プロローグ
シャンデリアが燦然と輝く絢爛なホールは、テーブルゲームに興じる紳士淑女で賑わっていた。パチパチとチップを打つ音が溢れる中、その一角にあるポーカーテーブルには、とりわけ人だかりができている。
彼らの視線の先にいるのは、この場に馴染まない質素な身なりをした一人の令嬢だ。その桃橙色の瞳を伏せ、静かに手札を確認している。
「オールインでお願いします」
手持ちのチップを全て賭ける。
彼女が告げたその言葉に、観衆がどよめいた。
「本気か?」
「今夜一番のビッグポットだな」
「あのガヴェル子爵相手に……」
周囲が色めき立つ中、対峙する壮年の男、ガヴェルは冷静に相手の顔色をうかがう。
令嬢は、こうした局面に慣れていないのだろう。大胆な言葉とは裏腹に、彼女の額には冷や汗が浮かび、目も泳いでいる。
(ポーカーフェイスもできない小娘がブラフとは……。賭けた分を諦め切れず、後に引けなくなったか)
勝者総取りのこのゲームにおいて、敗者はそれまで賭けた手持ちを全て失う。
おそらくまだ場数を踏んでいないであろう人間から、金を巻き上げるのは良心が痛むが仕方がない。引き際を見誤った者は容赦なく淘汰されるのがこの世界だ。
――こちらの手札は悪くない。
勝率を素早く計算し十分勝てると確信したガヴェルは、彼女が賭けた大金と同額を躊躇いもなく賭けに差し出した。
残るは互いの手札公開のみ。
(残念だったな、勇敢なお嬢さん)
ポーカー常勝の常連である自分相手に、ここまで大きなブラフをかけた度胸は評価すべきだろう。
小さくこぼれた勝利の笑みは、しかし、公開された相手の手札の前に消え去った。
「――ロイヤルストレートフラッシュ。私の勝ちです」
静まり返る空間。
そこに令嬢の凛とした声が響き渡った瞬間、割れるような歓声が沸き起こった。