75話 男装喫茶にて
正規の話ですが今回は短めです。
さて。クラスに戻って男装喫茶。
「Aセット紅茶2、コーヒー3、Bセット紅茶コーヒーそれぞれ1」
「了解」
俺は裏で飲み物を淹れ、セットの食事に合わせてウェイトレス……というか、男装役の女子たちにそれらを渡す役回りとなっている。
去年としていることは大体同じだ。
実によると割と厄介なお客がたまにいるみたいな言い草だったけど、今のところそんな感じのお客はいないらしい。実が稼働していた時間帯に変な人が多かったのか?
何はともあれ、運営の障害となるような出来事がないのは何よりだ。忙しいっちゃ忙しいけど。
「Aセット紅茶3、Bセット紅茶2、コーヒー3、単品でコーヒー1」
「……っ了解!」
ほんっとうに忙しいな……。さっき食べた昼飯が胃の中で暴れまくっている。この忙しさが続けば間違いなく食道まで上って来るのだろうな。
「はいまずA紅茶セット4つ、Aコーヒーセット4つ、B紅茶セット2、Bコーヒーセット4完成! 残りはもうちょっと待って!」
「はーい、持って行きまーす」
地獄から抜けたと思えばまた違う地獄だな。
去年は1年生だった分、期待が少なく人の入りが少なくてまだ忙しくなかったのかも知れない。
「あー……細染君?」
「何です?」
忙しすぎること以外順調だったが、ここで男装しているクラスメイトから呼ばれた。申し訳なさそうな仕草は問題発生か何かの頼み事なのか。
「フロアの子が1人貧血で倒れちゃって、もう1人が保健室に付き添いで行ったから、1人で良いからフロアの人手が欲しいんだけど……ダメかな?」
「んー……、俺はいいけど、コンセプト的には大丈夫なのそれ? 男装じゃなくて普通に男だけど俺」
「本当に手が足りないから1人くらい本物の男が居たって気にしないよ。それより本当にもうそろそろフロアの方がダメみたいだから来るなら今すぐ来て欲しいんだけど」
「分かった。今行く」
「ありがとう」
「船木、調理場は頼む」
「へいよ」
こうして俺は、男装女子でもなくただの男であり、調理場から出てきたため、ウェイターとしての恰好すら整えていない調理用のエプロン姿で客前に出ることになってしまった。
「こちらAセットとそのコーヒー、Bセットとその紅茶でございます」
こういうことは慣れているので、対応自体に問題はほぼ無いと思う。
ただ、男装女子じゃなくてただの男が応対しているということにお客さんらがどう反応するのか、それが問題な気がする。
「君、男装上手いね。連絡先交換しない?」
「え?」
思っていた問題とは違うものが客の口から飛び出て来た。
コイツ正気か? 目は節穴か? 鼓膜は破れているのか?
「ここはそう言う店じゃないので……」
とはいえ、ここで馬鹿正直に「俺は男です」と言ったら騒ぎそうだし、普通の店員がするような対応でなんとかなれば……。
「えぇ~? いいじゃ~ん、減るもんじゃないし~」
ならないよねぇ……、こういうタイプの人って。
あと、稼働時間は減る。
どうしようか……。うーん……。
「文化祭が終わった後で……で良いですか?」
「……分かってんじゃ~ん」
……俺は問題を先送りにして、願わくばこの事実を忘れてくれることを祈った。
十中八九忘れては貰えないだろうけど。
取り敢えず、時間稼ぎは出来たと喜んでおくだけだ。




