24. 繋がる糸
玄関ポーチの階段を降りながら、馬車乗り場の様子をうかがう。そこでは、貴族や資産家を乗せた馬車が、次々と停車しては去っていくのが見えた。今夜は大きな夜会もないのだろう。いつもよりも人の数が多い。
シェリーは、人の出入りを観察できる場所を探して歩みを進める。
(不審に思われることなく、眺められるところなんて……)
馬車乗り場にはベンチがあるが、すでに先客がいて座れそうにない。席が空くまで待つか、いっそのこと物陰に隠れて様子を見るべきか。
シェリーが悩んでいると、すぐ近くで一台の馬車が停まった。中から降りてきたのは、シルクハットをかぶった男と、従僕らしき背の高い男だ。特に目立つような格好でもないのに、シェリーは不思議と目を引かれた。
身のこなしが優雅だからだろうか。周囲に溶け込みきれない、にじみ出る気品を感じる。
シェリーがじっと見つめていると、シルクハットの男と目が合った。すると、男は従僕になにかを耳打ちする。
(まずいわ、見つめすぎたかしら?)
シェリーは内心で焦る。なにか言われるかもしれないと身構えたが、男はシルクハットを深くかぶり直すと、何事もなかったかのように建物へ向かって歩きだした。
代わりに、残された従僕がシェリーに近づき、小声で話しかける。
「あなたが、例の使者ですね。話は後ほど。空き部屋があると伺っていますので、そちらでよろしくお願いします」
(え?)
話しかけてきた彼の言語は、ネバラ語だった。それも生粋のネバラ人の発音ではない、どこか訛りが混じったものだ。
外祖母の影響と語学教育のおかげで内容は聞き取れたが、心当たりはまるでない。ロウのときと同じように、またもや誰かと勘違いされたのだろうか。
従僕の男は目立ちたくないのか、それだけ言うとシェリーの反応も待たずに、主人を追って去ってしまった。
その後ろ姿を、シェリーは見つめる。
(まさか、これは……全て繋がっているの?)
「ネバラ人ベルーシェ」に対して、今日一日の内に次々と身に覚えのない話を振られた。もしかしたら、隣国ネバラに関するなんらかの事件が背後で起こっていて、その関係者から情報を得ようとしている人物、もしくは組織がいるのではないだろうか。
シェリーは、ロウが言っていた言葉を思い出す。
『賭博場に出入りしているネバラ人の噂を聞いて、あなたこそがボクの探していた人だとわかりました』
『とある人物と接触するために、この国に来たんですよね?』
彼の言動を踏まえると、ネバラ人関係者の情報を欲しがっている人物は、賭博場に出入りしている者のはずだ。
ロウや、さきほどの馬車の男たちがどういった立場で、そしてどのような意図をもってベルーシェに話を持ちかけてきたのかはわからないが、上手く立ち回れば真相を知ることができるかもしれない。
さらに、ベルハルトが追っている別件――詳細は教えられていないが、賭博場に関係しているという、その事件にもたどり着ける可能性がある。
(そうなると、最終的に詐欺事件にも関わってくるのかしら)
これまでの不可解な出来事が、細い糸で繋がっていく。
さきほどの男たちから話を聞き出すことができれば、あるいは金貸したちの思惑を知ることができれば、解決の糸口を掴めるかもしれない。
シェリーは今後、自分が取るべき行動を考える。
(まずは、お父様に代わってゲームへ参加させてもらえるようお願いしなくちゃ。金貸しとその仲間が、なにを企んでいるのか探りを入れて――)
そのとき、見慣れた馬車が馬車乗り場に滑り込んでくるのが見えた。十分な手入れをされていない車輪が、鈍い音を立てながら止まる。
シェリーは急いで駆け寄ると、馬車の扉が開くと同時に中へ飛び込んだ。
「お父様!少しお待ちになって!」
扉に手をかけて驚いている御者を、視界の端に捉える。シェリーは心の中で謝りながら、その扉を内側から急いで閉めた。
座席には、腰を浮かせた父と姉がシェリーを見て固まっている。
「はしたなくて、ごめんなさい。けれど、急ぎのお話があるのです!」
「シェ、シェリーか……わかったから、まずは座りなさい。きっと、外では話せない内容なのだろう?」
父は戸惑いを見せつつも、シェリーの話を聞こうと座り直した。父の向かい側に座るポリーは、眉をひそめてシェリーを睨みつける。
勢いで乗り込んできてしまったが、ポリーとは未だ向き合う心の準備ができていなかっただけに、緊張で目が合わせられない。シェリーは、視線を外しながら姉の隣に座った。
「それで、一体なにがあったのだ?」
