85話 エクスペリエンス
「ご注文、確認いたしました。少々お待ちくださいませ」
俺たちの注文を確認したウェイターがバックヤードに戻って行く。
「……」
「……」
俺たちの席に静けさが宿った。
彩梅ちゃんは端末やら本やらを見るでもなく、ソワソワとしているだけだった。かくいう俺も、それらを触ることもなく店内を見まわしたりしている。
1分も経たずして、この沈黙を彩梅ちゃんが破った。
「その、センパイは……どうして今回、私に付き合ってくれたんですか?」
「どうしてって、別に用事なんか無かったし、断る理由も無かったから」
「そ、そう、なんですか……」
彩梅ちゃんが緊張していることは分かるけど、やはり彼女の考えていることはよく分からない。
同じ委員会になってから彼女のことが少しずつ分かった気がしていたが、それでも分からないことばかりだ。まあ、それでも以前は多少心の距離というか、一線引いた感じがしていて、今ではそれらは感じられないので良くなったような気もする。
よく分からない不信感、不安感から1つの魅力としてのミステリアスさに変わったというか。……今、目の前の彼女の分からない箇所はそれとは違うものだけども。
「それはそれとして彩梅ちゃんの方こそ、今回はどういう理由で俺を誘ったの?」
「それは……前に言ったと思いますけど……。ここのお店が気になってましたけど、ちょっとお高めな感じがして、来難かっただけで……」
「それもあるとは思うけど、それ以外に何か理由があったんじゃない? ここに来るって話をした時も、ただ来るってことよりも、他に何か目的ありそうな言い方してなかった?」
「それは……」
「それとも、俺が聞いちゃいけない話? 暴力沙汰だとか、面倒事になるとちょっと困るんだけど……」
「そうではないですが……」
「少しだけでもいいからさ」
「……」
改めて問うてみると、やはり彼女は何かを隠していることは明らかだった。
話せない訳じゃないけど、あまり話したくない話って、どんな話なんだろう。
「……そこまで大した話ではないし、面白みも無い話なので、軽く流してもらえると嬉しいのですが」
彩梅ちゃんは少し何かを考えたようにしてから、事を話し始めた。
「本当に些細な話です。私がセンパイと仲良くしようと思っただけです。私とセンパイは家も隣で同じ学校に数年単位で通っていたのに一緒に遊びに出ることなんて数回程度で、そこまで親しくなってはないじゃないですか。一緒にお出かけでもすれば仲良くなれるんじゃないかと思いまして」
「はぁ……」
まあ、確かに理屈は分かったけど……。
「それって、俺と2人きりの必要ある? 他の所で他の人たちとかと一緒だと気が楽だったりしない?」
「あー……あはは……」
彩梅ちゃんは苦笑した後、何かを言いたげに言葉を少し詰まらせてから続けた。
「ほら、友人と一緒だと、はしゃぎすぎたり、逆に気圧されたりしちゃうかもしれないじゃないですか。それに、センパイとあまり仲良くなれなかったりするかもしれませんし……」
「はしゃぎすぎたりは兎も角として、気圧されたりするかもしれないのに、高めのお店にきたらそれはそれで更に緊張したりしない? あと俺と仲良くするつもりなら、他の人がいたとしてもそれなりに仲良くなれるんじゃ……?」
「それは……うーん……」
再び言葉に詰まる彩梅ちゃん。言い方を考えて知恵熱が出ているのか、少し頬を赤らめて考えている。
「ん」
彼女は頬を紅潮させながらも何か考えを振り切ったようにスンとした顔になり、こちらを見据えてイタズラっぽく微笑して言った。
「それは内緒ってことで」
困惑。
いやまあ、詳細を言いたくないなら言わなくて良いとは言ったけれども。そこまで言われたら気になってしまう。
取り敢えず、彼女は俺となんだかんだ仲良くしたいということらしい。
「……それに、2人きりじゃないと、こんなことは出来ないじゃないですか」
「……!? ちょっと……」
「何です?」
俺の左膝に、柔らかく、そして蒸れているのかやや生暖かいような感触がした。
「いや、他の人から見られるかも知れないし……」
「窓は机の上しかありませんし、机も大きいので廊下から店員さんも他の客さんからも見えないと思いますけど?」
「どっちみち外のお店だと行儀が良くないことは確かだから、今回は許すけど、次からは止めてね? 制服だから、問題が起こったら学校……他の生徒にも確実に迷惑が掛かるし。迷惑を掛けるだけならまだしも、あることないこと学校で噂されたり、白い目で見られたりするのは嫌でしょ……?」
「……っ。はーい……」
彩梅ちゃんは心なしかションボリしたような声で了承して、その足を戻した。犬ミミがへたり込むような画が幻視させられるようだ。
「別にそこまで怒っては無いし、次、しなければ良いからそこまで気にしなくていいよ」
「……! はいっ!」
「こういうお店で大きい声を出すのも止めとこうね」
「あ……はい……」
これでなんとか誤魔化せた。けど、結構ドキドキしてしまった。年下の女の子に挑発される、というのも、自分の中では無くは無いのかも知れないと、自らの無意識に問うた。




