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12. 次の作戦

 不穏な夜の翌朝。

 シェリーは、チャドの本屋にいた。

 

 一晩中、ポリーの言動や今後の計画について考えていたシェリーは、日の出と共に起床し、外出の準備を始めた。素早くワンピースに着替え、軽く化粧を施す。その後、質素な朝食をとると、かばんにカツラを詰めてすぐに本屋へ赴いた。


「昨日は心配をかけてごめんなさい。結論から言うと、あの後は何事もなかったわ」


 チャドも昨夜から不安だったのだろう。シェリーの報告を聞いて、心から安堵したようなため息をついた。


「トーナメントのことは残念だったが、シェリーが元気になって良かったよ。今にも死にそうな顔をしてたからな」

「あんな思いは二度としたくないわ……生きた心地がしなかったもの」


 結果的にはとりこし苦労となったが、トーナメント辞退の判断に後悔はない。あの時の自分には、あの選択しか考えられなかった。

 今は今後のことを考えようと、シェリーは昨夜ベッドの中で計画したことを相談する。


「考えたのだけど、超高額掛け金のゲームができるように、めぼしい貴族や資産家を誘ってみるのはどうかしら? こちらから声をかけたら、誰か乗ってくれるかもしれないわ。人数が集まればテーブルも用意されるし」


 賭博場では超高レートのテーブルは用意されにくい。最低掛け金の設定が高額であるほど、参加希望者が少ないからだ。よほどの金持ちで資産に余裕がある者に限られる。

 シェリーに残された時間は、あと数日。テーブルが用意されるのを指をくわえて待っていることはできない。


「なるほど。声をかけたら、向こうから招待してくれるかもしれないしな」

「招待って?」


 チャドによると、賭博場には招待制の特別なテーブルも用意されているらしい。

 シェリーが声をかけた相手がもしも招待の権利をもっている人物であれば、それに招かれる可能性もあるという。

 さらには権利者には顔が広い者が多いため、芋づる式に参加者を集めることが可能かもしれないと、チャドが付け足した。


「一石二鳥ね。得られる可能性は、多ければ多いほど良いわ」

「よし、それなら賭博場が開いたらすぐに動こう。誰か候補はいるか?」


 チャドに問われて考える。ポーカーができる金持ちで、できれば顔が広い人物。

 ――その時、ふと思い出した名前があった。


「ガヴェル子爵……だったかしら? 有名人らしいのだけど、チャドは何か知ってる?」

「知ってるも何も、私はやつのおかげでギャンブルをやめたんだ――ボロ負けしてな」


 予想外の繋がりにシェリーは驚く。

 そういえば、チャドは資産家だった。随分と前に家督を息子に譲り、その後は私財でギャンブルを楽しんでいたと、本人が話していた。その時代に二人が対戦していてもおかしくはない。

 ファンもいるほど強いチャドが大敗するとは、ガヴェルという人物は随分と手強い相手のようだ。


「ガヴェルか……やつは招待制でしかゲームをしない男だったな。今はどうか知らないが、声をかけてみる価値はありそうだ」

「ロウがガヴェル子爵と知り合いらしいの。紹介してもらえないか頼んでみるわ」

「あぁ、そのほうが円滑かもしれない。それにたしか、ガヴェルはネバラの――」


 その時、カランコロンと扉のベルが鳴った。

 来客を告げる音に振り向くと、そこにはベルハルトが立っていた。


「……まさか本当にいるとは」


 シェリーの姿を見つけたベルハルトは、ぽつりと呟く。

 彼の服装は昨夜会った時のままで、髪型も変わっていない。おそらく、夜通し仕事をしていたのだろう。少しはだけた襟元と、まくった袖から垣間見える肌が目に毒だ。

 目を奪われているシェリーのもとへ、ベルハルトが近寄る。


「おはよう、シェリー。昨晩は時間をとれなくて悪かった。その後もいろいろとあって……」


 シェリーの横に立ったベルハルトは、チャドにも挨拶をする。

 チャドは返事をするなり、少し離れた場所へ移動して愛用のパイプを磨きだした。シェリーとベルハルトに配慮したのだろう。しかし、その目はしっかりと「噂の片思い相手」の姿を観察している。

 その様子が視界に入ったシェリーは、慌てて我に返った。


「ベルハルト様が謝る必要などございません! 私が押しかけただけですもの、お気になさらず。そ、それで、今朝はどのようなご用事でこちらへ?」


 予期しない彼との遭遇に緊張し、会話を急かしてしまう。

 今日もベルハルトに会えるとは思ってもいなかった。髪型や化粧が崩れていないか気になり、口調もいつもより早口になる。

 ちらりとベルハルトをうかがうと、彼はシェリーから視線を外し、首の後ろをさすっている。その目元がうっすらと赤い。


「……シェリーのことを考えていたら、いつの間にか足を運んでいたんだ。きみがここの常連だって言っていたのを思い出してね」


(わ、私のことを考えて?!)


 思わずいつものように彼の言動に食いつきそうになったが、必死に思いとどまる。疲れている彼にぐいぐいと結婚を迫って、困らせるようなことはしたくない。シェリーは過剰な反応をしないように、手を握りしめて我慢した。

 すると彼がその目の色を真剣なものに変え、隣にいるシェリーと向き合った。


「それに、ちょうどよかった。あとで伯爵邸に寄ろうと思っていたけれど、シェリーには先に話しておくよ。借金の件でわかったことがあるんだ」


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