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21. 逃走の先

 ロウの切実な視線に射抜かれる。

 こうなったら彼が信じてくれるまで、とことん説得するしかない。誤解を解いて、本物の探し人を見つける手助けをするしかないだろう。


「ロウ、聞いて。私は本当に、あなたが探している人物ではないのよ」

「賭博場に通うネバラ人が他にいるんですか?」

「わ、わからないけれど、たぶん……」

「でも、あなたが持ってるあの手帳。あれこそ証左のひとつだと、ボクは思ってますよ」


(私の手帳?)


 なんの変哲もない、ありふれた革製の手帳だ。ロウの探し人が似ているものを所持していてもおかしくはないが、それで同一人物だと結びつけるのは些か早計ではないだろうか。

 シェリーは弁明しようと口を開いたが、それよりも先にロウが言葉を続けた。


「手帳に書かれていた人名のリスト。あの情報を渡すために、この国に来たんでしょう?」


(な、なんですって?)


 矢継ぎ早に告げられる、身に覚えのない指摘にシェリーは動揺する。

 「他国にて情報を渡す」など、まるでベルーシェが後ろ暗い事情でも抱えているかのような口ぶりだ。さきほどの人質発言を踏まえると、ネバラで誰かに脅されて伝達役を引き受けた、あるいは助けを求めるために情報を売りにきた、とでも思われているのだろうか。

 どちらにしろ、相当に物騒な話だ。ロウの手助けをするつもりが、早々にシェリーの手には負えない問題になってしまった。

 彼の探し人もロウ自身も、予想以上に訳ありらしい。


(少しでも円満に話を進めたいけれど……私の言葉だけじゃ、そもそも別人だと証明するのも難しいわ。ここは一旦引いて、チャドと合流すべきかしら)


 シェリーはそろりと腰を浮かせて、ローテーブルに片手をついた。その指先が、かすかに震える。


「私、チャドを連れてくるわ。そしたらきっと、ロウが納得できるまで話し合えるでしょうし――」

「ベルーシェ、逃げないで。お願い、ボクを信じて。必ずあなたを守るから」


 ロウが身を乗り出して、シェリーの震える指先をすくい上げた。そしてそのまま、桃橙色の瞳をじっと見つめる。

 シェリーを離すまいと、掴んだ手に力を込められる。全てを見透かすような強い視線に囚われて、シェリーが動けなくなったその瞬間。キィ、と扉の開く音がした。

 繋がれた手から伝わる、ロウの低い体温を感じながら、シェリーは音が聞こえた方へ顔を向ける。

 ティーセットを抱えた細身の男が、体で扉を押して入ってくるのが見えた。ポットから漂う湯気で、彼の眼鏡がうっすらと曇っている。


(ッ、今よ!)


 その様子が視界に入った瞬間、シェリーは弾かれたように出口へ向かった。扉を支える男の横をすり抜けて、一直線に外を目指す。

 本当は、こんな形で逃げ出すつもりはなかった。しかしこの機を失したら、ここから出られなくなる気がしたのだ。店主も含めて、周りは誰が味方かわからない。

 もつれる足を必死に動かし、玄関までたどり着く。勢いを殺さず扉に体当たりすると、そのまま外に飛び出した。

 降り注ぐ太陽の光が目に飛び込む。後ろを振り返ると、ロウが走ってくるのが見えた。


(とにかくまずは、この場所から離れなきゃ)


 体力、そしておそらく土地勘もロウのほうが上だろう。追い込まれる前に、人目のある場所へたどり着かなければならない。

 シェリーは迷わず、入り組んだ小路に足を踏み入れた。来た道を思い出す余裕はない。追っ手を巻くため、息を切らしながら細道を走り抜ける。

 そうして袋小路を避けながら何度も角を曲がるうちに、遠くから微かなざわめきが聞こえてきた。闇雲に走り回っていたが、どうやら人通りの多い方向へと進んでいたようだ。

 後ろからは、カツカツと鳴る足音が近づいてくる。

 息が上がり、脇腹が痛い。そろそろ体力の限界だ。


(あと、もう少し……!)


 シェリーが重たい脚を大きく蹴り出した、その時。


「シェリー!」

「ベルーシェ!」


 耳に馴染んだ二人の男の声が重なった。


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