16. 二人の勝負
テーブルを囲む、色あせた木製の椅子のひとつに、シェリーは手をかける。
「ロウと勝負することになったわ。ディーラーをお願いしてもいいかしら?」
眉を上げたチャドに、ロウがカードデッキを振って見せた。つぎはぎだらけの袋がテーブルの上に乗せられ、カチャリと音を立てる。
「お邪魔しちゃってすみません。少しだけ付き合ってもらえたら助かります」
「いや、まぁ、私はかまいませんよ。ゲーム回数は?」
一回のゲームにつき、早ければ数分もかからずに終わる。今回は、この後に予定があるというロウの意見に合わせて、ゲーム回数は十回にした。最終的にチップが多いほうの勝ちで、途中で手持ちが全てなくなった場合はその時点で終了だ。
チャドが準備のためにカードを切る。その横で、シェリーとロウは各々チップの柄を整理し始めた。
「そうだわ、ロウにお願いがあるのだけれど」
「賭けとは別に?」
「ええ、その……人を紹介してほしくて」
借金の件は伏せつつ、ガヴェルへの口利きを頼む。ポーカーの有名人に会ってみたいことを理由に、可能であれば招待制のテーブルで遊びたいことをそれとなく話す。
ロウはチップを積み上げる手を止めて、シェリーの依頼に耳を傾けた。
「……なるほど、帰国前の思い出づくりですか」
ロウが、例のやわらかな笑みを浮かべる。彼は止めていた手を再び動かし、チップをひとつ掴んだ。
「わかりました。それじゃあ、近いうちに紹介させてもらいますね」
「ありがとう。助かるわ」
「ベルーシェの力になれるなら、これほどうれしいことはないですよ」
ロウはシェリーにウインクをして、手に持っていたチップをテーブルの中央に差し出した。ゲームに参加するための強制ベットだ。
それを合図にゲームが始まった。
チャドは、シェリーとロウに伏せたカードを二枚ずつ配る。二人は、自分に配られたカードの数字とマークを確認した。
(とても良いハンドだわ)
ハンドと呼ばれる二枚の手札、この組み合わせが良いほど勝率も上がる。特に一対一の勝負ではそれが顕著だ。
初手はこのハンドを確認して、ゲームを続けるかどうかの判断をする必要がある。
「レイズするわ」
シェリーが賭け金を上げることを告げ、チップを差し出す。
「ボクはフォールド」
それに対してロウは迷うそぶりもなく、カードを流してゲームを降りた。
これで一回目のゲームは終了。あっさりとシェリーは勝利したが、得られたチップは少ない。
その後もロウは、初手でゲームを降り続けた。
(なかなか手堅いのね)
ロウのハンドを確認することはできないが、高い勝率以外は問答無用で切り捨てているように感じた。
続く五回目のゲーム。ここで、ようやくロウが動いた。
「コールします」
ゲームが続行され、テーブルの中央に三枚のカードが開かれる。これはプレイヤー全員が共有するカードだ。共有カードは全部で五枚。今はまだ三枚のみだが、後に追加で二枚が公開される。
プレイヤーは、まずこの時点での自分の役を確認し、次の行動を決めなければならない。
(ワンペアね。ロウの堅実さも踏まえると勝率は――)
互いの間に沈黙が落ちる。今は広場のざわめきも気にならない。
熟慮の末、二人はそれぞれチップをさらに差し出した。どちらも降りない選択だ。
ゲームが続行し、さきほど開いた三枚に加えて、新たに一枚のカードが共有される。
この時点でシェリーにはさきほどよりも強い役ができたが、ロウの役には負けている可能性が高い。
(ロウの賭け額も判断に悩むわ……)
チップの賭け方も、相手の手札を考えるためのヒントになる。
相手が強気にでているのか、あるいは弱さを隠そうとブラフしているのか。賭けの総額をつり上げるために、あえて相手をゲームから降ろさせない額で調整している場合もある。
シェリーはロウをじっと見つめる。
指先でくるくるとチップを回していたロウは、その視線に気づいてにっこりと笑った。
「ベルーシェは真剣な顔も可愛いですね」
不意打ちを食らい、思考が途切れる。
(か、可愛いだなんて)
社交辞令以外で聞くことなど滅多にない。ベルハルトはよく褒めてくれるが、あれは家族に向ける愛情のようなものだろう。父が言う「可愛い」と同じだ。
シェリーは、いついかなる時も勉学とベルハルトを最優先にしていたため、他の異性との交流が極端に少なかった。こんな時にどう反応したら良いかもわからない。
(……いえ、待って。まさか、これは戦略のひとつでは?)
はっとする。シェリーを動揺させるための言葉だとしたら――。
なるほど、危なくロウの術中にはまるところだった。
「――その手には乗らないわよ」
シェリーは目を細めると、「レイズ」と告げてチップを差し出した。




