表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/26

25. 決意の一歩

 三人は、正装に身を包んだ人々の流れに乗り、メインホールへと続く回廊を進む。「ベルーシェ」にとっては、半月以上毎日通い続けた馴染みの道だ。しかし今夜は初めて、そこを「シェリー」の姿で歩いている。

 これから挑むのは、勝つためではない、負けるためのゲーム。


(これは、ベルハルト様たちの作戦。わかってる。きっと上手くいくはずだわ)


 負けるのは簡単だ。不適切な局面でオールインをすれば、一瞬にして終わらせられるのだから。しかし、その後の行方はベルハルトたち次第だ。

 いつもと違う目的、そして先の見えない不安にシェリーの歩みが遅くなる。


(そう、きっと上手くいく……けれど、もしも……もしも事件が解決しなかったら? 証拠を掴めずに財産を失って、没落して、私とお父様は平民になって、それでお姉様は――お姉様は、ベルハルト様と結婚するの?)


 気づけば、回廊の真ん中で立ち止まっていた。

 シェリーは、先を行く二人を見つめる。父の手にある、旅行かばんが目に入った。その中には、シェリーが稼いだ分も含めた、全財産が詰まっているはずだ。


(私はこれから、全てを賭けて負けにいく……)


 自分がしようとしていることを、ひたり、ひたりと実感する。

 事件を解決したい。役に立ちたい。けれども、どう転がるかわからない未来が急に怖くなる。

 胸に燻るこの片思いは、ベルハルトが誰かと結婚するまでだと覚悟していたはずだ。しかし今、現実味を帯びた恋の終わりに直面し、彼が誰かと結ばれる結末は見たくないと、そう思ってしまった。

 前へ進む一歩を踏み出せない。


(……結局、私はどこまでも身勝手な、臆病者なのね)


 立ちすくんだシェリーの横を、人々が訝しみながら通り過ぎていく。

 質素な灰色のワンピース、そしてそれとは対照的な、美しくも珍しいプラチナブロンドの髪と、桃橙色の瞳。周囲に馴染まない、ちぐはぐな姿がぽつんと浮いていた。

 誰もが異質なシェリーの様子をうかがう中、ひとりの女が前方から歩いてくる。貴族らしい華やかなドレス姿のその女は、シェリーの顔を見るなり、はっと目を見開いた。彼女はすぐさま周囲を確認すると、シェリーに近づき、耳打ちする。


「シェリー嬢ですよね? なぜ、このようなところに?」

「え?」


 知り合いではないはずだ。にも関わらず、一方的に認識されていることにシェリーはたじろぐ。

 女はそんなシェリーの背中を軽く押しながら、壁際へと誘導した。


「ここは賭博場ですよ。おひとりで来られたのですか? それともパッツィ伯爵と共に?」

「ち、父と……いえ、それよりもあなたは誰?」

「私は王宮の者です。とある事情でここにいるのですが、ベルハルト卿からその辺りのことはお聞きになられていますか?」


 ベルハルトが絡んでいるのなら、今夜のゲームとその調査に関連することだろう。この人が本当に王宮関係者だとしたら、彼女もまた調査隊の一員なのかもしれない。

 シェリーは、女の問いに答えようと口を開く。


「ベルハルト様の指示については聞いています。今夜のゲームを、負けたらいいのですよね?」

「今夜のゲーム? 一体なんの話――もしかして、金貸しから接触があったのですか?」


 互いに戸惑いの表情を浮かべながら、顔を見合わせる。

 調査隊の間で情報共有ができていないのだろうか。それとも、ベルハルトが言っていた「別件」の関係者だろうか。

 どちらにしろ、事情を知らない女のために、シェリーは現状と経緯を説明する。


「金貸しから昨夜ギャンブルの誘いを受けて……今日、姉がベルハルト様に相談しに行ったのです。そしたら、誘いに乗って負けてほしいと指示があって」

「ベルハルト卿が? そんなはずは……詳細を確認したいので、場所を移しましょう。ここは目立ちますし」

「こ、これからゲームが始まるのです。私が父に代わって参加することになっているので、今すぐ行かないと」


 女はシェリーから視線を外すと、なにかを探すように周囲を見渡す。そして再びシェリーと顔を合わせ、早口で告げた。


「では私が急ぎ、ベルハルト卿に確認してきます。それまで待っていてほしいところですが……ゲーム不参加となると怪しまれるかもしれません。ですから確認が取れるまで、なんとか場を繋いでいただけますか?」

「場を繋ぐ? 手持ちがなくならないように、ゲームを続けるということでしょうか?」

「ええ、なかなか難しいお願いかと存じますが……」

「それならできます。けれど、その後は?」

「頃合いを見計らって、我々から改めて指示を出します。ちなみにゲームは、なにを?」

「ポーカーです」


 シェリーの返答を聞いた女が目を丸くする。


(そこまで意外な答えだったかしら?)


 女はシェリーの顔をまじまじと見つめた。そして、思案するように眉根を寄せる。


「シェリー嬢……あなたは、もしかして――」


 女がなにかを言いかけたその時、回廊の向こうから父たちが歩いてくるのが見えた――隣にいるのは、ニコニコと笑みを浮かべる小太りの男だ。

 それを横目で確認して、すぐさま口を閉じた女はシェリーに優雅な挨拶をし、別れを告げる。その目はシェリーを捉え、さきほど告げたことを忘れないようにと強く訴えかけていた。


(――私は)


 姉の言葉と、女の言葉。正反対のそれに揺れる心の中、シェリーは決意した。

 

「シェリー! すぐにゲームが始まるようだから、準備しなさい」


 シェリーを迎えに来た父たちが声をかけた。父の隣にいる小太りの男は、感じの良い笑みを浮かべながらシェリーに向き合う。


「あなたがシェリー嬢ですか。私は、貸金業を営んでいるボードレールと申します。今夜のゲーム、楽しみにしていますよ。是非とも大金を稼いで、借金を返済してくださいね」


(この声……)


 中庭で聞いた男の声と同じだ。つまり、不正の話をしていた男と金貸しは同一人物で間違いない。


(ということは、今夜のゲームには金貸しの仲間のプレイヤーがいるはずだわ。おそらく、相当に強い)


 強いプレイヤーがいると当然、金を巻き上げられる人も増える。そうして同席者の人数が減ると、ゲーム続行も危ぶまれる。手持ちを維持することも難しいだろう。様子見をしているだけでは、ベルハルトたちの指示を受けるまで場を繋ぐこともできない。


(それなら、私がすべきことは――)


 シェリーは金貸しの男をじっと見つめ、静かに言葉を発する。


「ええ、楽しみにしていてください。私は精一杯、全力で足掻いてみせます」


 それだけ告げると、メインホールへ向かって力強く一歩を踏み出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