父が話しを切り出した。
シェリーは金貸したちの会話も含め、自分が見聞きし、考えたことを二人に伝える。真剣な表情で話を聞いていた父は、思案するように黙り込んだ。隣に座る姉の表情はうかがえないが、彼女もまた静かに話を聞いている。
そして、自身の事情と今後の計画を一通り話し終えたシェリーは次に、父たちがここに来た理由を尋ねた。
「ベルハルト様から、なにか指示があったのですか?」
「ああ。ポリーが日中、相談しに行ってくれてな。それに従って、金貸しには先に連絡を入れておいたのだ。……本当は私も一緒に、ベルハルトくんのところへ指示を仰ぎに行く予定だったのだが、情けないことに今日は随分と遅くまで寝てしまって」
「そうだったのですか?」
つまり、ポリーは初めからシェリーだけを同行させないつもりだったのだ。それほどまでに、ベルハルトに会わせたくなかったのだろう。昨夜に抉られた心が再び、じくじくと痛みだす。
「寝る前にポリーとお茶を飲みながら、予定を立てていたところまでは覚えているのだが……」
「お父様、そのお話はそこまでにしておきましょう。今は、この後のことを話し合わないと」
話が脱線しそうなところをポリーが修正する。そして姿勢を正すと、ベルハルトに指示されたという内容を改めて話して聞かせた。
「ベルハルト様からは、ギャンブルの誘いに乗った上で、あえてそのまま負けてほしいと指示されました。なんでも、調査を進めるために必要とのことで――」
囮といったところだろうか。過去の被害者たちと同じ状況をつくりだして、証拠を押さえるつもりなのかもしれない。
チャドの本屋で、シェリーが囮になることを提案したときには断固として拒否されたが、父ならば信頼できると思われたのだろうか。ここでもまた、自分の無力さを痛感し、胸が苦しくなる。
気持ちが沈んでうつむくシェリーを横目に、ポリーが話を続ける。
「ですから、お父様の代わりにシェリーが参加するのは正直、不安です。あなた、間違って勝ってしまったりしない?」
ポリーがシェリーに問う。
シェリーは顔を上げて、かすれた声で答えた。
「必ず負けます。できます。だから……お願いします、私もお役に立ちたいです」
両手を膝の上で握りしめて、父と姉に懇願する。
その必死な様子が伝わったのだろう。父はひとつ頷くと、シェリーと目線を合わせて言った。
「わかった。なら、ゲームはシェリーに任せよう。ポリー、その後の行動については、なにも指示がないのだったか?」
「……ええ、ゲームで負けろという指示しかいただいていません」
「それなら、話し合いの場には私が行こう。なにが起こるかわからないからな……おまえたちは、ゲームが終わったら安全な場所で待機していなさい」
「わ、私も行きます! 話を聞きたいです!」
シェリーは身を乗り出して、父の言葉に食いついた。ここまで来て、肝心の真相を探ることなく身を引くことはできない。
諦め悪く言い募ったが、そんなシェリーを見かねたのであろう、横に座っていたポリーが口を挟む。
「シェリー。昨日も言ったわよね? 周りを振り回さないでって。わがままばかり言っていないで、大人しく従いなさいよ」
「お姉様……でも、私」
「シェリーのことは私が面倒を見ますから、お父様は話し合いに集中なさって。ちゃんと安全な場所で待たせますので」
昨夜から負い目を感じていたシェリーは、ポリーを説得することができなかった。なにも言えずに、唇を噛みしめる。
一方で、困り顔だった父はポリーの言葉を聞いて安心したのか、肩の力を抜いて馬車の内壁を軽く叩いた。外で待機していた御者は、その合図に反応すると恐る恐る扉を開ける。
「では、話もまとまったことだし、会場へ向かおうか」
先に外へ出た父に続いて、シェリーはのろのろと腰を上げる。と、そこへ隣から呆れたような声がかけられた。
「シェリー、カツラは置いていきなさい。あなた、ここにはその姿で通ってるんでしょう? 顔が割れていたら、怪しまれるわ」
ポリーの言う通り、べルーシェの姿のままでは、ゲームに際して家族の代理であると言っても信じてもらえないだろう。
シェリーはボサボサになってしまったカツラを外して、座席の上に置く。うつむいた視界で、プラチナブロンドの髪が波打ち、こぼれた。
「外へ出たらあとはもう、勝手な行動はしないでちょうだいね。私に従うのよ」
ポリーが最後の念押しをする。
シェリーは、際限なく沈んでいく気持ちを必死に繋ぎ止めながら、父の背中を追って、ざわめきの中へと再び身を投じた。




