた。ノートル侯爵家の現当主が、ベルハルトの誕生日を機に隠居を予定しているからだ。


(これは、彼の妻になれるチャンスじゃない?)


 誰にも打ち明けたことはないが、ポリーもまた、幼馴染であるベルハルトに淡い恋心を抱いていた。

 伯爵家長女という立場上、ノートル侯爵家嫡男である彼の婿入りは諦めていたが、今この状況ではどうだろう。父は、他家に嫁ぐ選択肢も認めてくれた。ベルハルトに一家没落の危機を相談し、同情してもらえば、彼と結婚することも夢ではないのでは。

 幸い、ベルハルトはこれまでシェリーと結婚する意思はない態度を貫いてきたし、シェリーもベルハルトに今回の件を相談する気はないようだ。

 そうと決まれば、妹が無謀な賭けをしている間に行動に移さなければならない。


「ねえ、シェリー。ベルハルト様は明日もご在宅かしら?」

「明日から数週間は、お仕事を優先するため宮殿に寝泊まりされるらしいわ。恒例のお茶会も、しばらく中止で本当に残念……」


 こんな状況だというのに、のんきにお茶会の中止を嘆いている妹の精神構造は、一体どうなっているのだろう。

 シェリーがベルハルトに接触する機会がなくなったのは僥倖だが、宮殿で働き詰めになる彼に会うのは、ポリーにとっても難しそうだ。なんとかして機会をつくらなければならない。


「ベルハルト様にお会いできない期間、ギャンブルの先達に師事することにしたの。今あるドレスや宝石を売り払って、元手も増やさなくちゃ」


 そう言い置いて嵐のように去っていった妹を見つめ、ポリーもまた決意を固めたのだった。



 翌朝。

 善は急げと街に出たシェリーは、早速ドレスと宝石を売りに走った。予想よりも高値で買い取ってもらえたことで、気分は上々である。手に入れた金をポシェットに大事にしまい込み、その足でいつも立ち寄る本屋へと向かった。

 こぢんまりとした店内の奥には、パイプをくゆらし棚のほこりをはたく初老の男性がいた。その見慣れた後ろ姿に声をかける。


「こんにちは、チャド! 今日は折り入ってお願いがあって来たの。少し時間をいただける?」

「おぉ。こんにちは、シェリー。立ち話もなんだから、こちらへおいで」


 口ひげを蓄え、好々爺然としたチャドは挨拶もそこそこに、カウンター奥の休憩スペースへシェリーを迎えた。

 席につき、一息ついたシェリーは口火を切る。


「いきなり本題で悪いけれど、チャド、あなたにギャンブルの師匠になってほしいの」


 チャドは、かつて賭博場で名を馳せたギャンブラーであった。

 二人の出会いはチャドが経営するこの本屋であったが、彼が読んでいた賭博に関する本に、シェリーが興味を抱いたことで彼の過去を知った。ここに通う常連客の中には彼のファンもいて、しばしば握手を求められている姿を見かけるほどの有名人である。


 シェリーはこれまでの出来事と現状、そして訪問の目的を単刀直入に告げる。

 突然の依頼に驚いていたチャドも、彼女の置かれている状況を理解したのか、真剣な顔つきになった。

 そして一通りの事情を聞き終えると逡巡の末、口を開いた。


「シェリーの覚悟は十分伝わったよ。だがギャンブルは結局のところ運次第だ。確実に金を稼げるような手段ではないし、それで身を滅ぼす者もたくさん見てきた。最終的に全てを失うかもしれない。――そうなったとき、きっぱり借金返済を諦められるか?」


 チャドの心遣いが伝わる言葉に、シェリーは力強く頷いた。

 ポリーには安心させるために大それたことを言ったりもしたが、足掻いた末に全てを失い諦める覚悟もできている。

 返済期限が迫る中、後悔のない選択をしたかった。

 シェリーの瞳に迷いがないことを見て取ると、チャドはおもむろに立ち上がった。


「……わかった。それじゃあ今日から、シェリーは私の弟子だ。時間があるなら早速、賭博場へ視察に行こう。今後きみの戦場になる場所だ」


 最強の味方を手に入れたシェリーは、借金返済への最初の一歩を踏み出した。

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