17. 決着と約束
シェリーの睨みもどこ吹く風。ロウの笑みは崩れない。彼はシェリーに応えてチップを積んだ。
いよいよゲームの最終ラウンドだ。すでに公開された四枚の共有カードに、最後の一枚が追加される。この段階にきて、ようやく互いの役が確定した。
この手で勝負をかけるか、それとも今まで賭けたチップを諦めゲームを降りるか――最後の選択だ。
(勝率は――)
先行のロウがチップを賭ける。
その賭け額に不安がよぎったが、シェリーもここは勝負にでることにした。
「コールするわ」
カチャリとチップが鳴った。あとは、互いの手札を公開するだけだ。
二人は、古びたカードを一斉に開いた。
「――やった!」
ロウの顔に浮かぶ無邪気な喜色。このゲーム、勝ち取ったのは彼だった。
シェリーの役も悪くはなかったが、ロウがさらにその上をいっていた。やはりシェリーが感じた通り、なかなか手堅いプレイヤーのようだ。彼のハンドはかなり強い。
その傾向を踏まえて、シェリーは次の対策を考える。この五回目のゲームは貴重な情報になるだろう。基本的に、ゲームが最後まで続かなければ、相手のハンドを見る機会はその後一切ないからだ。
熟考するシェリーだったが、続く六回目のゲームの途中。
「それじゃあ、ボクはオールイン」
ロウが手持ちのチップを全て賭けてきた。
(これは……どうしよう)
彼のチップ数は、シェリーのそれよりも上回ってる。したがって、シェリーに残された選択肢は二つ。ゲームを降りるか、自身もオールインをして勝負にでるかだ。当然、オールインで負けた場合は、その時点で手持ちがゼロとなる。
大事な決断だ。ロウが仕掛けた、この攻撃的な一手の真意を測らなければならない。
(ブラフかしら。でも彼の堅実さを考えると、単純に強い役な可能性も高いわ)
顎に手を当てて、うつむく。
様々な要素を勘案したシェリーは、カードを伏せたままチャドに差し出した。
「フォールドするわ」
シェリーが降りる。ロウは口元に微笑みを浮かべたまま、その様子を眺めていた。
そしてゲームが一進一退する中、迎えた九回目――ロウが二度目のオールインを告げた。
今度は迷わず、それに応える。シェリーもまた、この回でオールインを仕掛けるつもりだったからだ。
(どちらにしろ、ここはもう乗るしかない)
最後の勝負。カードをめくる手に、力を入れた。
それと同時に、広場の時計の鐘が鳴り響いた。地面をついばんでいた鳥たちが一斉にはばたく。
遠くに聞こえる音の中、開かれたカードに並ぶ数字とマークが目に入った。
(――ああ)
ふっと肩の力が抜け、小さな息がこぼれ出る。
「……私の負けね」
最後もやはり、彼の役が上だった。シェリーの読みも甘かったが、彼の終始一貫した手堅さと運に敗れたのだ。
十回目を迎えることなく、シェリーの手持ちがゼロとなり勝敗が決まった。
カードを回収しながら、チャドがロウに話しかける。
「おもしろい勝負でした。特に六回目のゲームの決断が」
「ああ、あのオールインですか?」
「そう、それよ、私も気になったわ。一体どんな役で勝負をかけたの?」
チップを片付け始めたシェリーも二人の話に割り込む。
ロウはひとつ咳払いをすると、軽く胸を張った。
「あれはブラフです。勇気をだして、かけてみたんですよ」
そう言って教えてくれたハンドの内容に、シェリーは思わず目を丸くする。
(役もできていない、そんなに弱いハンドで?)
なんだかロウの人物像がわからなくなる。手堅いかと思えば大胆で、初心者だと言っていたのに手慣れた雰囲気もある。座学だけでなく、実践も相当積んでいるのではないだろうか。
シェリーが静かにロウを観察していると、彼が首をかしげた。
「ベルーシェ? どうしました?」
「……いいえ、なんでもないわ。それより賞品はどうしましょう。モモ以外になにか欲しいものはある?」
ロウは宙に視線を投げて、しばらく黙り込む。
自分に用意できる範囲のものであれば何でも差し出そうと、シェリーは鷹揚に構えた。悩んでいる彼を急かす理由も特にないため、いつの間にか人が多くなった広場の様子に意識を向けた。楽しそうな話し声があちこちから聞こえてくる。
「――それじゃあ、明日、ボクと二人きりで会ってくれませんか?」
ざわめく広場の音が一瞬途切れた。シェリーは、はっとしてロウに視線を戻す。
「本当はお願いしようかどうか迷っていたんです。でもせっかく勝ってチャンスを得たから……ボクがこれから言う住所に明日来てくれませんか? あなたと少し、話がしたくて」
間に挟まれたチャドが目を見開いて、二人の顔を交互に見る。その視線を受けながら、シェリーもまた、ロウの意外な願いに戸惑っていた。
「えっと、その、ロウ――」
「あなたをライバルと見込んでのお願いです! どうか時間をつくってくれませんか?」
ライバルという単語に小さく心が揺れた。
ロウは眉を下げて、真摯にシェリーを見つめている。もしかしたら、彼もなにか助けを必要としているのかもしれない。シェリーもガヴェルの件を頼んだばかりだ。自分だけ無償で彼を頼るなど虫のいい話だろう。
「二人きりで話すといっても、人目のある場所ですから。お願いします、ベルーシェ」
「……わかったわ。私にできることなら協力しましょう」
「――ッ、ありがとうございます!」
ロウが眉を下げたまま、くしゃりと笑った。
シェリーは早速カバンから手帳を取り出し、ロウの言う住所を書き留めようと新しいページを探す。ベルハルトとの子供の名前候補が並ぶ真っ黒なページをめくり続けていると、ロウがぽつりと呟いた。
「そのリストは……」
ずらりと並んだ名前が、彼の目にも映ったのだろう。注がれる視線にシェリーは慌てる。
「こ、これはなんでもないのよ。気にしないで」
「……わかりました。それじゃあ、住所ですが――」
城下の土地勘がないシェリーにはピンとこなかったが、少し入り組んだ場所にあるという。建物の目印を教えてもらい、集合時間も決めた。
そうして必要事項を確認し終えると、ロウは商談に向かうため「また明日」と軽やかに去っていった。
心配した様子で成り行きを見守っていたチャドに、シェリーは笑いかける。ロウの素性も知っているし、なにより彼はとても紳士だ。安心してほしいと説得した。
「うぅん……まぁ、なにかあったら私に相談するんだよ」
「ありがとう、チャド。それで早速だけれど」
ロウにガヴェルの件は相談したが、招待されなかった場合に備えて他の候補者にも声をかけておいたほうがいいだろう。賭博場もすでに開いているはずだ。
シェリーはモモとジュースを抱えると、チャドと共に賭博場を目指して歩き出した。




