82話 不可逆性
俺と実が話をする中、彩梅ちゃんが入って来て話はうやむやになってしまった。
「こんな狭い部屋で喧嘩は止めて下さいね? 他の人もこれから入ってきますし」
「「はい、すいません……」」
俺たちの喧騒を指摘され、再びこの話題を広げる勇気はなかった。
「おはようございまーす。次の話し手、私だから細染君、そこ座りたいからちょっと向こう側に寄れる?」
「あ、はい」
先輩らが入って来て、先に放送室に入っていた俺たちは部屋の奥に追いやられる。
先に入っていた人が奥に追いやられるということは、その人たちの距離も必然的に近くなってしまう訳で……。
「……」
「どうしましたセンパイ?」
「い、いや、なんでも?」
「何か迷惑を掛けてしまったなら言ってください。直しますので」
ち、近い……。
「だ、大丈夫だから……本当に」
放送の大会での移動の時ように、両手や両腕を掴まれるということは無いけど、緩やかに松前姉妹からサンドウィッチにされてしまう。
両方からいい匂いがしてくる……。こんなことはよくあるのに、なぜか今回に限っては変に緊張してしまっている……気がする。
どうにもこうにも、最近は実が近くにいるだけで緊張しているような気がするな。
「実ちゃ~ん、放送の準備はできてるの~?」
「え? はいっ、大丈夫です」
他の委員の声に実が反応し、その髪が揺れ、シャンプーなのか香水なのか、その匂いが俺の頬を撫でた。
揺れる髪の流れに思わず目が向かってしまう。
意識していたところにより強く実へ注目してしまう自分の意識を自覚する。
心の中の気まずさはあったが、ある発見はあった。
今朝から実に感じていたある意識、それは明確に違和感だった。そしてその違和感の正体とは、実の髪型であった。
前までの実の髪型と言えば、ポニーテールだった。確か去年の夏の終わり頃からそうだった気がする。
しかし今の実の髪型はそのポニーテールを下ろして、セミロングからロングめくらいの長さの髪型。
ストレート……完全に真っ直ぐという訳じゃないが、緩いウェーブのかかったような感じだ。
なぜその髪型が俺を挙動不審にさせるのかというと、自分の中でその髪型を夏休みの川での出来事を彷彿とさせる雰囲気を醸し出していたからだ。
あの時に見たポニーテールが解けて下ろした髪型とは違うモノだったけど、俺の中の記憶を引っ張り出す程度には十分な類似性を持っているほど印象が似ている。
実を異性としての意識をせずに接したいけど、これでは嫌でも意識せざるを得ないと思えてしまうほどだった。まして、その髪型を止めてくれとも言えない。その髪型をするかどうかは実の自由だし。
実の心の中で何かがあったのか、それともただの気まぐれか。その髪型を続けられてしまうと俺の実への認識が元に戻らなくなってしまうかもしれない。今の感覚だと、実の見た目や雰囲気に慣れる気がしないし。
実を意識しないように、それでいて距離感を保って、尚且つ寂しがらないように……。いや、寂しがらないようにというのは、俺のエゴなのだろうか。
俺どうこうより、実が周りの友人と仲良く出来ていれば実にとってはそれでいいだろうし、俺だけの問題ではないはずだ。
それでも実と関わり合いたいと思ってしまう俺は……、うーん……。
「そろそろ昼放送の時間だね。皆、用意は大丈夫?」
「はーい、大丈夫でーす」
委員長の言葉で他の委員が各々の位置に着いて、お昼の放送のすぐにでも放送ができる状態へと移った。
俺も悩みの中に取り残された弁当を片付けて、昼放送の用意の為に配置に着き、準備に取り掛かるのであった。




