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15. 賭けるもの

 ゲームが一段落ついた頃合いだったのだろう。その男の言葉にかぶさるように、カチャカチャとチップをかき集めるような音が聞こえた。

 それは、賭博場でよく耳にする音だった。


「なにかの催し物なの?」


 賭博場でもない場所でギャンブルをしている物珍しさに、シェリーは興味を惹かれる。

 昨夜のトーナメントのようなものだろうか。少なくとも、急に思い立って始めたような空気は感じられない。

 シェリーが不思議そうな顔をしていたからか、気さくなその男は市井の娯楽事情を話して聞かせた。


「週二回、ここで賭け事をやってんのさ。誰でも参加できて、賭けるもんも各自が自由に決めていい――ただし現金以外でな」


 賭けの方法も、開催日当日に数種類のカードゲームの中から、多数決で決定されるという。全体的に縛りのない柔軟な催し物のようだ。

 たいていは食材や手芸品など、各々負担にならない程度のものを持参して参加するのだと、男が笑って話を付け足す。


「取り仕切ってる爺さんにそいつを渡せば、チップと交換してくれんだ。まぁ、参加費みたいなもんさ。あんたも興味があるならやってみりゃいい」

「なかなか面白そうね」


 賭博場のそれとは違い、どうやら気軽な遊び感覚のようだ。現に今ここに集まっている人々も、軽食を片手にのんびりとゲームを楽しんでいる。賞品目当てというよりは、純粋な交流の場として参加しているように見えた。

 シェリーはもう少しだけ見学していこうと、ゲームの様子が見えやすい隙間を探して移動する。

 そういえば、男が言っていた「強いやつ」なる人物も気になる。


(どの人かしら?)


 テーブルを囲んでいるのは六人ほどだろうか。それぞれの手元には積み重なったチップが垣間見える。

 その山の高さと持ち主の顔を見比べようと、シェリーはスッと視線を動かした。


「あ」


 先に声を上げたのはどちらだろうか。

 ――ぶつかった視線の先には、見覚えのある白黒の青年がいた。


 彼の指先でくるくると弄ばれていたチップが、ぽとりと落ちる。シェリーはそれを視界の端に捉えた。

 清潔感のある白シャツ姿が目に眩しい。

 彼はひとつ瞬きをすると、ふんわりと笑って小さく手招きをした。


(どうしてロウがこんなところに……)


 彼は多忙な身のため、普段はほとんどギャンブルをしないと聞いていた。昨夜の雑談の中で、シェリーが賭博場に入り浸っていることを知り、それなら今後は毎晩通うと話していたのだ。

 シェリーは訝しみながらも、人混みの中からそっと進み出てロウに近寄る。


「ロウ、あなた――」

「おはよう、ベルーシェ! まさかこんな場所で再会できるとは思ってませんでした」

「それは私のセリフよ」


 ロウの手元にあるチップの山が目に入る。周りと比べて明らかに多いそれに、どうやら彼が「強いやつ」の正体だとわかった。


「ここにはよく来るの?」

「いや、たまたまちょっと寄っただけです。商談まで時間があったんで」


 なるほど、商会の仕事関連だったようだ。

 ロウはポケットから金製の懐中時計を取り出した。カチリと上蓋を開けると、「あ」と声を漏らす。


「そろそろ終わらなきゃな……そうだ、最後に二人で一戦しませんか?」

「二人で?」

「うん――ねぇ、お爺さん! チップとカードの余りがあったら貸してもらえないですか?」


 ロウが、場を取り仕切っている老人に声をかける。

 老人は足元に置いてあった紙袋から、チップの入った巾着とカードデッキをひとつ取り出すと、すいっとテーブルの上を滑らせた。


「終わったら戻しに来るんだぞ」

「了解! それじゃあ、ベルーシェ。どこか空いてる席に移りましょうか」

「え? あ、せっかく勝っていたのにいいの?」

「うん、最初に賞品はいらないって伝えてるから」


 そう言って立ち上がったロウに、同席者たちも陽気な別れの挨拶をしている。老人の対応といい、やはり随分とおおらかな集まりのようだ。

 シェリーはそれならと、さきほど確保したテーブルに案内することにした。いきなりロウを連れて戻ったら驚かせるかもしれないが、チャドならディーラー役もしてくれるだろう。


「楽しみだな。なにを賭けましょうか?」


 ロウがにこやかにシェリーの顔を覗き込む。

 昨夜の散歩を経て、二人の心の距離もだいぶ近くなっていた。


「今はモモしか持っていないわ……ロウはモモ、好き?」

「好き。ベルーシェは?」

「私も好き、でもリンゴのがもっと好き」

「――ほんと?」


 「ボクもリンゴが一番好きなんだ」と、ロウがはにかみながら言葉をこぼす。

 彼とは好みや感性が似ているのだろう。意外な共通点に、親近感が湧いてくる。


「ロウはなにを賭けるの?」


 シェリーの返しに、ロウは空を見上げる。


「そうだな……なんでもいいですよ。べルーシェはなにが欲しいですか?」


 そう聞かれたが、すぐには思い浮かばなかった。

 ギャンブルで所望の品を尋ねられたのは初めてだ。モモと釣り合う範囲で考えなければ――。


(それか、私がロウにそろえるほうがいいかも)


「決めるのは、ゲームが終わったときでもいいかしら? ロウも、モモ以外に欲しいものがあれば教えてね」


 ちょうどその時、正面にチャドのいるテーブルが見えた。

 シェリーの予想通り、サクランボを片手に持った彼は面食らった様子で固まっていた。


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