13. 借金の背景
シェリーは息をのんだ。
ベルハルトが借金の件を知ったのは、ほんの一日前だ。それにも関わらず、すでに調査が進んでいるとは信じられない。一体、彼はどれだけの無茶をしているのだろう。
――罪悪感がこみ上げる。ひとり舞い上がっている自分が、なんだか恥ずかしくなった。
その様子を見ていたチャドは、二人をカウンター奥の休憩スペースへ案内した。そこは、腰を据えて話し合う際にシェリーもよく使用する場所だ。
(そうよ。とにかくまずは、ベルハルト様の話を聞かないと)
チャドの心遣いに感謝し、シェリーは気持ちを切り替える。そして、協力者である彼にも同席を促した。
ベルハルトは、本屋の店主が参加することに不思議そうな顔をしていたが、シェリーと親しい仲であることを知り納得してくれたようだ。
皆が落ち着いたところで、ベルハルトが説明を始めた。
「まずは、被害状況について報告しよう。件の金貸しは投資勧誘業者と手を組んで、長年詐欺を働いていたことがわかった。伯爵と同じ境遇に陥った者たちに話を聞いてきた」
過去の記録を遡って該当者を探したところ、同様の手口だと思われる破産申請が数件見つかったのだという。
被害者たちは提訴もできず、泣き寝入りするしかなかった。金貸したちの手口が巧妙で、証拠が残っていなかったからだ。それに加えて、誇りや見栄に固められた貴族ばかりが被害者だったことも、これまで事態が明るみに出なかった原因のひとつであった。
ベルハルトが召集した優秀な調査員たちの話術によって、ようやく被害者たちが口を割ってくれたらしい。
ベルハルトは一呼吸おいて、続きを話す。
「そして本題だ。被害者たちには共通点があってね――彼らは皆、最終的に賭博場へ送られていた」
(……『送られる』? 自発的ではないということ?)
借金とギャンブルの関係は深そうなものだが、その被害者たちの状況は異質すぎるように思える。
「金貸しが、被害者たちを賭博場に誘導していたんだよ」
「借金を返済させるために?」
「いや、そうじゃない可能性が高い。まだはっきりしないが、おそらく別の目的があったと、僕らは睨んでいる」
調査によると、賭博場に誘導された後の被害者の証言がどれも曖昧だという。まるで、知られたらまずいことを隠すかのように。
「実は別件の任務にも賭博場が関わっていてね。一連の詐欺事件と関連がないか、現在調査中なんだ。だから、全貌を明らかにするにはまだ時間がかかりそうで――」
そこまでの説明を聞いたシェリーは武者震いした。
(――これは、ベルハルト様のお役に立てる絶好のチャンスよ!)
「私に協力できることはございませんか!」
シェリーは、ずいっと身を乗り出す。
自分なら怪しまれずに、潜入捜査ができるかもしれないとひらめいたのだ。ここでベルーシェの利点を活かせずしてどうする。
はやる気持ちを抑えてベルハルトの返事を待つ。
しかし彼は真剣な顔を崩して、困ったように微笑んだ。
「ありがとう、シェリー。その気持ちだけ受け取っておくよ」
優しい言い回しだが、つまりシェリーは戦力外だと言われたようなものだ。
納得できないシェリーは、なおも食い下がる。
「私、お役に立てる自信がございます! 囮でもなんでも――」
「ダメだ。きみを危険に晒すような真似は、絶対にできない」
厳しい口調だった。ベルハルトの意志は固く、シェリーの願いを聞き入れてくれる雰囲気ではない。
シェリーは、乗り出していた身をのろのろと引っ込め、しゅんとうなだれた。
(私だって、ベルハルト様をお助けしたいのに……)
信用するに足りない自分が情けない。
シェリーの心の中で、やるせない気持ちが黒いシミのように広がっていく。
「僕は、シェリーのことが心配なんだよ。あとで伯爵たちにも話すけれど、シェリーもなにかあったらすぐに僕に相談してくれ」
ベルハルトはそう言うと、シェリーの頭を優しく撫でる。
その温かさに、シェリーは思わず涙がこぼれそうになった。
(……私にできることを考えよう)
伯爵家のために、ベルハルトは身を粉にして働いている。それを、ただ傍観しているなど耐えられない。
彼を支える方法を見つけようと、シェリーは静かに心を燃やす。
「それでは、僕はこれで失礼するよ。この後、やることを終えたら伯爵邸に訪問するね」
ベルハルトが立ち上がる。
それにつられて慌てて椅子をひいたシェリーは、彼の手をさっと掴んだ。
「どうかくれぐれも、お体にお気をつけて」
「……シェリーもね。今朝は、きみに会えてよかった」
ベルハルトは、シェリーの手に、もう片方の自分の手を重ねる。
そして、その大きな手のひらで彼女の手を包み込むと、すっと親指を滑らせ、手の甲を優しくさすった。
(な、な――)
心臓を思い切り揺さぶられる。そんな触れられ方は初めてだった。
今の自分はおそらく、全身から湯気がでているに違いない。喜びと羞恥と混乱がぐるぐると渦を巻き、今にも叫び出しそうだ。
時間にして、それは一瞬だったのだろう。気づけば、ベルハルトはすでに扉を開けて出て行くところだった。
「またね、シェリー」
流し目で伝えられた挨拶に、シェリーはとどめを刺された。
カランコロンとベルが鳴る。
「……シェリーの片思いじゃなかったのか?」
ベルハルトが去った静かな店内。
チャドの呟きは、当然シェリーの耳には入っていなかった。




